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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 四章 表?
32/78

1.4.3

 ◇   ◇   ◇

 数分前 A区画 表通り


「で、まずどこに連れってくれるんだ? 慎」


 二学期の一日目が終わり、放課後を迎えた如月慎と、柳和馬はA区画の通りを歩いていた。


「学校でも言ったでしょ? これから喜代さんに挨拶にでもいこうと思ってさ」

「え」


 慎の言葉に和馬が固まり、表情が若干引きつる。


「え、って……何かマズかった?」

「いや、そんな事はないけど。え、いきなり? いきなり会うの? あの……俺の心の準備は?」

「んじゃ、今済ませとこうか」

「マジかー」

「まぁ、こういうのは早いか遅いかだって。どうせいつか会うことになるんだし」

「……確かにそうだけどさ。俺、『喜代姉のこと苦手』って言ったのに、何も言わずに会わせようとするってお前は鬼か! テロリストめが! ……くぅ、仕方ない。で、これどこ向かってるの?」

「あー、言ってなかったっけ。今から行くところが喜代さん行きつけの喫茶店でね。この時間帯にいること多いから会えるかなって思ってさ。あと、お昼ご飯も済ませたいし」

「なるほどな」

「あと……実は学校出た時からずっとトイレ我慢しててさ、早いとこ駆け込みたいんだよね」

「って、おい」


 腹の辺りを抑えながら、背筋が少し曲がっている慎。先程から彼の足取りが若干駆け足気味だったのだが、それが理由らしい。それから三分後。二人はその目的地に着いた。


「喫茶店『すずのね』。……え、ここに?」


 そこは、ドラマなんかで出てきそうなオシャレな雰囲気の喫茶店だった。喜代が常連とはとても思えなかった和馬だったが、それは本人には言わないようにしようと心の内に留める事にした。

 和馬は大きく深呼吸し、最後に心の準備をする。

 そして、二人が鈴の音と共に店に入ったその時、店内奥テーブル席から男の声が響き渡った。


「えええぇぇぇーー‼ 喜代さん、それ本当ですか⁉」



 ◇   ◇   ◇

 A区画 喫茶店『すずのね』


「ちょ、ちょっとアキ。ここ店内……というか、さっき言ったことブーメランになってない?」


 店内に光秋の声が響き、姉の春乃が彼を諫めている。十分前と見事に立場が逆になっており、光秋は春乃の言葉で冷静さを取り戻すと、一つ深呼吸して目の前のコーヒーを啜った。


「あぁ……ごめん。僕としたことが取り乱して……。馬鹿みたいに叫んじゃった。これじゃあ姉さんと変わらないや、恥ずかしい」

「そうよ! まったくもう。姉に恥をかかせないで頂戴!」

「いや春乃。もっと他に引っかかるところがあるぞ……」


 そんなやり取りをしていたところに、朝凪高校の制服を着た二人の少年が近づいてくる。


「こんにちは、便利屋の皆さん。なんかその……お仕事お疲れ様です」

「ん? キミは確か喜代さん知り合いの……」


 その内の一人は、過去に喜代の紹介で知り合っている少年――如月慎だった。


「慎君よね! こんにちは!」

「お前がここに来るのも珍しいな」


 高校が午前中で終わると喜代は知っていた為、彼が下校しているのはわかるのだが、『すずのね』に来たことは意外だった。この喫茶店は、慎の家とは逆の方角に位置するため、下校途中にたまたま寄ったとは考えにくいのだ。


