1.3.9
「……なんなんだよこの島は……」
竹箒の女に公園を追い出された俺は、殴られた腹を抑えて通りを歩いていた。不死身になっても痛覚が消えるわけじゃない。だから滅茶苦茶痛かった。……あの女にはもう関わりたくない。
とりあえず、公園で練っていた予定通り、俺は港に向かうことし、そのままフェリーで島を出るつもりでいた。上手くいけば夕方には本土に着く筈だ。どこか遠くに逃げる算段だった。
ウツロにアタッシュケースが渡っている筈だが、今アレがどうなっているかは分からない。昨晩俺を刺した後、ウツロはアタッシュケースを盗んで逃亡した。どんな意図があったのか知らないが、やはり奴はグロースを裏切っていると思う。だとすれば、組織の計画は確実に破綻する。
島を危険に晒す薬を持ってきてしまった当事者として、俺だって責任は感じていた。
だからこそ、一刻も早く島の外に出て、千条の目がない今のうちに警察にでも連絡をするつもりだった。自分勝手な話だが、俺が舞識島のため出来ることなんて多分そのくらいなんだ。
そんな事を考えながら通りを歩いている時だった。前方から四人程の男の集団がこちらに向かってくるのが見えた。俺と目があった途端に、いきなりダッシュで近づいてきてるんだが……。
その顔ぶれにどこか見覚えを感じ――俺は、それがグロースのメンバーだと気付いた。
俺と別ルートで島に入った連中だ。見つかってしまったが……まぁ仕方がない。それならそれで、隙を見て上手く逃げれば……と、その時、俺の脳裏にふとある考えが過った。
いや、待てよ? 少年が殺されて、俺が生きてて……。アタッシュケースの事や、ウツロの事を連絡していないっていうこの状況。……俺は今、連中からどう見えてるんだ?
なんか嫌な予感がする。そして、それは最悪なことに的中していて……。
「見つけたぞッ! 裏切り者を逃がすなァァ!」
そう叫んで俺を捕まえようとする連中から逃げる為、俺は来た道を振り返って走り去った。
そして、今に至る。
俺は、赤い薬盗んだ裏切り者と思い込まれ、グロースから追われる身になっていた。
薬については、千条がウツロに連絡を取れば解決しそうなものだが……。
どういうことだ? ウツロに連絡が取れないって事か?
まぁそういう訳で、俺は連中から逃げて、今A区画の路地裏で廃材置き場の陰に隠れていた。
だが、この状況から何とかフェリー乗り場まで辿り着かなきゃいけない。そろそろ頃合いと思って動き出そうとした時に、二人組の男が近づいてきた。グロースの人間だ。タイミングが悪い。
「こっちの方で姿を見たって言うのは本当なんだろうな」
「あぁ。絶対取っ捕まえて全て吐かせてやる」
声色からして殺意が滲み出ている。捕まったら絶対拷問とかされる。拷問で済めばいいが……。
俺は気付かれないように、じっと動かず息を殺した。身を隠し続け、連中の会話に耳を傾ける。
「それにしても未だに信じられない。あのウツロがケースを盗まれたっていうのは」
ん? ……はい?
「千条様がウツロに確認した限りだとそうらしい。キャップ帽を被った男に奪われたって話だが」
いや、何を言ってるんだ? 意味が解らない。盗まれた? 待て。盗まれたのは俺の方……。それにキャップ帽の男って……。まさか……倉庫で会ったアイツの事か?
「どうやら、その男が半年前に計画を邪魔した張本人らしい。しかも、今回運び屋で使った男も奴と共謀していたようだ。あの二人が手を組んで、ケースを盗んだと千条様が言っていたな」
……。駄目だ。状況が見えない。俺の知らない所で何かが起きてる。何だ? 何が起きてる?
「にしても、ケースか……。あの中には赤い不死身薬が入ってて、確か、青い方の改良版って話だったよな? 赤い方はデメリットがなくなったって話だが、何がどう違うんだ?」
「なんだお前。そんな事も知らないで計画に関わってたのか。ったく、しょうがねえな。重要なことだから忘れるなよ? いいか? 青い方のデメリットっていうのはな……」
正直、今は他に聞きたい事が山のようにあったが……。まぁいい。薬の事は俺も気になってた。青い薬のデメリットって何だ? ……大したもんじゃなければいいんだが……
「身体を治す度に、余命が縮まるんだよ」
え? …………。………………え?
「いや、正確には違うな。『身体の負った傷を治す度合いで、余命が縮まっていく』が正しい。もう一度薬を飲めば本来の肉体が持つ寿命にリセットされるけどな。ただ、不死身になった身体自体は元に戻らないから、傷を負う度に飲み続けないといけない。三月の計画で青い薬を、大量に舞識島へ運ばなきゃいけなかったのはこれが理由だ」
「え? じゃあ、もし瀕死の状態から蘇ったらどうなるんだ?」
「そんなの、一生分の寿命を殆ど使い切って治すようなもんだからな。仮にその状態から生き返ったとしても大して長生きできないだろう。あと一日、二日保てば良い方じゃないか?」
そんなやり取りをした後、二人組はその場を離れた。俺は光の届かない路地裏の廃材置き場に座り込んでいた。そして、一人青空を見上げて呟く。見上げた空はどこまでも青かった。
「いや、嘘だろ…………オイ……」
◇ ◇ ◇
おそらく、この時点の島内で、誰よりも死に近かったのは、このエイジと名乗る男だった。
舞台の端で、誰にも気付かれる事なく、窮地に立たされても尚――脇役は主演たちの引き立て役で終わるしかないのか。それとも……。
脇役を自称する男の最期の一日が、人知れず幕を開けようとしていた。
【三章 裏?】終




