1.1.6
ホームルーム後、始業式までの待ち時間で、慎は隣の席に来た転校生と会話を弾ませていた。
「……急だよね昔から。こんなの聞いてないって! ホント久しぶり和馬!」
「いやぁ、俺もまさか転校した先のクラスに知り合いがいるとは思わなかったぞ!」
柳和馬。五年前まで舞識島に住んでいた慎と律の幼馴染。リーダーシップと行動力の塊で、とにかくテンションが高い。元気なところは五年経った今もやっぱり変わっていないようだ。
外見も、慎のイメージにある『五年前の和馬』をそのまま大きくしたようだった。
「なんというか。何も変わってないね」
「おいおい、馬鹿にしてんのか」
「違うって。昔のままでちょっと安心したんだよ。まぁ馬鹿だとは思ってるけど」
「おい。……ったく、お前もお前で変わらないな」
和馬が島外に引っ越してから今日まで連絡を取ったことはない。こんなやり取りをするのも五年ぶりで、あの頃と同じように話せるのは些細なことだが慎とって嬉しい事だった。
「にしてもマジで久しぶりだな。っていうか律は? 律とは一緒じゃないの?」
その問いに慎が固まり、和馬は窓際最前列に座る女生徒を指差して、小声で更に尋ねた。
「あそこに座ってるの律でしょ? よく似た別人じゃないよね?」
「あー……えっと……まぁうん」
「やっぱそうか! 律も同じクラスとか凄い偶然じゃん! でも、なんか雰囲気暗くない? あんな感じだったっけ? いや、そんなに明るくなかった気もするけど」
和馬は昔から人の変化や、雰囲気を敏感に感じるところがあった。要するに人を良く見ているのだ。だから、次に和馬がどう行動を起こすのか、慎には凡そ想像出来ていた。
和馬は「よし」と何かを思い至ったように呟くと、真っ直ぐ律のもとへと歩み出した。
「よう、律!」
意気揚々と和馬が律に話しかけ、同時にクラスメイトの視線が彼らに集まる。
慎と楽しそうに話していることから、『二人は友達らしい』という認識はクラス内に広まっていたが、まさか成瀬律とも知り合いとは思いもしなかったようだ。
そもそも彼女に積極的に話し掛けようとする生徒がそういないのだ。
「久しぶりだね、柳君」
和馬に声をかけられ、窓の外を見ていた律がただ淡々とした調子で応える。
その声色は和馬が知っているものとは全然違っていたが、和馬は変わらぬ口調で話を続けた。
「同じクラスとは思わなかったな。また会えて嬉しいよ! でも、お前影薄くてすぐ気付けなかったぞ」
「……そう」
「……あれ? ってか、なんか元気ないね。何かあった?」
「いえ、別に」
「えー、うっそだー。何か悩んでたろ。俺には分かる。律は結構分かりやすいからなぁ」
笑いながら昔と変わらぬ調子で話す和馬。だが、律の表情は何一つ変わらず無表情のままだ。
「柳君は何も変わってないんだね」
「さっき慎にも同じこと言われたよ……。え、そんな変わってない俺?」
苦笑する和馬に、律は顔を背け小声で呟く。
「何で……」
ようやく自分から何か言う気になったんだろうか。彼女の言葉に和馬は耳を傾けた。
だが、次に律の口から放たれたのは、和馬にとって思いもしないものだった。
「何で帰ってきたのよ」
二人の間に沈黙が流れる。一体なぜ律がそんなことを言うのか、和馬には見当がつかなかった。それはつまり『帰ってこなければよかったのに』という意味に他ならなかったからだ。
そして、そのやり取りを最後に、律は一足先に始業式が開かれる体育館へ向かってしまった。
彼女の後ろ姿に声をかけようとした和馬だったが、慎がそれを止めた。
「んー。なんだろうな……。よく分からんけど……もしかして俺、何か地雷踏んだ?」
「多分ね」
「マジかー」
和馬は相変わらず笑っていたが、それなりに凹んでいるようにも見えた。
「なぁ。律のやつさ、何かあったの?」
この展開も慎の予想通り。慎は予め用意していたように、和馬のいなかった間に何があったのかを全て説明した。
といっても、彼女が訳も分からず一方的に無視するようになったという話なのだが。
「ったくもー、そういうことは早く言えよなぁー」
「ごめんごめん。でもさ、言ったところでどうせ成瀬さんに話しかけてたでしょ?」
「いや、そんな事は……なくもなくもない。うん、あるな。ごめん。あるわ」
なんともアホな返答に笑う慎。そこで先程の律と和馬の会話を思い出し、慎も和馬に尋ねた。
「成瀬さんとの会話聞いてたけど、僕も何で帰ってきたかは聞きたいな。家の用事とか?」
慎の問いに和馬は『決まってるだろ』言わんばかりの笑顔で応えた。
「そりゃ勿論アレだよ。この島のヒーローとしての使命をだな……」
訳が分からず一瞬沈黙した慎だったが、今朝方夢で見たことを思い出して和馬に尋ねた。
「まさか、昔言ってたアレの事? ヒーローになるとかっていう……」
「おーそれそれ! 覚えてた?」
「いや、覚えてたっていうか……和馬、高校生だよね?」
「え? そりゃお前と同じ学校にいるんだからそうだろ。懐かしいよなぁ。小さい頃はよく島中を駆け回って。うむ、良き思い出の数々だ。……ってなんだその可哀想なものを見る目は」
何かを諦めたように悟った慎と、何のことだかまるで分かっていない和馬。
そんな会話を繰り広げた後、二人も始業式のある体育館へと向かうのだった。




