第六章 試験後×紅羽 無月(アカハネ ムゲツ)×第二の試練?
レミリアお嬢様のカリスマブレイク注意報発令です
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試験から二日後
「……ここ…は…」
「…起きたのね。こぁ、レミィに知らせてきて」
「はい」
図書館内に急設された簡易ベッドで咲夜は目を覚まし、呻きながら周囲を見渡す。
その声に反応したパチュリーは、小悪魔に指示を出し、咲夜の方へふわりと移動する。
(パンッ)
「……ッ」
「何故、叩かれたかは理解してるわね?」
目を伏せていた咲夜の頬を叩くとジト目で問いかけるパチュリー。咲夜も理解出来ているからこそ、何も言い返さずにいる。
「レミィに忠誠を誓うのは良いわ。でも先走った結論を出した挙げ句暴走…。次はないと思った方が良いわよ。」
「……はい…。」
ふわりと離れながら注意するパチュリー。咲夜も小さく頷き、ふとパチュリーの行き先を見る
「……パチュリー様。彼は…あの少年は…どうなりましたか…?」
「誰かさんの暴走時に失った血が多すぎて、まだ意識を失ったままよ。治癒魔法と魔法薬で塞いだ傷痕も完全には消えないわね」
消え入りそうな声で問う咲夜にあえて突き放すようにいうパチュリー。彼女は咲夜のベッドの隣に設置されたベッドに寝かされた無月の隣に移動する。
それを聞いた咲夜は俯くが、何かを言う前に図書館のドアが勢いよく開けられる。
「レミィ…もっと静かに開けられないの?」
無月の包帯を取り替えようとしていたパチュリーは疲れたように息を吐き出しつつ、脈絡なく訪れた友人に問いかける。
「お嬢様…」
(バチン!)
「……何故叩いたか、分かるわね?」
「レミィ…私と同じ事言うのね。一応私からも説教はしといたわ。」
顔を向けた咲夜に無言で近付いたレミリアは、遠慮なしに頬をぶっ叩く。
そして先程のパチュリーと同じ質問をするが、咲夜が何か言う前にパチュリーが進言する
「そう…手間が省けたわ。咲夜…次は無いわよ。」
「…肝に銘じておきます」
小さく頷き、高圧的に咲夜に話しかけるレミリア。咲夜もその言葉の重みを理解し、頷く。
「パチェ、彼の…えーっと無月の容態は?」
「後三,四日は絶対安静ね……普通なら。」
クルリと向きを変えて友人が治療している少年を見ながら質問するレミリア。
パチュリーも、その質問の中に隠された意図を理解したのか、普通に治療したら後三、四日は絶対安静だと進言する。
「そう…なら普通じゃない方法なら…?」
「一日で本調子まで回復させる事は可能よ。でも著しく体力を浪費するから(ある程度)動けるのは二日後…と言う感じかしら」
レミリアの質問に答えながら小悪魔に無言で指示を出すパチュリー。レミリアは腕を組み、考え込む。
「レミィ…まさか…"あの子"に無月を会わせる気?」
「そうよ。あの戦闘センスならあるいは…と思ってね。」
顔を青ざめさせながら質問するパチュリー。それに頷くレミリア。
「お嬢様…パチュリー様…あの子、とは一体…。」
「そういえば咲夜は知らなかったわね。…地下の扉は知ってるわね?」
「はい。絶対に開かないように、と仰せつかったのを覚えています。」
「あの扉の向こう側の部屋にはレミィの妹が引きこもってるのよ。」
自分すら知らない内容に咲夜が問いかけ、レミリアはやや痛みを堪えるように問いかける。質問に頷く咲夜にパチュリーはやや呆れ顔で答える。
「妹様…ですか?引きこもった理由とは一体…」
「引きこもった理由?呆れるわよ…。」
「パチェ、言わないで。」
「もう隠すのは無理よ、レミィ。」
レミリアの妹を想像しながら問いかける咲夜。ため息をつきながら答えるパチュリーと、必死に言わないようにさせるレミリア。
「あの子が引きこもった理由はね…レミィとケーキの苺の取り合いで大喧嘩したからよ。本当に馬鹿らしいったらありゃしないわ。」
「……え」
「……うー。」
