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【六章 演目【九月一日】 (前編)】
九月一日 十三時半 B区画地下 ナジロ機関本拠
「昨晩はありがとうございました。今お時間宜しいですか?」
ナジロ機関幹部――ミリアム・ハ―ネットは、今朝方のエクスとの通話の後、独自に動き出す準備を進めており、同幹部のとある男に連絡を取っていた。
相手は、舞識島内外の情報管理を専門としている幹部――春日井だ。
情報操作の権限自体は、他の幹部にもあるが、最終的には春日井の目が通るようになっている。
したがって、この一件を内密に処理しようとしているミリアムは、この男だけには事情を説明せざるを得えず、個人で動くにはどうしても限界があったのだ。
『おや、ミリアム君ですか。丁度、学校業務の方が終わったところでしたので構いませんよ。それよりも、一体何があったんですか。まぁ、大体予想はつきますが。……昨晩の件ですね?』
「はい。春日井さんに隠蔽を頼んだ時点で、事情を話すつもりではいました。……ただ、今朝方まで私も確信がなかったので、疑いが晴れるまではイタズラに話すべきではないだろうと」
『なるほど。つまり、今はその疑いが晴れたというわけですか』
今朝のエクスとの通話で、ミリアムは自分の抱いていた予感に確信を持っていた。同時に、舞識島を取り巻いている現状についても大凡理解している状態にあった。そして、それは『舞識島を護る』という点において、グランミクスと繋がっているナジロ機関が知って良い情報ではないと察していたのである。
『先程、律君ともその件で話しましてね。どうも彼女はシラを切っていましたが。おそらく君の指示ですね? ミリアム君、一体何をしようとしているんですか?』
「……。これから話すことは、他言無用でお願いします。ナジロ機関内部、それとグランミクスや、私の家にも隠し通す必要がある案件です」
『ほう。よりによって幹部の、それもハ―ネット家の人間である貴女がそれを言うとは』
「私がこの話をしようと思ったのは、単に春日井さんが情報部門の人間だからというわけでなく、私が信頼出来ると思ったからです。この島の為に、力を貸して頂けませんか?」
春日井は数秒間沈黙すると、軽く溜め息を吐き、優しい声色で応えた。
『貴女がそこまで言うとは驚きましたが。そうですね。まずは話を聞きましょうか』
そして、ミリアムは自分が知りうる情報と、そこから導き出したある予測を話し始める。
今、この島で何が起きているのかを。
「さぁ、私達も行きましょうか」
三十分後、ミリアムは春日井に事情を話した事で、彼を内密な協力者にする事に成功した。春日井が、ナジロ機関の関係者にも動きを悟られないよう手を回してくれたお陰で、行動の自由を得たミリアムは、側近の部下――桐原を護衛にB区画の地上へと上がる。
高層ビルの並ぶ通りを歩きながら、これからの行動方針をミリアムが話し始めた。
「この島に不老不死の技術を持ち込んだ何者かがいる。それは間違いない筈よ。でも、まずはあのアタッシュケースを回収する必要がある。事件の起きたA区画へ向かいましょう」
昨晩の件を知る者は、ミリアムを除けば、春日井と桐原、そして成瀬律の三人になる。
特に、律は事件に直接関わっている為、一度合流する必要があるのだが――。
「律に連絡を取りたいのだけど、繋がらないのよね。貴方の方は?」
《コちらも繋がりませン。ドうやら電源を切っているようです》
「そう。それなら……まぁいいわ」
どこか暗い表情で応えるミリアム。その様子が、桐原には少し気に掛かった。
《ドうかしましたカ?》
「何でもない。…………。いや、嘘ね。本当は……あの子を巻き込んでしまった事を後悔しているのかもしれない。……今回だけじゃない。今までの事も含めた全ても」
律の両親が殺害された五年前。ミリアムが現場に着いたのは全てが終わった後だった。死体の前で、呆然と立ち尽くしていた律の姿は、今でも鮮明に覚えている。律の両親が霊水に直接関わっていた事から、この事件が抹消されることは確定的だった。そして、その場に居合わせていた律にも何らかの処理が為される筈とミリアムは察していた。そんな少女を放っておけなかったのか、ミリアムは律の保護者になると名乗り出た。そして、その後で全ての事情を明かしてしまったのだ。
律が生きる為には、そうする以外に方法がなかった。だが、その時の自分が取った行動が、ミリアムにとっては後悔の一つになっていた。
「仕方なかったとはいえ、私がこの島の事を話さなければ、律はこんな世界に関わらずに済んだのかもしれない。『ナジロに入る』と言い出した時も、私が止めなくてはならなかったのに、それができなかった。あの子が自分の意思を貫くだけのモノを示したから」
《示しタ?》
「えぇ、自分の才能をね。普通、ただの子供を組織が受け入れると思う?」
ナジロ機関が少々特殊な組織であることから、子供の殺し屋が手に入るというのは魅力的な話ではあった。だが、当然『ただの子供』をそのまま受け入れる事はない。
にも拘わらず、ナジロ機関は彼女を組織に迎えていた。そうして殺し屋となってしまったきっかけを自分が与えてしまったのだと、ミリアムはずっと後悔している。
「それまで何の訓練もしてなかった十歳の子供が、たった一年でプロの殺し屋として活動出来ている。……要するに、それだけの才能があの子にはあったのよ」




