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【五章 裏の裏は表 】
九月一日 十二時 舞識島A区画 鉄板焼き屋『鉄火』
A区画の南端。人通りの少ない裏通りでひっそりと営業してる鉄板焼き屋があった。
その店の名は『鉄火』。四十歳過ぎの男が店主をしている小さな店だ。
看板メニューのお好み焼きをはじめ、全体的に味は悪くなく、店主の腕もそれなりに良いのだが、如何せん立地が良くない為に、知る人ぞ知る店になっていた。
それが原因なのか、昼時だというのに現在その店には客が一人しかいなかった。
「やっぱさぁ。無双ってのは男のロマンだよね。そうは思わないテツさん?」
「……いきなり何の話だ」
店内は四人で囲めるテーブル席が二つとカウンター席が六つある。その店のカウンターの席に座っている客が、向かい越しで料理している店主に話しかけていた。
客は、キャップ帽を被った白髪の青年であった。
その男は、店内にいる客が自分一人なのを良い事に、声高らかにはしゃいでいた。手元には、注文したと思しきお好み焼きが皿の上に乗って出されているが、彼は手を付けておらず、その横に広げている一冊の漫画雑誌を眺めて、目を輝かせていた。
「そりゃ今週のランズマガジンの話よ! 俺の追ってる漫画が超熱い展開でさ。敵に囲まれる中ばったばったとなぎ倒していくシーンがもうとんでもねぇ迫力なのよ! 見てよコレ。凄くない?」
「知るかボケ」
対する『テツさん』と呼ばれている屈強なガタイの店主は、『もう慣れた』と言わんばかりの冷たい反応で、キャップ帽の男の話を聞き流していた。
テツさんは調理場で黙々と調理をしており、その横では息子と思しき少年が手伝いをしている。しかし、キャップ帽の男はそんなことは気にもせず、一人で話を続けた。
「あれ? 冷たくない? ちょっとは話相手になってくれてもいいじゃん。今日買った今週号、もう五週してるくらい好きなんだけど、この俺の熱量が伝わんないかなぁ。うわ悲し。悲しいなぁ」
「あーもう、うるせぇ! 訳分かんねえ事言ってねぇでいいから食え誠一ィ! 漫画なら後で読んでやるから、とりあえず今は黙って食えってんだ!」
遂に男のトークに我慢できなくなったのか、テツさんは厨房から怒声を浴びせた。
だが、その怒声に対し、誠一と呼ばれた男は寧ろ嬉しそうな表情になって応えた。
「お、マジっすか! よっしゃ。んじゃ後で読んでね。そんで存分に語り合おうぜテツさん!」
怒涛の勢いで話す男は、ようやく落ち着き、手元のお好み焼きに手を付け始める。
この男を止めるだけで余計なエネルギーを消費したテツさんは、少し疲れた表情で溜息を吐いた。
キャップ帽の男。彼の名は、白渡誠一。
半年前の三月、突然舞識島に渡ってきた白髪の青年である。