「まあ、そうですね。ちょっと、その……サプライズで会わせたい人がいるというか……。ほら。ちょっと、隠れてないで出てきなって」


 慎がそう言うと、後ろで隠れている少年を引っ張って便利屋の前に立たせた。


「……あの~……ハハハ……、こんちは?」

「だから何で疑問形なのさ」


 喜代の前に無理やり出されて緊張しているのか、明らかに表情が固い。しかし、その少年を目にして真っ先に反応したのは喜代だった。


「え、ちょ……お前もしかして和馬か⁉」

「あ~、はい。そうっす。久しぶりだね喜代姉」

「え、ホントに和馬⁉ 帰ってきたのか……! ったく、全然変わってないなぁお前!」


 喜代が立ち上がって和馬の肩に腕を回し、笑いながら頭を掻きむしった。


「ぎゃー! だから苦手なんだよー。髪の毛わしゃわしゃするのはやめてくれー!」

「おっと悪い悪い。でもそうか……あの和馬がホントに帰って来たんだなぁ」

「え、何? この子も喜代さんの知り合いなの?」


 喜代の反応からするに、慎と同じで昔面倒を見ていた子なのだろう。喜代の紹介で、阿坂姉弟と柳和馬は互いに挨拶を交わし、その流れで慎が付け足すように言った。


「実は、今日いきなり転校してきて。ビックリしましたよ。それで喜代さんに会わせようと思って」

「そりゃ驚くよな。私たち今朝丁度コイツの話してたばかりだったし。凄い偶然だな……」

「そうなんですよねぇ」

「だぁーもういいだろ! それより慎、お前はトイレ行きたいんじゃなかったのか?」

「あ、そういえばそうだった」

「漏れるぞ。あと三秒後に漏れる呪いを掛けた。今掛けた。だから早く行ってこい。ゴー!」


 和馬が慎をトイレに行くよう促し、ようやく二人に挟まれていた状況から解放された和馬。続いて、便利屋の隣の空いてる席に腰を下ろした。


「喜代姉が便利屋ねぇ。まあ、面倒見は良かったし、結構向いてるんじゃない?」

「生意気な。一丁前に私の心配なんかしてないで、自分の事でも考えとけ」

「うわ、荒っぽい口調も全然変わってない……」


 そんな他愛もない会話が続き、和馬は学校終わりにA区画を回っている途中であると話した。


「それにしても、お前らが一緒にいるのを見てると色々思い出すよ。後はここに律が居ればなぁ」


 その少女の名を口にしたところで、喜代は少しだけ真面目な表情になって和馬に話した。


「慎からあの子の事は聞いた? ここ数年何か様子がおかしいって」

「まあ一応ね。なんだかよく分からないけど、律が他人を避けてるって話でしょ?」

「それ。私も原因が分からなくてな。今朝も会ったけど、やっぱり元気なさそうだったし。慎も頑張ってはいるけど、関係が平行線だからさ。……こういう時こそお前がしっかりするんだぞ?」

「言われなくてもそのつもりだって。……まぁ、俺も今日律を誘って断られてるんだけどね」


 やはり律の件は、和馬でも一筋縄ではいかないようだ。原因が分かるだけでもだいぶ違うと思うのだが、和馬にもその隙も見せてくれないとなると、いよいよ困ったことになる。さてどうしたものかと考える喜代だったが、その陰で和馬が小さく呟いた。


「何が悪かったんだろ……。やっぱりアレかな。告ったのがマズかったのかな……」

「え?」


 その呟きに喜代の表情が固まり、同じく横で聞いていた阿坂姉弟も和馬の方に顔を向けた。


「告ったって……え、何の話?」

「何って。今日、律に好きって言ったんだけどさ」


 状況がいまいち理解できてない便利屋の面々。中でも、喜代は和馬の性格を知っていた為、『告白』という単語が上手く結びつかなかった。しかも、それが転校してきた初日の出来事とあれば尚更だ。喜代は暫く考えた末、そういうことかと得心のいった表情で言った。


「……あーなるほどね。友達として好きとかそういうアレね……はいはい、なるほど」


 脳内で都合のいい解釈をする喜代だったが……、和馬はそれに真顔で淡々と応えた。


「まぁ友達としても好きだけど、普通に女の子として好きだよ」


「マジで?」


「マジだよ。ってか、昔からそうだったけど」


「ええええええーー‼」


 ようやく事態を理解した喜代が大きな声を上げ、またしても店内の注目を集める。横で話を聞いていた春乃も、光秋の肩をバシバシ叩いて興奮していた。


「大変よアキ! なんだか今凄い現場に遭遇してるわ! 青春よ……時代はやっぱり青春なのよ! ……ハッ、途端にアイデアが湧いてきて……あっー、閃いたー!」


「閃かなくていいから落ち着こうね」


 そんな阿坂姉弟のやり取りは放っておき、喜代はグイグイ迫る勢いで和馬に質問しようとするが、頭の中で整理が追いつかず、とりあえず知りたいことだけ尋ねた。


「えっ⁉ 何でそんなことになって……。っていうか……え? どの辺が好きなの?」

「どの辺って……あれ? なんだろう。顔? ……性格かな。俺、律のどこが好きなんだと思う?」

「いや、私に聞かれても。……まぁそれは置いといて。で、その返事っていうのはどうなったの?」

「いや別に何も。『もういい』って言われて逃げられちゃったんだよね」

「……。……そのこと慎は知ってるのか?」

「いいや、まだ話してないけど?」

「……」


 ――まあ慎なら応援してくれるだろうから、そこは特に心配はしてないけど……。

 ――それにしても、和馬が律をなぁ。昔から好きって……全然知らなかった……。


 本人が慎に言っていないのなら、自分が余計な口を出さない方が良いと考え、喜代は彼らを見守ることに決めた。その会話が丁度終わったところで、慎がトイレから戻ってくる。


「ただいまー。……って、どうしたんですか、みんな」


 顔が赤くなっている喜代。ヘラヘラ笑っている和馬。漫画のネタがどうこう話している春乃に、それに付き合わされている光秋。そのテーブル席だけ、だいぶ混沌としていた。


「まあ、なんだ……私も応援するよ。頑張れ! 和馬」

「うっす! ありがと喜代姉!」

「……えーっと、何の話?」


 結局何の話をしていたのか、それを慎が知ることはなく――

 その後、慎と和馬もオムライスを注文して、便利屋の面々と共に昼食を済ませるのだった。


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