第七章 悪魔の妹×無月の役割×刀の銘
‡‡‡‡
半日後
「パチュリー様?咲夜です。無月を迎えに参りました」
ノックと共に図書館を訪れる咲夜。しかし図書館は物音一つせず、咲夜は首を傾げる
「パチュリー様?(メイド妖精達まで居ないのはおかしいわね…。)」
仕方ないので図書館に入り、パチュリーを探す咲夜。すると図書館の奥に奇妙な本の山が形成されているのを発見する。
「……?」
首を傾げながら本の山を観察する咲夜。様々な本が折り重なっている山だったが、その一部から咲夜の見覚えのある羽根が小さく出ているのを確認する。
「小悪魔?……まさか…!」
「きゅ~…」
「…ッ……」
「……痛…」
「パチュリー様、無月、無事ですか?」
咲夜が崩した山の中心には、軽い脳震盪を起こしている無月に覆い被さられ、庇われる様にパチュリーが、無月の側に小悪魔が目を回して倒れていた。
「ええ。…まさか本が一気に落ちてくるなんて…」
「……なんとか…。」
咲夜の問いかけに答える無月とパチュリー。本棚のあちこちからメイド妖精が恐る恐る顔を出すのが見える。
「何故、こうなったのですか?」
「無月に読ませる為に、私が久々に手に取ろうとした本を抜いた瞬間、その本棚から本が一斉に落下してきてね。それに連動して周囲の本が崩れてきたのよ。」
咲夜の質問に、ズレた帽子を元に戻しながらパチュリーが答える。その顔はどこか桜色に染まっているが、敢えて咲夜は突っ込みを入れない事にした。
「で、時間だったわね。」
「はい。」
一度咳払いをしてから真面目な表情になるパチュリー。咲夜も頷く。
「少し待っててちょうだい。無月に渡す物があるわ」
「渡す物…ですか?……なる程」
「……?」
ふわりと浮かび、図書館の奥に向かうパチュリー。咲夜は最初理解できなかったが、無月の格好を見て納得するが、当の無月本人は理解できていないらしい。
‡‡‡‡
10分後
「暫定的だけど完成したわ。はい、これ。」
「俺のコート…とこれは…?」
「コートはともかく、この銀色の筒は一体…。」
戻ってきたパチュリーの手に抱えられていたのは、無月が着ていた漆黒のコートと、複数個の謎の銀筒だった。無月も咲夜も、謎の銀筒に疑問を抱く。
「この銀筒の中身は無月の血よ?」
「……な…!?」
「え……。」
パチュリーの説明に唖然とする無月と咲夜。
「無月の能力は恐らく"自分の血を武器に変える程度の能力"だと予想するわ。まさか能力使うために毎回血を流すのも嫌でしょ?これはその代わりよ。」
「確かにそうだが…。(それが俺の能力なのか…。)」
「えぇと…パチュリー様、その血は何時?」
「ん?無月が寝てる時にちょくちょく。」
「…え…」
「なん…だと…。」
説明するパチュリー。次々と明らかになる事実に唖然とする無月と咲夜。
「後このコートも悪いとは思うけど勝手に改造したわ。主に弾幕に対しての魔術障壁の機能を追加しただけだけどね。あとはある程度元ある機能も強化されたはずよ。」
「元ある機能?」
「防刃、防弾、耐熱、耐寒の四つだな。あちらの世界では基本的に俺は単独での任務しかなかったから多機能の物を使っていたんだ。…まあ敵の基地から奪った物だが。」
「なる程…(道理で私のナイフの刃が通らなかったのね。)」
パチュリーの説明の中にあった元ある機能について無月に問いかける咲夜。無月の答えに咲夜は納得する。
「後はこの銀筒を収納する小型ポケットが複数個コートの内側にあるわ。後、無月のズボンのベルトにあったポーチの一つを私の力で改造して暫定的にだけどある程度の銀筒が収納できるようにしたわ。これは貴方の望む個数を中から取り出せる魔術と指定した物を圧縮して収める為の魔術を組み合わせた私の試作のオリジナルよ。戦闘には使えないから今の今まで私自身、忘れていたのだけれど。」
