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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 二章 裏
18/78

1.2.7

 ◇   ◇   ◇

 九月一日 早朝 舞識島A区画


 時刻は朝の七時前。A区画の私立高校――朝凪高校の制服を着た少女が一人で通りを歩いていた。登校時間としては早すぎる時間帯であり、通りには彼女以外の生徒は見当たらない。

 その少女――成瀬律は、五年前の自分の過去を思い出していた。

 何故今になってそれを思い出したのか。おそらくは昨晩の一件が原因だった。彼女が見た『二つの死体』という状況が、五年前に目にした光景と重なったからだ。


 五年前、律の両親は何者かに殺害された。

 その犯人が誰で、目的が何だったのか。それは五年経った今も分からない。真相は闇の中だ。

 ただ、『自分の両親が殺された』という事実だけで十分すぎる程に、当時まだ十歳だった少女は絶望の底に叩き落とされた。今朝方まで普通に会話していた両親が家に帰った時に死んでいた。その状況に目の前が真っ暗になり、どうあっても現実を受け入れる事ができず――受け入れないようにと逃避する。そうしてどれほどの時が経ったか。気付くと、一人の女性が目の前に立っていた。

 銀色の髪を持つ、青い瞳の外国人。自分より年上の黒のスーツを着た女性だった。

 その女性は、両親の仕事仲間であると名乗り、「大丈夫だからね……」と優しく微笑むと、律を保護という名目である場所に連れて行った。B区画にあるどこかの地下施設。そこが何なのか全く分からず、ただ流されるように連れて来られ、暫くしてから銀髪の女性は全ての事情を律に話した。


 突然全てを失った少女には、それを知る権利があるだろうと。


 そこで律は知ることになる。この島の抱える問題。錬金術のこと。賢者の石と霊水のこと。島の管制を行うドームのこと。その制御管理に律の両親が深く関わっていたこと。ドームに問題が起きると、この島が沈む危険があること。島を護る使命を帯びたナジロ機関という組織があること。島の治安は悪化の傾向にあり、犯罪の殆どは表に出ずに、ナジロ機関によって内密に処理されているということ。この島は、表面上でしか平和でなかったということを。

 両親の死は、おそらく舞識島の機密情報を狙う何者かの犯行だという話まで聞かされた。

 それらを知った時、律は一体何を思ったのだろうか。気付くと、銀髪の女性に自分の意思を伝えていた。真っ直ぐで、しかし何の感情も視えない目で――。


「……私を、貴女たちの組織に入れてください」


 それから五年後の現在。律はナジロ機関の執行者となって舞識島を護っていた。


 自分の過去を思い出していくと同時に、律はその時の自分に課した誓いも再確認していた。

 この島を脅かす敵は、たとえなんだろうと自分が殺すということを。

 そうしなければならないのだ。舞識島という場の平和が、いかに脆い地盤の上に成り立っているかを知っているからだ。それが出来なければ島が沈む。どこかで誰かが危険な目に遭う。そのせいで自分の両親は死んだのだと、律はずっとそう考えていた。

 だから、誰かがこの島を護らなければならない。そんな自分の内から湧き上がる使命感、ある種の強迫観念のような感情に突き動かされ、『その誰かになるのは自分なんだ』と言い聞かせ続けてきた。だが、昨晩出会った白服の殺人鬼が、彼女の信念に僅かな揺らぎを与えていた。


「カゲナシ」


 その名を呟いた時、律は自分の内で何かがざわつくのを感じた。昨日の任務で自分は死んでいてもおかしくなかった。それなのに今はこうして生きている。正直、今も生きている心地はしなかったが、昨日の一件でカゲナシを取り逃した事は島を護る者としては失態と思っている。しかし……。


 ――あの時……自分が死ぬって意識したあの時、私は何を感じたの?


 こちらの攻撃の全てを避けながら、怯む事なく向かってきたカゲナシの姿を思い出す。

 あの瞬間、自分は一体何を感じたのか。その正体が何なのか。

 それを独り考えながら歩いていたところに、前方から声がかけられる。


「下向いたまま歩いてると危ないぞ、律」


 男のような口調で話す女性の声。顔上げるとそこに律の知った顔があった。

 藤野喜代。A区画を掃除をして回っている女性で、律の面倒を小さい頃に見てくれていたお姉さんのような存在だ。


「どうしたの、考え事? なんか表情暗いよ?」

「いえ、別にそんな事は……」

「……なら良いけど。あんまり下ばかり向いてるとそのうち転ぶから気を付けなよ?」


 律は周りを見渡すと、自分が表通りの道から外れ森林公園の通りにいることに気付いた。

 無意識に身体が公園に向いたらしい。


「それにしても、やけに登校時間早いな。律以外の生徒まだ見てないし」

「そう言う喜代さんも今日は早いんですね?」

「いや、私は毎日こんなもんだよ。日課というか。それにほら、気分転換にもなるし」

「それなら私も同じですよ。気分を変えてみたくなっただけなので」


 本当は、昨晩の件が気になって寝付けなかっただけなのだが、律はそれを隠した。


「っていうか、昨日まで夏休みだっただろ? どう? 元気だった?」


 今日が始業式のため、昨日までが夏休み期間だったのだが、律はナジロ機関として活動することが多々あり、少なくとも普通の女子高生らしい夏休みの過ごし方はしていなかった。


「……夏休み。そっか……そういえば昨日まででしたね」

「そういえばって……、もしかして休みだった事も忘れてたくらい楽しんでたとか?」

「なら今制服なんて着てませんよ」

「それもそうか。……。ま、元気そうで良かったよ。夏休み中って色々やらかすやつも多いからさ。律なら大丈夫とは思ってたけど……。あっ、ところで休み中は慎に会ったりした?」


 その名を聞いた律は僅かに表情を曇らせた。

 如月慎。幼馴染の少年の名だった。だが、今は律の方から彼と距離を取っていてもう長いこと会話をしていない。彼女が一方的に避けているからだ。

 ナジロ機関の人間に関われば、友人が危険に晒されてしまうかもしれない。

 だから、『本当に大切なものは遠ざけるべきだ』と考え、一人孤立する道を選んでいた。友人を避ける事は辛いが、それでどう思われようと大事な人達を守れるなら別に構わないと思っていた。


「……。あのさ、やっぱり何かあった? その。あんまり無理せず一人で抱え込みすぎないでね? 何かあれば相談に乗るし、慎だって力になって……」

「すみません。本当に何でもないので。私、これで失礼します」


 律は愛想なく受け答えすると、喜代に一礼してその場から逃げるように去った。背後から呼び止めようとする声が聞こえるが、それでも律は歩みを止めようとはしない。足を止めてはいけないのだと自分に言い聞かせて、律はその場を後にした。


 ――そうだ。もっと張り詰めなければ。何があっても護ると決めたんだ。……それなのに。


 昨日からずっと引っかかっている感情が、律の決意を揺らがしていた。それが何かをはっきりさせようと、納得いく答えをずっと探し続けている。でも、本当はもうとっくに答えなんて出ていると気付いていた。気付いていたが、それを認める訳にはいかなかった。

 今まで何人も殺している自分が、今更そんな感情で立ち止まっていい訳がないのだ。

 まさか自分が……死ぬことを怖がっているなんて事を。


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