1.4.4
「人探し……ですか?」
昼食を終え、デザートにケーキを食べながら、慎と和馬は便利屋が請け負ったという依頼の話を聞いていた。手掛かりになる情報を求めていた阿坂姉弟が彼らに協力を求めたのだ。
「うん。午前中に入った急な依頼でね。喜代さんがその人を今朝見たらしいんだけど……」
「正直、情報なくて困ってるのよね。何か知ってたら教えて欲しいの! この写真の人よ!」
春乃がテーブルに探し人の写真を出す。そこにはアタッシュケースを持った男が映っていた。
慎と和馬は互いに確認し合い、店に来るまでの道のりでは目にしていたことを告げる。
和馬は写真を手に取りじっと見つめて、喜代に尋ねた。
「喜代姉、この人を見たの?」
「ああ。今朝の森林公園でな」
「……へぇ~。人違いとかじゃなくて?」
「いいや、ちゃんと覚えてるぞ。丁度慎に会う直前のことだったし」
「……え、まさか今朝の悲鳴って……」
状況を理解した慎の表情を察し、「やっぱり……」と光秋が溜め息を吐いた。
「でも、アタッシュケースなんて持ってなかったぞ? アイツ」
今朝、喜代が見た時は、男の手にアタッシュケースはなかった筈だ。何やら写真の情報とは少々異なっているようで、それについて光秋が少し思案する。
「ホントですか? ……うーん、どういうことですかね」
「喜代さんの見間違いとは思えないわね。とりあえず私たちはこの人探す方向で的絞った方がいいんじゃない?」
春乃が珍しく真面目な意見を口にし、横に座る光明が目を丸くして姉を見つめた。
「……姉さんが久しぶりにまともな事を……。いけない……ダメだ、涙が……」
「泣くほど⁉」
結局、慎と和馬から情報を得ることは出来なかったが、「何か分かったら連絡してくれると助かる」と光秋が協力をお願いし、二人もそれを承諾した。
だが、これまでの話を聞いていた和馬には少し疑問に思う事があった。
「ところで、便利屋の皆さんは四人いるって聞いたんすけど、人探しなら人数が必要ですよね? あと一人って今どこにいるんすか?」
和馬は、『便利屋メンバーは全員で四人いる』と事前に慎から聞いていた。効率を重視するなら全員で探すのが早いと思ったのだが、今この場には三人しかいないのだ。
そんな和馬のもっとも過ぎる意見に、喜代がイライラした様子で答えた。
「知らん。そんなもん私が知りたいくらいだ」
「え?」
予想外な回答に困惑する和馬に、横に座る慎がフォローする形で説明する。
「えっとね、和馬。四人目のその人、桜井悠介さんって言うんだけど……その人は基本的にいつも事務所にはいないんだよ」
「……どういうこと?」
「なんていうか……『事務所いるより街の見回りしてる方が有意義』って言ってる人なんだけど」
「いや、あれは単にサボってるだけだ」
「でも、たまには役に立つよー?」
「いいや、そんな事ない。あの性根を叩き直さないとダメだ。……次会ったら、しばき倒す」
「……えぇ」
喜代をここまで怒らせる人間はそういない。聞くところによると、その桜井悠介という男は、常に青い半纏を着ていて、懐に木刀を持っているという特徴的な為りをしているらしいのだが……。
そんな会話をしているうちに、皆はケーキを食べ終わっていた。和馬との再開祝いということで、二人の昼食代を喜代が支払ってくれることになり、面々は『すずのね』を後にした。
そして、午前でA区画の南側を調べた便利屋は午後から北側を調べることにし、逆に慎と和馬は南側に向かうということで、一行はここで別れることになった。
◇ ◇ ◇
十四時 舞識島A区画 バス乗り場
すずのねを出てからおよそ一時間。A区画を大体見て回った慎たち。
和馬はそれだけでだいぶ満足した様子で、「ふぅ、だいぶ歩いて疲れたな。早いけどそろそろ帰るか」と言い出した事で、バスで帰宅する和馬を見送る為にバス乗り場まで来ていた。
「スゲー楽しかったよ。サンキューな、慎!」
「どういたしまして。まあ、和馬の急な頼みには慣れてるし。案内してくれって言ったかと思ったら、今度は帰るって言い出すんだもんなぁ……」
「すまん、やる事あったの思い出してさ。ほら、引っ越してきたばかりで荷解きとか済んでなくて」
「なるほどね……。まあ、そういうことなら今日だけは許してあげよう」
和馬と共にバスの待ち列に並ぶ慎だが、一緒に乗るつもりはなく、和馬がバスに乗るのを見送った後は歩いて帰る予定だった。
「それで、どうだった? 久しぶりの舞識島は」
「そうだな、こうして歩いてみると街の見方も変わって新鮮だったかな! 色々知らない事も知れて楽しかったし。この島の事が少し分かった気がするよ」
「……。そっか、楽しんでくれたなら良かった」
「今度は律も誘って色々遊びたいな! 皆でまた昔みたいに」
その後すぐにバスは到着し、和馬を乗せたバスを見送ると、慎も自分の帰路に足を向けた。
帰路の途中、バス停近くの通りから少し外れた道に入り、慎がそこであるモノを目にした。
そこにあったのはやや型の古い暗証番号式のコインロッカーだった。利用すると、QRコードと、パスワードの発行されたレシートが出てきて、そのどちらかを使ってロッカーを開ける事が出来るという仕組みのものである。
そうしたものが、そこにある事自体は大して不思議に思う事でもなかったのだが、一ヶ所だけおかしい箇所があった。
その一箇所のロッカーだけ、黄色のカラースプレーで大きく星マークが描かれていたのである。
しかも、そのロッカーは鍵が掛かっていなかった。
「…………なんだこれ」
陰の薄い場所に設置され、人もあまり近づかない為、誰もこの異常に気付かなかったのだろう。
目についてしまった慎は、コインロッカーの中身が気になったのか、恐る恐る星マークのロッカーに近づいてゆっくりとそこを開けた。そして……。
それから五分後。通りを歩く慎の手には学校の鞄とは別に、もう一つ鞄が握られていた。
慎は手に持つソレを見つめながら、訝しげに呟く。
「さぁ、どうしようかな」
彼の手に握られていたのは、喫茶店で見た写真に映っていた銀色のアタッシュケースだった。
◇ ◇ ◇
舞台に立てば、表も裏も関係ない。
この騒動に関わる者は等しく、舞識島を彩る役者となる。
誰もそれを望んでいないかもしれない。
だが、そんな中でただ一人だけ――。
この舞台を掻き回しているイレギュラー――キャップ帽を被ったあの男だけは別だった。
【四章 表?】終




