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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 四章 表?
30/78

1.4.1

【四章 表?】

 九月一日 九時半 舞識島A区画 便利屋『アサカ』事務所内


 A区画には『便利屋』を営む組織がある。報酬次第で大抵の事は請け負う――所謂、何でも屋だ。

 そのメンバーは全員で四人おり、組織の規模は小さいが、馴染みやすい雰囲気があるという事で島民に親しまれていた。

 便利屋『アサカ』。A区画で活動する彼らの日常は、決まってある女の一言から始まる。


「できたー‼ ようやく完成した! 完成したわよ、アキ!」


 A区画の中央通り寄りにある商店街。更にそこから少し外れた通りに位置する貸事務所。

 その内装は、まるで一家のリビングを思わせる緩いデザインであったが、部屋奥の窓前には二つの事務机が横に並んで配置されており、そこだけは一先ず仕事場としての体裁を為していた。

 その事務机にはそれぞれ一人の男女がついており、何やら作業をしていた。

 現在、便利屋の事務所内はその二人のみで、片方の事務机で高級そうな皮椅子に座るベレー帽を被った女が声を上げていた。それに対し、もう一方の机で安物の椅子に座る眼鏡の男が応える。


「何がだい、春乃(はるの)姉さん?」


 アキと呼ばれた弟と思しき男は、最早慣れ切った様子で、彼女に目も向けずに適当に返事をする。ひたすら自分の机に置かれた書類の山と向き合っていた。

 だが、ベレー帽の女はそんな事は気にもせずに、ある用紙の束を弟の前に突き出した。


「何って決まってるでしょ! 私の新作漫画よ! ほらコレ!」

「うん、そっかそっか」


 女の言葉に表情一つ変えずに即答する弟。というよりも、半ば無視に近い反応だったが。

 それもその筈であり――仕事中の弟に姉が見せているそれが、漫画の原稿用紙だったからだ。

 束になった漫画の先頭一枚目にはタイトルらしき名前がドンッと書かれており、姉はそれを自信満々に弟の前に突き出しては、胸を張って威張り散らしていた。


 この姉弟こそが、A区画で活動する便利屋の所長と副所長――つまり、事務所のツートップになる。双子姉弟で便利屋を立ち上げて、彼らの苗字をそのまま事務所の名前にしていた。

 その便利屋で所長を務めているのが、ベレー帽を被った双子の姉――阿坂春乃(あさかはるの)である。

 後先考えない発言と行動で周りを振り回し、漫画創作を趣味としている便利屋の所長だ。

 そんな姉をフォローするのが、副所長の座に就いている眼鏡を掛けた弟――阿坂光秋(あさかみつあき)になる。

 姉の言動を反面教師にして育った彼は、彼女とは正反対に大人しい性格となり、姉よりも遥かに頭が回る知能と知性を持っていた。立場上『副所長』ではあるが、光秋こそが便利屋の頭脳そのものであり、事実上のこの組織のトップは彼と言っても過言ではない。

 便利屋『アサカ』が立ちあがったのは、高校時代の姉の一言が原因だった。

 漫画のネタ集めと、直接人の役に立てる仕事がしたいという事で、その両立を考えた春乃が、高校卒業間近に「便利屋をやる!」と言い出した事からこのような事になっている。

 光秋は、このご時世に便利屋なんて職がそうそう上手く行く筈ないと分かっていたのだが、姉の行く末が心配になって、なんだかんだ彼女に付き合っていた。便利屋を立ち上げてもう数年になるが、意外にも何とかやれているのは、弟の手腕によるところが大きかった。

 そうした背景のもとに便利屋を営み、舞い込んでくる様々な依頼を、何か漫画のネタに活かせないかと日々奮闘している春乃は、時間の隙を見ては漫画を仕上げて弟に見せていた。

