1.2.8
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朝凪高等学校 1ーA
他人を避けている律は、当然学校に通いたいと思っていない。
それでも学校にいるのは、『生徒として舞識島の表側を監視する』という指示をミリアムから受けているからだった。命令ということなら仕方ないと割り切っているが、理由は他にもある。
律の両親が亡くなったその後、彼女の身柄を引き取ってくれたのがミリアムだった。上司の命令として学校に通わせてはいるが、その裏には、保護者としての想いも何となく感じられ、世話になっている身としては、そうした好意も無下に出来なかったのだ。
生徒たちが続々と登校してくる中、律は三十分以上も前に教室に入って自席に座っていた。
律の席は窓際列の最前に位置する。彼女はそこで一人じっと窓外の空を眺めていた。
――学校なんか通ってる場合じゃないのに。私はこんなところで何をやってるんだろう。
命令を受けてはいるが、実際やることは特にない。普通の生徒として学生生活を送るだけだ。自分が暢気に学校に通っていていいものか、と思うことはある。まして、今は状況が状況だった。
――前田君……。嘘よね、そんな……。
昨晩律が見つけた死体。それはこのクラスの生徒の一人だったのだ。前田和文。明るい少年で、自分にも何度か話しかけてきてくれた事をよく覚えている。その前田和文が、昨晩カゲナシによって殺害されたのだ。
――こんな身近な人まで……。私が、救えたかもしれなかったのに……。
律は後ろの座席に目を向ける。一つ隣の列の後ろから二つ目。そこが前田の席だった。どうしてこんな事に……。そんな事を考えながら席を見ていたその時だった。前田のすぐ隣の席の少年、如月慎と目が合った。どうやら丁度登校したところだったらしい。律は慎から咄嗟に目を離した。
流石に露骨過ぎたが、それでも何事もなかったかのようにして、律は再び窓の外を眺めていた。
それからすぐに予鈴は鳴り、ホームルームが始まって、担任教師の春日井が教壇に立つ。先生は教室を見渡して軽く挨拶の言葉を述べると、最初に連絡事項があると始めた。そして、クラスで一つだけ空いている席を指さしながら、前田和文が夏休み中に転校したという事を生徒達に説明した。
――もう対応されたのか。早いな。
律にはこうなる事が解っていた。前田の死はナジロ機関の情報操作によって隠蔽処理されたのだ。
どうやら『転校』として処理されたようだが、今回に限らず、人の死がこのように処理されることは何度もあった。その度に律は胸を締め付けられる想いになる。律が何でもないように窓の外を眺めているのも、ただ平静を装っているだけだった。分かっている事とはいえ、機関によって処理されるというこの状況が律には慣れなかったのだ。
その連絡の後、先生は続けてこう言った。
「今日なんと! このクラスに新しく転校生がやってきます! はい、拍手!」
――ん? 転校生?
その報せは律も予想していないものだった。今日が二学期初日なので、転校生が来るタイミングとしては特に不自然でもないが、クラスから一人去った後に、入れ違いで転校生がやってくるというのは律にも少し気になっていた。
「それじゃあ入ってきて」
先生がそう言うと、クラスの前の扉が開き、『転校生』が入って教壇の隣に立つ。律はその転校生を視界に入れ、その瞬間に彼女の思考が止まった。
転校生は男の子。笑顔の似合う少年で、明るい性格なのが見て伝わってくる。律はその少年の事をよく知っていた。知りすぎていた。
その転校生は、五年前に島を去った律の幼馴染だった。
「はじめまして、柳和馬って言います! 前まで舞識島に住んでました。知り合いも何人かいそうだな。そんで今回また帰ってきたわけなんですけど……とりあえずよろしくゥ‼」
昔と変わらない彼に、律は再び会えたことを嬉しく思ったのか、それとも……。
律は誰にも聞こえない声で小さく呟く。それこそが、彼女が今抱いている感情を物語っていた。
「……そんな……なんで…………どうして……」




