1.5.3
その名前が出た瞬間、厨房で作業していたテツさんの手が止まった。
「あ? エクス? ……それって確か……都市伝説だか何だかっていうアレか?」
「お、そうそうそれっす。なんだよ、やっぱりテツさんも知ってるんだねぇ」
「いや、知ってるというか……」
エクス。この舞識島では都市伝説の情報屋と噂される謎の存在なのだが……。
「え、なんだお前……都市伝説なんて呼ばれてる奴とやり取りしてるってのか?」
「まぁね。この島来るときに色々あってさ。いきなり電話来て、『島に来た後、私に協力してほしい』とか言われて。それ以来ずっとパシリやってる。どう驚いた? 凄くない?」
「……訳が分からんのだが。じゃあ何か、エクスの正体とかも知ってるのか?」
「? いいや?」
「は?」
さも当然のように否定してきた誠一に、テツさんが思わず間抜けな声を出す。
「……。すると何か。お前は、正体も分からん奴の手駒みたいなことをやってると?」
「そうなるね」
「……。何でそんな事やってんだ……」
「いや、だってほら都市伝説だよ⁉ 絶対面白い事になるに決まってんじゃん。面白そうな事には積極的に関わっていかないとね。じゃなきゃ主役は疎か、キャラクターにもなれやしないっての!」
「……。……まぁ、分かった……。お前が馬鹿だってことはよく分かった」
「こんだけ語って感想それだけ⁉」
誠一の破天荒はテツさんもよく理解していた為、呆れつつもその行動に自然と納得できてしまっていた。納得できることが、もう異常だったのだが。
と、こんなロクでもない会話が終わった丁度その後、鉄火の引き戸が開かれた。
「うっす、こんちゃーす」
店に入ってきたのは、青い半纏を着た、眠たげな表情の青年だった。
その何とも気の抜けた声に反応し、誠一は入って来た青年に声をかける。
「よぉ、今日は遅かったな常連二号!」
「うわ、めんどくせぇのがいる……。ってか、誰が二号だ。俺の方が店との付き合い長いんだぞ。なぁテツさん」
心底めんどくさそうな顔で半纏の男が応える。テツさんもその男を見るなり声をかけた。
「おー、来たか悠介! よし、とっととこの馬鹿連れて出て行ってくれ」
「え? 俺たった今飯食いに来たばっかなのに?」
店に入るなり無茶苦茶な事を言われる半纏の男は、誠一の隣のカウンター席に座り、困惑した表情でテツさんに尋ねた。
「あの~テツさん? 俺、ちゃんと店に貢献してるよね?」
「何心配そうな顔で訊いてきてんだ。大丈夫だ。俺からしたら二人とも大して変わらん」
「……泣いて良いっすか」
この男の名は、桜井悠介。
鉄火常連客の一人で、A区画にある便利屋――『アサカ』の一人である。いつも青い半纏を着て、その裏には木刀を隠し持っているという変わった青年だった。
何で木刀なんか持っているのか?