そう言いながら無月にコートと魔改造したというポーチを手渡すパチュリー。メイド妖精の一人が残りのポーチと、刀、ホルスターに収まったコルト・キングコブラを持ってくる。
「その刀は改めて調べてみたけど、私には妖怪が鍛えた刀だという事しか分からなかったわ。銘…だったかしら?それも分からないし…。」
「不思議な刀ですわね。普通ならあるはずの"鍔"がない。何より柄も刃も、鞘さえも闇のような漆黒…。鞘に彫られた紅い結晶の様な模様があるだけ。」
手渡されたポーチとコルト・キングコブラが収まったホルスターをベルトに固定し、コートを羽織った無月。
パチュリーと咲夜の言うように不思議な刀を右手に持った無月はパチュリーに向き直る。
「銀筒の使い方は…?」
「…ああ。説明してなかったわね。これはあくまでも暫定的な物で、素材も銀を使っている訳ではないの。貴方の血を入れる入れ物は今開発中なのよ。だからそれは壊しても構わないわ。」
無月の問いかけに答えるパチュリー。開発中と聞き咲夜が興味を示す。
「珍しいですわね。パチュリー様がそのような事をなさるなんて。」
「別に…。無月は興味の塊なだけよ。私はそれに惹かれただけ。別に私自身が無月に惹かれてるなんて事はないわ。」
「パチュリー様?私めはそこまで言っていませんわ。」
「………。とっとと無月を地下に案内しなさい。」
咲夜の問いかけに流れるように答えるパチュリー。しかし途中で(ある意味)盛大に自爆し、さらに咲夜から突っ込まれたためか、二人に背を向け、指示を出す。
「承知いたしました。」
「パチュリーさん……ありがとう。」
無月がパチュリーに感謝の意を示し、咲夜に続いて図書館を出て行く。残されたパチュリーは未だに赤い頬を手で抑えながら八つ当たり気味に気絶している小悪魔を踏みつけてから図書館の奥に向かうのだった。
‡‡‡‡
「ところで…」
「何かしら?」
図書館から出た後、地下に向かう最中、無月は前を歩く咲夜にふと気になった事を尋ねる事にした。
「……俺はこの場所に居ても良いのか…?。俺には役割もないし…。」
「そう考えて良いわ。ダメだったらとっくの昔にお嬢様から私に抹殺命令が出てるだろうし…何よりもあのパチュリー様が興味を示してるもの。役割はお嬢様が"任せなさい"と言っていたわ。」
やや弱気な口調で問いかける無月に、軽く微笑んだ咲夜が答える。
「……ここみたいね。」
「……ああ。」
小さな鋼鉄製の扉の前で止まる両名。扉には小さな南京錠がぶら下がっており、扉の一部には食べ物を渡すための窓らしき枠も見受けられる。
「鍵…掛かっていないわね」
「南京錠もただの飾りと化してるな。」
ポツリと呟く咲夜に小さく頷く無月。中からは音一つ聞こえない事が逆に二人の中に疑問を生み出す。
「とりあえず中にいる妹さん…彼女と"お話し"をしてみる。最悪、スペルカード戦になるかもしれない」
「お願いするわ。私は一応地下への入口前で待機するように命じられてるから…。」
無表情で扉の前に立つ無月。咲夜はすぐに地下への入口前に戻るため、無月の前から姿を消す。
「さて……どうなるか……。」
決意を固めた無月は、右手の刀の重さを再確認すると、まずは一度扉をノックしてみる。
「………だれ?」
「……君の話し相手になるよう、小悪魔に頼まれた者だ…。(パチュリーさんの話しでは、妹さんは小悪魔と話すのを楽しんでいるらしい。なら、彼女に頼まれたとすれば案外、話しやすくなるかもしれないな…。)」
中から聞こえてきた幼い声にやや驚きの表情になった無月は、パチュリーに前もって教えてもらった事を前提に扉越しに話しかける。
「小悪魔に…?いいよ?入って。」
「…失礼する(軍に居た時の癖は抜けないな…。)」
