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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 四章 表?
31/78

1.4.2

 ◇   ◇   ◇

 十二時半 A区画 喫茶店『すずのね』


「さあ、作戦会議よー! 会議をするのよー!」


 便利屋に突如舞い込んだ『依頼』を引き受けることになった阿坂姉弟。その商談が終わり、解決に向け行動を起こしていた彼らは、一度方針を練る為に行きつけの喫茶店に寄っていた。


「姉さん、お店の中だから。ちょっと静かにしようか」

「あ、はい……すみませんでした……」


 喫茶店『すずのね』。それが今、彼女らがいる店の名前だ。

 店内はアンティーク系の家具で揃えられたオシャレな作りになっている。便利屋事務所から歩いて五分程の距離にあり、便利屋メンバーは全員の行きつけになっている店だった。

 気分転換に仕事の打合せをする時は、店奥の角のテーブル席に座るのがいつもの事だ。

 そこに座る彼女らのもとに、エプロン姿の女の子がやってくる。


「ハルちゃん、アキくん。いらっしゃい! 今日もげんきだねー!」

「やあ、ゆかりちゃん。ごめんよ、うるさかったよね……」

「ううん。楽しいから全然いいよ!」


 少女の名は、日野(ひの)ゆかり。まだ九歳の女の子で、この喫茶店店主の一人娘だ。看板娘……と言うには幼すぎるが、健気に店の手伝いをする元気一杯な女の子だった。


「ほら、アキ! 聞いた? ゆかりが『楽しいから良い』って言ってくれたわ。この店の娘さんに許可を貰えたということは、もう私を止めれるものは誰もいな……」

「姉さんは黙ってようか」

「ひどいッ!」


 光秋は姉の暴走を一瞬で鎮めると、メニュー表を手に取った。すずのねに来たのは、打合せの他に昼食を済ませる目的もある。光秋は店人気のメニュー、すずのね特製オムライスを注文した。


「はーい、オムライスね! 二つでいいの?」

「そうだね、それでお願いしよ――」


 光秋が注文しようとしたその時、すずのねの入り口の扉が開かれた。店内入り口に付けられた鈴の音と同時に一人の女が店に入る。竹箒を持った女だった。


「やっぱり此処にいたのか。二人とも事務所にいなかったから探したよ」

「あ、ヤッホー喜代さん、こっちこっち!」


 藤野喜代。A区画で掃除人として知られる有名人で、便利屋の一員でもある女性だ。

 阿坂姉弟にとっては高校時代の先輩にあたり、春乃の誘いから便利屋に参加していた。二人からの信頼も厚く、人望のある女性である。 

 喜代は、竹箒をカウンターに立つ店主に預かってもらうと、春乃達のテーブルに向かう。

 喜代が近くまできたところで、ゆかりが彼女に抱きついた。


「こんにちはー、ししょー!」

「おぉ、ゆかり! ったく、お前は今日も可愛いなぁ! もうー!」


 ゆかりは喜代の事を『ししょー』と呼んで慕っていた。というのも、『店の手伝いをして、お父さんとお母さんを楽にしてあげたい!』というゆかりの想いに心打たれた喜代が、家事・掃除まで基本的なことの全てを教えた、まさに師匠のような存在だったからである。

 そうしていつしか、ゆかりが喜代と似たような格好をするようになり、更にある時から「ししょー」と呼んできたその姿が、喜代の何かに刺さったようで……。

 それ以来、「これからは『ししょー』で頼む」と喜代の方から頼んで、彼女を溺愛していた。


「ゆかり、今日の学校は?」

「あ、今日はね、始業式だけだったから午前中で終わったの! ついさっき帰ってきたばっかだよ」

「そうかそうか。……そういえば高校の方も午前中だけだったよな。そりゃ、小学生もそうか……」

「ん? どうかした、ししょー?」

「いや、なんでもないよ。ゆかりも学校楽しそうで良かったね」

そんなやり取りを横で見ていた光秋が喜代に尋ねる。

「来るの遅かったですね。いつもなら十時には事務所にいるのに」

「まぁ、ちょっとイラつく事があって。憂さ晴らしに公園以外も掃除してたらこんな時間に」

「……何があったかは訊かないでおきますね……」


 その彼女の発言から何があったのかを大体察した光秋は、それ以上は問わないことにした。

 喜代は阿坂姉弟のテーブルの空いてる席に腰を下ろすと、彼らと同じくオムライスを注文する。ゆかりがその注文を受けて厨房に戻っていくのを見送った後、喜代が春乃達に尋ねた。