誰もが疑問に思う事なのだが、どうも特に深い理由はないようで――本人曰く「昔からずっと剣道やらされてたせいで、これがないと落ち着かねぇんだ。もう身体の一部というか。女が付けてるアクセサリーあるじゃん? アレと同じと思ってよ」という、ただそれだけの話であった。
基本的に『めんどくさい事はしたくない』が念頭にあり、いつもフラフラとA区画中を歩き回って仕事を振られないように逃げている――要するにサボっているのだけなのが、その性根が原因で同じく便利屋である掃除女には顔を合わす度に殴られていた。
そのせいで『いつも竹箒でボコボコにされている男』という大変不名誉な印象と共に覚えられている、A区画ではちょっとした有名人でもあった。
「テツさん、いつものお願いね」
悠介がメニュー表も見ずに注文するが、それを耳にしたテツさんが険しい表情になる。
「……。いつものってお前……」
「え、ご飯と味噌汁」
「…………」
当たり前じゃん、とでも言いたげに言う悠介。それはこの店のメニューとして確かに書かれてはいるのだが……。横で聞いていた誠一が、訝しな表情で悠介に尋ねた。
「俺さ、お前がこの店で米と味噌汁以外頼んでるとこ見たことねぇんだけど。此処が何屋か分かってる? ……ほらテツさん涙目じゃん。可哀想に」
悠介の『いつもの』という発言からして、毎回この注文をしているのは確かだった。
鉄火の常連と呼んでいいのか甚だ疑問だが、これでも貴重な収入源。
お好み焼きでなくても、注文されれば、たとえご飯と味噌汁だろうが黙ってテツさんは従った。
「そんな事言っても、俺は米と味噌汁が好きなだけだし。あと一番安いのが良い」
「それでよく常連を名乗れるな……。その図太さはある意味尊敬するぜ。で、今日は何してたの? まぁ、大体想像つくけどよ。お前仕事しなくていいの? 便利屋は?」
「いや、なんか今はそういう気分じゃないというか……」
「いつもじゃねーか。よくクビにならねぇな。で、今日も掃除の姉ちゃんから逃げてるわけか。俺、あの人の事よく知らないけど、竹箒で殴ってくるのはエゲつないよな。すげぇ痛そう」
「痛いなんてもんじゃねぇよ……。まぁ今のところ鉢合せてないから良いけどよ。あの掃除ゴリラ、問答無用で殴ってくるから、仕事どうこうの前に、俺はもう逃げるしかねぇんだぞコノヤロー……」
肩を落としながら、悠介は出された味噌汁を啜る。
「ところで、俺が来る前は何話してたの? テツさん、かなり疲れてる様子だけど」
その半分は自分のせいだと気づきもしていないようだったが――
誠一は悠介の問いに意気揚々と応えた。
「お、気になる? ったくしょうがねえなぁ! お前がどうしてもと言うなら話してやらん事も」
「それがな、悠介。誠一のやつの都市伝説の下で働いてるとか抜かしやがってな」
調子に乗る誠一を見兼ねたのか、テツさんがいとも簡単にそれを明かした。
「ちょっとぉー⁉ テツさん、なに勝手にバラしてくれてるのよ。一応個人情報なんだけど?」
「この期に及んで何こまけぇ事言ってんだ! 別に減るもんでもねぇだろうが! じゃあアレだ。今日のお好み焼き代の半額まけといてやるからそれで許せ」
「うわー、俺の情報安すぎ」
その後、テツさんは誠一と話していた『仕事』についてもう少し詳しく話してみせた。
と言っても、都市伝説エクスにパシリとして使われてるという訳の分からない話なのだが。
「へぇー、都市伝説ね。そういや最近結構耳にするな。あ、いやでもアレはエクスじゃなかったけ。……えぇっと、何だっけな……。あ、そうだ、カゲナシだ」
その単語を耳にした時、誠一の身体がピクリと反応した。
一方、テツさんの方は初耳といった様子だった。
「なんだぁソレ? カゲナシ? そいつも都市伝説なのか?」
「そうみたいっすよ。なんか、一ヶ月くらい前から広まった新種の都市伝説なんだと」
おそらく若者の間では流行っている話なんだろうが、一ヶ月前に生まれた都市伝説など流行りに疎いテツさんが知る筈もなかった。
そんな二人のやり取りに、誠一が横から割って入る。
「あー、でもアイツ別に八月の頭からこの島にいるわけじゃないぞ」
「あ?」
誠一が突然妙な事を言い出し、更に補足するように続けた。
「アイツ、半年くらい前から島の中にもう居たんすよ。丁度俺と同じ時期くらいに。それがここ最近になって知られるようになったってだけで。……まぁ、カゲナシってのは、実際は三月から八月までもちょくちょく姿は現してたんだけどね」
「急に何だお前。……というか、何でお前そんなに詳しいんだ?」
テツさんの単純な疑問だった。悠介も同じ思いのようで、不思議な顔で誠一を見つめる。
二人の視線が自分に集まる中、誠一はキャップ帽の下で笑って答えた。
「だって俺、そのカゲナシってやつとも知り合いだもん」