中の声はやや驚いた風に呟くと無月に入室を許す。無月は表情を変えることなく、中に入る。
「貴方は誰?私はフラン。フランドール・スカーレット」
「……。…紅羽無月という。無月で構わない。(今の少女は一体…。)」
部屋に入った無月を出迎えたのは、ベッドの上で純白の枕を抱きかかえ、やや上目遣いで無月を見つめる少女だった。
その姿に、一瞬だけ無月の記憶の中を見知らぬ少女の姿が横切る。
「無月…。私の新しいお話し相手が…貴方?」
「ああ。俺はどうやら幻想郷では外来人と呼ばれる存在らしい。君の知らない事も知っているから小悪魔から話し相手になってほしいと頼まれたんだ。」
枕を抱きかかえたまま、フランは首を小さく傾げる。頷く無月は話し方が(無意識のうちに)柔らかくなる事を自覚しつつ話すも、そこそこに本題に入る事にした。
「なあ……外に出ないのか?」
「……。」
無月の問いかけに、枕に顔を埋めるフラン。何かを伝えたいのか、背中の独特な翼がぴょこぴょこと動いている。
「……フランの事…。」
「……。」
「フランの事…お姉様は嫌いになってない…?」
ややくぐもった声でフランの声が聞こえる。無月は少し考えると、ゆっくりとフランに近寄る。
「……妹を嫌う姉など居るものか。」
「……え?」
ベッドの側にある椅子に腰掛け、言葉を選びながらゆっくりと呟く無月。それに反応したフランがやや目元を赤くして見つめる。
「……喧嘩…したんだったか?」
「……うん。」
「仲直りは?」
「……してない。」
「……じゃあ、ちゃんと仲直りしなきゃ、だな」
瞳を潤ませるフランを見て、少し考える仕草をした無月は、ぎこちなく微笑むと、フランの頭を優しく撫でる。
「ん……。」
「レミリアさんは今忙しいみたいだから…状況が落ち着いたら、ちゃんと話し合ってみよう…な?」
撫でられると、猫のように目を瞑るフラン。そんな素直に表情を見せるフランを傍目に、自分も少しずつ表情を出せるようにすると決意する無月。
「ねえ…。」
「ん?(何故だろう…この子の前だと素直に表情が出せる…。)」
猫のように目を瞑っていたフランが上目遣いで無月に話しかける。頭を撫でていた手を離した無月は、自分の変化に疑問を抱きながらもフランの目を真正面から見つめ返す。
「無月の事、お兄様って呼んでもいい?」
「……。………構わないよ。」
再び目を瞑ったフランの要望に、頭を撫でてやりながら頷く無月。本人は気付いていないだろうが、その表情は誰も見たことがないような穏やかな表情だった。
「妹さん…」
「フランって呼んで、お兄様。」
「フラン…じゃあ、まずは此処から出ようか?レミリアさんに会いたくないなら俺から何とかするから…な?」
椅子から立ち上がる無月に自分の呼び方をお願いするフラン。自然と口調まで柔らかくなった無月は、穏やかな笑みを浮かべながらフランに手を差し伸べる。
「……うん!」
ニコリと笑顔になったフランは無月の手を掴むと、勢いよく無月を飛び越えて背中にしがみつく。
「っと……。」
「えへへ…」
バランスを崩しかけるも、何とか堪えた無月の背中にしがみついたフランは楽しそうに笑う。無月もまた、口こそ開かないがその表情は穏やかである。まるで昔からフランの面倒をみていた兄の様に…。
‡‡‡‡
無月がフランと会ってから10分後
「咲夜さん…。」
「早かった…わ…ね…。」
地下への入口前に緊張した表情で立っていた咲夜にフランがしがみついたまま話しかける無月。
話しかけられた咲夜は戦闘があったにしては早いと思いながら無月を見て、唖然とする。
「戦闘は…なかったの?」
「ああ…。フランとは話しをしただけだ。」
「お兄様、この人は?」
唖然としたまま問いかけ咲夜に頷く無月。そんな無月の後ろからしがみついたままのフランが少しだけ顔を出して問いかける。
