1.2.1
【二章 裏】
現在 舞識島内某所
~都市伝説『エクス』の語り~
どんな物事にも裏はあります。それはこの島も例外ではありません。
さて、次に話すのはそんな裏側の話。舞識島の裏――錬金術に纏わる話と、この島に根付くとある組織についてのこと。少し長くなりますが、どうかお付き合いください。
今は昔……およそ四百年前の事です。その時代、この世には錬金術師と呼ばれる存在が居ました。
漫画やアニメなどで名前くらいは耳にした事がありますかね。はい、アレです。
ですが、錬金術という学問自体は確かに実在していました。その起源は古代エジプトにまで遡るとされ、錬金術師は卑金属から貴金属を精製する手法をはじめ、万物の究極化、人間の進化を求めて日々研鑽していました。
そうした進化を目指す歴史の中で、明らかになった事が幾つかありました。
その一つに、人の肉体が不老不死になると、種の進化が始まるという発見があります。
不老不死を手にした者は、そのエネルギーを消費して進化が始まり、第七感と呼ばれる新たな感覚に目覚めます。そして、その果てに全知を得られるとされていました。
つまり、進化を起こす為には、まず不老不死になる必要があるのです。
故に、錬金術師は不老不死の実現を目指していたのですが、その実現には不可能を可能にできるとされる万物の原料――『霊水』と、それを生み出す物質――『賢者の石』が必要でした。なので、彼らは、まずは賢者の石の創造を第一に活動していたのです。
これらの錬金術の教えは西洋を中心に拡がり、やがて東洋にまで伝わっていきます。
ところが、東洋の錬金術の文化は独自の発展を遂げていき、進化の為ならどんな手段も厭わない狂信的な錬金術師が多く増えていきました。
そして四百年前。東洋の錬金術師達が結束し、とある島に集って考え得るあらゆる方法を試した末に……なんと賢者の石を創り出すことに成功してしまったのです。
ええ、作ったんですよ。本当に。
ただ、その実験時に謎の大爆発が起きて、島に居た者は全員死んでしまいました。
要するに、実験事故の産物として賢者の石が生み出されたという事です。この噂を耳にした世界中の錬金術師達は、当然その島を探しました。
しかし、その在処はおろか、賢者の石がどういった形をしているのかも判明しないまま悪戯に時は流れ、次第に錬金術は滅んでいったのです。
……と、まぁ錬金術の歴史はこのような結果に終わったのですが、錬金術の知識は、後の化学や医学の発展に大きな影響を与えました。錬金術師の幾つかの家系はその発展に貢献しているのです。
その中でも特に大きな力を持っていた西洋の家系に、ハーネットという一族がありました。
彼らは、時代の流れから錬金術の衰退をいち早く感じると、それまで培ってきた知識を、真っ先に化学の発展に転用したのです。錬金術を早々に捨てたこの行為は、当然他の錬金術師達に快く思われませんでしたが、動き出しが早かった甲斐もあって、莫大な資産を手に入れます。
この資産を元手にして、ハーネット家はある企業を設立しました。
それがグランミクスです。はい、あの大企業ですね。正確にはその基盤といったところですが。
錬金術が廃れた事で、ハーネット家はグランミクスの発展へと方向転換した訳です。
故に、彼らにとって、賢者の石など最早どうでも良かったのですが……、現代になってその考えは覆る事になりました。
五十年前の話です。当時のハーネット家に、テイマー・ハーネットという男がいました。彼は当代きっての天才と称される程の科学者だったんですが……まぁ、変わった人でしてね。非科学的な事が好きで、妄言扱いされてしまった錬金術の不老不死なんかにのめり込んでしまうような……所謂、変人でした。ですが、錬金術に関する全てを理解出来る程に優秀な男だったのです。
そのテイマーが、賢者の石の在処まで調べるようになり――最終的に、独力でかつて錬金術師達が集っていた島を突き止めてしまいました。
もう察しているかと思いますが、その島というのが日本近海の孤島――この舞識島だったのです。
その島は外観こそ普通の島でしたが、明らかに異常な事が一つありました。木々で囲まれた島の中心部に、薄く虹色に染まった湖があったのです。よく見なければただの光の反射と見間違うでしょうが、そうではなく、本当に虹色に染まっていたんですよ。
その湖の発見したテイマーは調査を進めていき、そして全ての事を知ります。
実はこの湖が、『賢者の石が誕生した大爆発で出来たクレーター』であり、これこそが賢者の石の正体で、そこに溜まっていた虹色の水が霊水だと判明したのです。
そこから更にこの虹色の水の解析を進め、分かった事が大きく二つありました。
一つは、霊水そのものにエネルギー資源としての価値があった事。未知なる新資源の発見でした。
そして、もう一つが、この湖にただの水を入れるだけで、それが霊水に変貌するという事でした。
つまり――霊水は、際限なく生み出す事の出来るエネルギー資源だと分かったのです。
このテイマーの発見により、ハーネット家はグランミクスの力で舞識島を獲得するよう動き出します。霊水の独占し、湖の安全を確保する為に、地盤沈下していた舞識島の補完に尽力します。
ただし、この事実を公にすることを避けていました。
賢者の石など説明しようがないという理由もありますが、『際限なく生み出せるエネルギー資源』という霊水が、新たな争いの火種にもなる事を、テイマーは危惧していたからです。
とは言え、いきなり研究施設を建てる訳にもいきません。そこで『人工島への改造計画』を立ち上げ、本当の事情は隠しながら、もっともらしい理由を並べて、人工島へと改造したのです。
湖のある一帯は『中枢区』と名付けられ、湖はドーム状の建物で覆い隠されています。そこを島全体の管制を行う施設とすると同時に、霊水の研究を行う場にもしているのです。
賢者の石から生まれた霊水を活かす実験都市。それこそが、この島の本当の姿になります。
錬金術を捨てた一族が賢者の石の在処を突き止め、それを手に入れるとは皮肉な話です。
ですが、手に入れたのは良いものの、その一方で別の大きな問題がありました。
この島が人工島になったその後、予想以上に世界からの注目が集まった事で、島の人口増加が加速しました。これに伴って島内の治安悪化が目立ち始めたのです。
人の集まる街で犯罪が増加するのは世の常ですが、これが舞識島にとっては特に問題でした。
実は……この島を動かすエンジンの燃料になっているのは、霊水なんです。
舞識島の補完を最優先にした事で、テイマーは霊水によって動作する特殊なエンジンを開発しました。既存のエネルギー資源では生み出せない莫大な力で島を浮上させているんです。
その為、霊水を生み出すドームに何かしら問題が起きた場合、島を支えるエンジンにも影響が及ぶ可能性がありました。……つまり、舞識島が沈む危険があるのです。
こうした理由から、島内に蔓延るあらゆる犯罪に注意を向け、これらの事情を隠しながら、島の危険と成り得る芽を可能な限り排除することが求められました。
そこでハーネット家は、グランミクスとは独立した『ある極秘組織』を島内に設立しました。
その名を――『ナジロ機関』。
舞識島で絶対的権力を持ち、その力で島内の犯罪を未然に察知・処理・隠蔽まで行って、島を裏から操作する治安維持組織。
その行動記録は一切表に残らないという、この島が抱える闇とも言うべき組織でした。