 そう、今まさにそれが行われているのである。


「なによなによ! もうちょっと構ってくれてもいいじゃないのよー!」


 漫画に目も向けない弟に、春乃は机をバンバン叩いて抗議する。このやり取りももう何度目か分からない。

 光秋は書類から目を離すと、死んだ魚のように虚な目で姉に言った。


「ごめんよ姉さん。僕はね……疲れたんだ。毎日毎日書類整理してるのに一向に減らないんだ。何でだろうね。そして、姉さんの机が画材で埋め尽くされているのは何でなんだろうね」


 その弟の言葉に無性に罪悪感に駆られた春乃が、申し訳なさそうに謝罪した。


「うっ。……あの……すみませんでした。深く反省します……。ごめんなさいでした」

「いいんだよ。姉さんの頭がどうしようもないことくらい僕には計算済だから」

「ひどいッ!」


 そんな姉の様子を見かねた光秋は小さく溜息を吐くと、仕方なく彼女の漫画を手に取った。


「それで、今日はどんなのを描いたのさ……」

「あー! 何だかんだ言って読んでくれるのよねぇ。流石私の弟!」


 光秋は、渋々原稿を受け取ると頭から軽く目を通した。まだ話は完成していなかったが、その漫画の出来ている部分まで読んだ限りだと、ざっくりしたシナリオは次のようになる。



『2xxx年。宇宙から飛来してくる超巨大隕石が観測され、あと一日で地球に激突しようとしていた……! 人類滅亡のカウントダウンが始まる。しかし、地球人類もただ死を待つばかりではなかった! 隕石を撃ち落とす為、巨大レーザー砲の開発計画が立ちあがる! 果たしてあと一日で地球は救えるのか⁉ 地球と人類の命運やいかに……!』



「…………」

「フフフ……また一つ、私の手で新しい世界が生まれてしまった。で、どうよ? 今回は結構自信作なんだけど! ……ってアレ? 何で固まってるの? おーい大丈夫?」


 漫画を読んで沈黙している光秋にグイグイ迫る春乃。

 その沈黙こそがもう答えだったが、感想を待つ春乃に光秋は険しい表情で言った。


「……そうだね。姉さんの頭が大丈夫でない事は分かったかな」

「ひどいッ! いやいや、違うわよ。そうじゃないでしょ。感想よ! 感想をプリーズ!」

「感想か……。そうだな、言いたいことは山のようにあるんだけどね。まずさ、姉さんの作った世界、早速滅びそうになってるけど、あと一日で救うのは無理じゃない? 今後の展開は?」

「まだ最後まで出来てないけど問題ないわ! ここから大逆転するサクセスストーリーを……」

「いや、多分サクセスしないよねそれ。そう言っていつもダメダメになるし。第一、あと一日しかないのに、今から計画立ち上げてレーザー砲作るのは無理があるでしょ!」

「くぅぅ……ううぅぅ……。そんな言わなくてもいいのにぃ……ううぅぅぅ」

「……。まぁ、でも相変わらず絵は上手かったし、そこは凄く良かったと思うよ」


 春乃は、致命的なまでにストーリーを組み立てるセンスがないのだが、その欠点を補う程に絵だけはやたらと上手かった。それでも、『自分で話を描きたい』という想いは強く、いつも懲りずに似たような話を作っている。へこたれる事なく続けているのは、ある意味で才能といえた。

 そうしてそんなやり取りを繰り広げているうちに、気付くと時計の短針は十時を回っていた。いつもならこの時間に、便利屋の他メンバーも事務所に顔出す頃だ。他二人の出社を待ち、今日一日の予定について考える光秋だったのだが……。その時、事務所のベルが鳴った。


「ごめんくださぁ~~い」


 聞こえてきたのは女性の声。自分たちの知る声ではなかったので、どうやら客人のようだった。


「アキ! お客さんよ、お客さん!」

「この時間に来るって結構珍しいね」


 春乃は急いで事務所の玄関まで行って、扉を開けた。


「はい! ようこそ便利屋へ! 今日はどういったご用件で?」


 便利屋『アサカ』。この日、彼らに舞い込んできた仕事とは……。


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