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武士のたしなみ

作者: 土方隼人

 それは1687年、江戸幕府第五代将軍、徳川綱吉が「生類憐みの令」を世に制定し、犬が「お犬様」と呼ばれ、厚く保護された時代だった。


 べラン星からの宇宙船は長い宇宙旅行の末、やっと移住するのに適した惑星を見つけた。べラン星では人口増加が進み、人口の何割かを他の惑星に移住させなければならない状況が差し迫っていた。

「隊長!あの青い星は酸素も水もあり、温度も適温、食糧もありそうです」

「そうか、やっと移住できる環境の星を見つけることができたか。早速、調査に行ってくれ」

「了解」

 大型の宇宙船から数名の隊員が小型の調査船に乗り込んだ。そして、青い星「地球」へと向かった。

「おい、あれを見ろ」

 隊員の一人が叫んだ。

「生物が二種類いるぞ」

 それは、生類憐みの令により奉られた「お犬様」と、その回りでひざまづく人間達だった。

「うむ。どうやら、あの全身毛で覆われた4足歩行の生物がこの星の頂点に立つ支配者のようだ」

「間違いないか」

「ああ。回りの2足歩行の生物は皆ひざまづき地面に頭を擦りつけている。多分、やつらは奴隷に違いない」

「どうやら、そのようだ。では、サンプルとして支配者を一体、宇宙船に連れて帰ろう」

 調査船から光のようなものが発せられ、「お犬様」の一匹が吸い寄せられるように調査船に消えていった。


「隊長、あの星の支配者のサンプルを連れてきました」

「うむ、御苦労。では早速、話をしてみよう」

 べラン星の宇宙船には高度な科学技術により作られた自動翻訳機が積まれていた。隊長は話かけた。

「我々には敵意はありません。あなた方との共存を願っています」

 その言葉に「お犬様」は答えた。

「う~ぅ、わん、わん。わん」

「何と言ったのだ」

 隊長は促した。

「自動翻訳機が反応しません」

「ばかな。この自動翻訳機はいかなる惑星の、いかなる言語でも翻訳できるはずだ」

「もう一度、試してみよう」

 隊長は気を取り直し、もう一度「お犬様」に語りかけた。

「私の言っていることがわかりますか」

「わん、わん。う~ぅ、わん。わん」

「だめです。翻訳機が反応しません」

「隊長、もしかすると、この星の住人は言語ではなくテレパシーのようなもので会話しているのではないでしょうか。わん、わんとしか聞こえないこの声は言語ではなくテレパシー送信時に出る発信音では」

「なるほど。この自動翻訳機は言語に対しては反応するが、テレパシーを翻訳できる性能は備わっていない」

 べラン星の高度な自動翻訳機に翻訳できない言語はなかったが、テレパシーや「鳴き声」には反応しなかった。

 と、その時、「お犬様」が隊長の足元にとことこと近づき、その緑色をした手をペロペロとなめた。

「うわ、なにをする」

 隊長はびっくりしてそう叫んだ。

「隊長、これは我々に対する好意の表現ではないでしょうか」

「うむ、宇宙は広い。それぞれの星により様々な風習があるものだ。しかし、ちょっと気持ち悪いな」

「お犬様」はべラン星人特有の甘いミルクのような体臭のする緑色の手をペロペロとなめ続けた。


「よし、彼らに敵意が無いことはわかった。宇宙船を着陸させよう」

「しかし、彼らはほんとうに安全でしょうか」

「大丈夫だ、私にまかせておけ」

 隊長は「お犬様」の従順な態度と、何故か愛くるしさを感じるその表情を見て敵意がないことを確信していた。

「よし、では全員で挨拶をすることにしよう」

「隊長、武器は持って行きますか」

「いや、武器など持って行けば相手に警戒心を与えるだけだ。それに、彼らはテレパシーを操るくらいだ、科学技術もかなり進歩していると思われる。我々など一発で撃破することができる兵器を持っているかもしれない。武器を持って行くだけ無駄だ」

 そして、べラン星人達は全員武器を持たずに宇宙船の外へ出た。

 すると、すぐさま数匹の「お犬様達」が寄ってきてペロペロと彼らの緑色の手をなめた。

「見ろ、我々に好意を示している」

「武器も持っていないようだ。安心だ!」

 ベラン星人達はお互いの顔を見合せ、安堵した。

「ん、後ろから2足歩行の奴隷達がたくさん集まってくるぞ」

「何か持っているようだ」

 よく見ると奴隷達の手には金属製らしき細長く尖ったものが見えた。

「あれはなんだ」

「この星の美術品ではないでしょうか」

 その美術品らしきものは、先端の尖ったところに向けなんとも言えない優雅な弧を描き、片側には波のような模様が走っている。とても斬新的なデザインだ。

 そして、汚れどころか一点の曇りさえなく、夕陽を浴びオレンジ色に美しく光り輝いている。

 武士にとって命の次に大切な「刀」を、毎日手入れをし磨き上げるのは「武士のたしなみ」なのだ。

「うむ、なんと美しい美術品だ。妖艶で神秘的、吸い込まれそうな魅力だ」

「友好の印として我々に献上するということでしょう」

「では、お礼を言うとしよう」

 そう言って、隊長は一歩前に踏み出した。と、その途端、美術品は隊長の首にめがけていっきに振り下ろされた。次の瞬間、隊長の緑色の頭がごろりと地面を転がった。

「な、なんということだ」

「退却!退却だ、退却!」

 隊員の一人が大声を発した。しかし、武器を持っていないベラン星人達は誰一人として宇宙船にたどり着くことはできなかった。

「お犬様達」は地面に横たわる甘いミルクのような体臭がするベラン星人をおいしそうにペロペロとなめ続けた。


 おしまい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは、拝見させていただきました。 宇宙人がただ人間と出会うのではなく、犬を支配者と勘違いする・・意外な展開でおもしろいと思います。 [一言] 会話文が多く読みやすいのですが、もっと描…
[良い点] 宇宙人の滑稽な様が伝わってきて微笑ましかったです。 [気になる点] 現実の生類憐みの令はここまでの礼賛を強いられているわけではないはず、という違和感が先に立ち没入感が削がれました。パラレル…
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