1.3.2
その男は俺たちの運ぼうとしていたコンテナの上に座って漫画雑誌を読んでいた。
キャップ帽を被る白髪の男だった。
俺は当然だが、竹中を含めた他の奴らも、その男の事は知らないようだった。
髪を白色に染めて、キャップ帽を被った男。派手で……なんだか漫画のキャラみたいな奴だった。
そんな男が俺たちのコンテナに座って漫画を読んでたわけだから、当然俺たちは警戒していた。
でも、それにしては、俺以外の全員は必要以上にピリピリしていて、荷物運び程度でここまで警戒する理由が俺には分からなかった。とりあえず俺は空気を読んで傍観に徹する事にした。
で、俺らのリーダーである竹中が、その男に色々問いかけたんだが、アイツは自分の目的だけははっきりと言ってきた。「計画を潰しに来た」と。
計画。俺に心当たりがあるとすればこの仕事の事だったんだが、正直意味が分からなかった。なんで? って感情が真っ先にくる。でも、俺以外の連中は異様に反応していて……なんか怖かった。
その後もキャップ帽の男は続けて話した。奴が言うには、どうも舞識島では近年犯罪が増加傾向にあるみたいで、その中でも特に密輸関係の犯罪が頻繁に起きているとの事だった。
竹中は益々表情を強張らせる。それを横で見ていて「まさか……」とも思ったんだが、ここで俺は肝心な事を聞き忘れていたのを思い出した。
そういえば……お前らは何を運ぼうとしてるんだ? って。
嫌な予感がしたんだ。だけど、それを思い出した時にはもう遅かった。気付くと、竹中達は懐から拳銃を取り出していて、キャップ帽の男にそれを向けていたのだ。頭が真っ白になった。……いったい何をやっているんだ? と。信じたくなかったが、その拳銃は……本物だった。
俺は何に巻き込まれてるのか。ただただ茫然と立ち尽くすしか出来なかった。
その後の事は……まぁいい、ちょっと面倒なんで省く。とりあえず結果だけ整理すると、キャップ帽の男は、俺たちを無力化して運びの仕事を阻止したのだ。
奴の言葉通りに計画を潰され、去り際に全員の頭に手刀を打ち込んで昏倒させていった。
当然、俺もその一撃を食らった。クソ痛かった。俺は何もしてないのに。不幸だ。
しかし、悪運が働いたのか、俺だけは打ちどころが良かったみたいでな。俺は、その時実は気絶してなかったんだ。
だから、キャップ帽の男が場を離れるまで気を失ったフリをしてやり過ごした。昔から死んだフリだけは得意だったが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。
奴が去って暫くしてから俺は起きあがって、倒れている竹中達を見回した。周りの連中は俺と違って完全に気を失ってるようで暫くは目を覚ましそうになかった。
人目がないなら丁度いい。俺はどうしても気になって、運ぶ予定だったコンテナを開けてみた。
そして、俺がそこで見たのは、青い色の液体が入った小瓶のケースの山だった。
その一つを手に取ってみたが……俺にはそれが何かヤバい物に見えた。薬って言葉が合いそうな。
それから俺は慌ててコンテナを閉じ、竹中達も放って倉庫から逃げだした。
怖かったんだ……。何かとんでもない犯罪の片棒を担がされそうになってたんじゃないかって。結果的にそれは未遂で終わった。それは本当に良かったと思ってる。
だが、最悪な事に、俺は逃げてる途中でポケットの違和感に気付いてしまった。
間違えて手に取った小瓶を一つそのまま持ってきちまったんだ。焦っていたとはいえ、完全にやっちまったと思った。それから家に帰って、俺は小瓶の事はとりあえず忘れようと、現実逃避してその日を乗り越えたんだが……その後の日々は地獄だった。
未遂に終わったとはいえ、下手すりゃ犯罪者になりそうだったんだ。警察から連絡が来るんじゃないかとか、あの一件について触れられているニュースはないかとか、毎日ビクビク怯えていた。
それでも金は必要だったから、何食わぬ顔でひっそりバイトには勤しんだ。
あれから竹中からも連絡は来ていない。俺も奴に連絡するのが怖くて出来なかった。
そんな日々が五ヶ月くらい続いた。地獄だった。正直、精神的にかなり追い詰められていた。
だが、俺の不幸はまだ続いた。そうだ、あの一件で終わりじゃなかったんだ。
ここからが本番。そう、あれは八月二十日だったかな。今から十日くらい前の事だ。
俺の住むアパートのインターホンが鳴って、ある女が俺の家を訪ねてきた。
「ごめんくださぁ~い」
科学者が身に着けてるような白衣を着た丸眼鏡の女が玄関に立っていた。何とも気の抜けた話し方をする女で、ボーッとしてた俺は思わず扉を開けてしまった。
「あ、こんにちは~。今お時間あります~? 実はですね、私こういう者でして~」
にこやかな表情で女は名刺を渡してきた。軽く目を通したが、どうやら宗教勧誘らしい。
近頃はあまりこういう輩が来なかったが、まぁ俺は適当な理由をつけて遇らうつもりでいた。
だが、次にその女の言った言葉に俺は思わず反応して耳を貸してしまった。
いや、誰だって普通聞き間違えかと思う筈だ。だってな……その女はこう言ったのだ。
「あの~、不老不死とか興味ありません?」と
その勧誘は流石にないなと思った。