「ところで、春乃たちは此処で何してるの? 事務所にいないからもしかしてと思ったけど」


 阿坂姉弟がこの時間帯に事務所を空けるのは珍しい。昼休憩ですずのねに来ているのは確からしいが、どうやらそれだけではなさそうだだった。


「それがですね……ちょっと面倒なことになりまして」

「ん? 面倒なこと?」

「実はなんと! 今朝、女の人が事務所を訪ねてきて、仕事の依頼が入ったんですよー!」

「へぇ。なんか大変そうだね……。どんな依頼?」

「人探しですよ、なんか事を大きくしたくないとかで、警察には連絡してないみたいです。何か深い事情があるようで。それで便利屋の手を借りたいと。……この人を探してほしいとの事です」


 光秋が、テーブルの上に一枚の写真を置く。そこには本州から舞識島へ渡るフェリーに乗る、アタッシュケースを持った男の姿が映っていた。


「この人と写真に映ってるアタッシュケースを見つけてほしいって依頼です。午前中で手当たり次第に探してみたんですけど、やっぱり手掛かりがないと難しいですね……。それで一度作戦会議しようと思って此処に……って、どうかしました? 喜代さん?」


 その写真を見た瞬間、喜代の目付きが変わった。同時にどこか穏やかでない雰囲気まで纏い始め、光秋たちもそれを感じ取る。何を隠そう、その写真に映る男に喜代はもう出会っていたのだから。

 忘れるはずもなく、しっかりと記憶に刻まれていた。

 ただし、彼女の中では最悪の印象になっているのだが……。


「この男……今朝見たぞ?」



 ◇   ◇   ◇

 同時刻 A区画 某所


 A区画の通りを歩く眼鏡を掛けた女性がスマホで通話をしている。


「ハロハロ~蒼麻先輩。ご機嫌いかがですかぁ?」

『いかがもクソもあるか。最悪だクソッタレがッ! どうしてこうも上手くいかねぇ!』

「うーん、詰めが甘いからじゃないですかねぇ~」

『クソッ! ……それよりもだ。本当なんだろうな? ウツロの言ってる事は』

「ええ、それは勿論。昨晩電話で聞いてみたら、なんかケース盗まれちゃったみたいですね……キャップ帽を被った男の人に襲われたとかなんとか。なので、あんまり責めないであげてくださいね? ……それよりも運び屋の彼ですよ、彼! エイジさんです!」

『……確か、そいつが帽子の奴とグルなんだったな?』

「そうなんですよ~! なんとですね、調べてみたら三月の計画に、その二人とも関わってたみたいで! いやぁ、偶然にしては出来すぎですよねぇ~。まさか、私が勧誘した彼がそんな事する人だったなんて知らなくて~。全くとんだ大悪党ですよハハハ~」

『オイ、笑ってる場合か。二度だぞ⁉ 三月から二度もこの俺をコケにしやがって……。絶対に許さん……。今、グロースが総力を上げてそいつらを探してるところだ。俺も舞識島に来て、アジトから指示を出している。……で千条、お前はどこで何してる?』

「やだなぁ~、人探しするなら人手は多い方がいいでしょ? なので、この島で便利屋をやってるって方達に依頼してきたんです。あ、我々の事は何も話してませんので安心してくださいね~」

『……使えるんだろうな? まぁいい、事は大きくせずに急いで探し出せ。いいな?』

それだけ言い残すと、こちらの返答を待たずして通話は一歩的に切られた。

「まったく、せっかちですよねぇ先輩って……。しかし、面白いことになってきましたねぇ。ウツロ君に『好きにしていいよ』って言った途端にこんな事になっちゃうなんて。彼、この半年間でどう成長したんですかね。うん良い感じ! でも、今は連絡繋がらないし、どこで何してるのやら」


 やれやれと困った表情をするが、真に困ったという様子はない。

 寧ろ事がどう転ぶかを見るのが楽しみで仕方ないといった感情が見える表情だった。


「それにしても、まさかエイジさんが、あの場から生き残ったなんて。やっぱり薬を使ったのかなぁ。悪運強すぎて笑いますよ本当に。ウツロ君にもいい刺激になるだろうし。ハハハ~!」


 女――千条千尋は、この島のどこかいるだろう、ある男へ向けて一人呟いた。


「エイジさん、まぁ頑張ってくださいねぇ~?」


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