「私は十六夜咲夜といいますわ。」
「……。」
うっかりとしていたと、自らを戒めながらも名乗る咲夜。やや人見知りをするのか、そそくさと無月の背中に隠れるフラン(とはいえ特徴的な翼は丸見えだが)。
「とりあえずフランも気持ちを落ち着ける時間が必要となりそうだ。しばらくレミリアさんとは会わせない方が良いかもしれない。」
「そうね。状況を悪化させる訳にもいかないし…今はそれが最善の策かもしれないわね。」
無月の提案に頷く咲夜。すると思い出した様に無月に一枚の封書を手渡す。
「これは…?」
「お嬢様から貴方へよ。この紅魔館で暮らす事になる貴方の役職もそこに書かれているわ。」
受け取った無月に説明する咲夜。その場で確認する事にした無月は、後ろからぐいぐいと髪を引っ張るフランからの地味に痛い攻撃に耐えつつ中身を見る。
(貴方をフランの専属執事兼門番補佐に命ずる。妹を頼むわ。レミリア・スカーレット)
「………これは…。」
「改めて…よろしくね。」
封書の中身は簡素な内容だったが、その内容は無月が紅魔館に住むことを決定付ける事になった。
微笑む咲夜から差し伸べられる右手を、左手に刀を持ち替えた無月がの右手が掴む。咲夜は無月の表情が変化しはじめた事に気が付き、そして自分の心のどこかに生まれた感情に気付かないフリをすることにした。
‡‡‡‡
とりあえずフランはしばらくパチュリーや小悪魔らの居る図書館で過ごすことになり、無月はパチュリーに事情を話すと、咲夜に引き連れられて再びレミリアの元に向かう。
「来たわね。封書は読んだかしら?」
「ああ…。」
椅子に座り、腕を組んでいたレミリアの問いかけに頷く無月。するとレミリアは無月の右手に握られている刀に気が付く
「あら…随分懐かしい物を持っているじゃない。パチェが紅魔館に居を構えた時にあげた物なんだけど、パチェは貴方に与えたのね。咲夜との戦いの時は貴方の動きにばかり目がいっていて気が付かなかったわ。」
懐かしそうに無月が持つ刀を見るレミリア。そこでレミリアは手を叩いて無月に近寄る。
「ソレには名前がないでしょ?ついでだし名前をつけなきゃ。」
「刀の場合は"銘"だがな。というか知らなかったのか?この刀の銘…。」
ニヤリと笑みを浮かべるレミリアに訂正を入れつつ突っ込む無月。咲夜は未だにレミリアが座る椅子の後ろに辞書が積まれている事に気づいた。
「ん~。闇の様な漆黒と焔の様に赤い雪の結晶…。」
「(雪の結晶が赤いことはスルーなのか…。)」
無月の手に握られている刀を見ながらぶつぶつと呟くレミリア。ツッコミは無粋と思いつつも疑問に思う無月。
「決めたわ!その刀の名、え~と…銘、だったかしら?それは"スルトル"よ!」
「(和製の武器に洋風の名前…あ~…もう突っ込むのも面倒だ)」
腕を組みながら宙に浮かんだレミリアが刀の銘を宣言する。胸中のあらゆるツッコミを言うのも面倒くさくなった無月は敢えて無言を貫く。
「次の満月の夜、この幻想郷は赤い霧に覆われる。そうすれば昼でも私やあの子が自由に外に出ることができるわ」
スルトルと名付けられた刀を持つ無月に背を向けながら壁に掛けられた独特のマークを見上げるレミリア。
「その霧は被害が出るのか?」
「人間は作物が出来にくくなるでしょうね。でも私はそれで生じるあらゆる物を全て背負う覚悟があるわ。」
無月の問いかけに確固たる決意を固めたレミリアが振り返りながら宣言する。すると無月は右手のスルトルを床に置き、片膝を着くとレミリアに頭を下げる。
「なら…その異変、成功させるよう努力しよう」
「……私も、お嬢様の為に」
「…頼むわよ」
無月の誓いに、隣の咲夜も同じく誓う。レミリアはそんな二人を見ると、改めて決意を固めるのだった。