呆れ顔で暴露するパチュリー。流石にそんな理由だったとは予想外だったのか、唖然とする咲夜。レミリアは恥ずかしさから、帽子を両手で押さえ、二人に背を向けてかがみ込む。
「で、レミィが仲直りしようとしないからあの子は495年間ずーっとあの地下室に閉じこもったまま。一応、食事は私がこぁに運ばせていたわ。」
「……でも、何故今になって…。」
「大方無月と話してた私達を見て恋しくなったんでしょ。自分で行けば良いのに…。」
気になったのか呟く咲夜に呆れ顔のままかがみ込んだままの友人を見ながら答えるパチュリー。
「パチュリー様~持ってきました~。」
「………。」
「あら…ありがとう、こぁ。」
ふよふよと小悪魔が妖精メイド二人の手を借りて特大のフラスコを運んでくる。
その中身の色と量に、珍しく咲夜が絶句し、顔を青ざめさせる。
「一気に飲ませて。」
「はい。」
「(……うわ~。)」
パチュリーが、無月に何かを注射し、その後指示された小悪魔が慎重にフラスコの口を無月の口に突っ込み、中身を飲ませる。
どうやら意識を強制的に覚醒させる薬(しかも試薬)だったらしく、目を見開いた無月は強制的に薬を飲まされる。
その姿にさすがの咲夜も自分がそうならなかった幸運を噛みしめると同時に、同情するしかなかった。
「とりあえず明日には動けるわね。」
「凄い薬…ですね。」
全部飲ませ終わり(無月は再び気絶という名の睡眠に入った)、満足したように頷くパチュリーに、唖然とした表情で呟く咲夜。
「とりあえず咲夜、貴女も早く傷を癒す必要があるわ。」
「(あら…?何か嫌な予感が…。)」
若干黒い笑みで咲夜に向き直るパチュリー。
咲夜は内心で冷や汗かくが動くことができない。
「こぁ。」
「既にありますよ~。」
「……んぐっ!?」
身じろぐ咲夜を見てから小さな眼鏡を掛け(何故か怪しげに光ったように咲夜には見えた)小悪魔から渡されたフラスコ(中身は不気味な青色)を飲ませるパチュリー。
「パ…パチュリー様…なに…を…」
「単なる回復魔法薬よ。効力と即効性を重視したから体が自然と休息を求めただけ…って、もう寝ちゃったわね」
飲みきった後にすぐに問いただそうとした咲夜だったが、途中でパタリと前のめりに突っ伏す。
そんな咲夜に説明しながら改めて寝かせるパチュリー。小悪魔は死んだように眠っている無月の腕の包帯を取り替えている
「さて…私はまた"アレ"を作らないと…。間に合うかしらね…。」
そこまで呟くとパチュリーは無月に近付くと、左腕に大型の注射器を突き刺し、血を抜く。
そしてそれを手に図書館の奥に引っ込むのであった。
‡‡‡‡
翌日
「…っ…」
「……う」
「あら…お目覚め?お二人さん」
簡易ベッドの上で静かに目を覚ます無月と咲夜。そんな二人にパチュリーは読んでいた本を閉じ、浮かび上がる。
「……?」
「パチュリー様…?」
「……早速だけど無月、咲夜は私と共にレミィの元へ行くわよ。」
小悪魔の手を借りながら起き上がる無月、自力で起き上がる咲夜。その両名に背を向けるパチュリー。
「「……??」」
思わず顔を見合う無月と咲夜。しかしそれも一瞬であり、咲夜は気まずそうに視線を逸らす。
‡‡‡‡
「………」
「………」
「「((………気まずい…))」」
結局あの後口を開かなかった咲夜、無月を見かねてパチュリーは小悪魔と共に二人を引き連れてレミリアの元へ移動する事にした。
その道中、一言も口を開かず、お互いに微妙な距離を置いて歩く二人の空気に、前を浮かぶパチュリーと小悪魔は空気の重さに辟易している。
「……あの時は…ごめんなさい。」
「気にしなくて良い」
「(漸く謝ったわね。)」
「(と言うか無月さん、答えるの早すぎです。予想してたんですか)」
気まずい雰囲気を打ち破るように咲夜が隣を歩く無月に謝る、が、間髪入れずに口を開く無月。
前を行くパチュリーと小悪魔は内心この空気の重さに苦心していた。
「……貴方は恨まないの?」
「貴女があのレミリアという人物に心から忠誠を誓っているのは理解できたし、貴方が結論を出すのを先走ったのは予想できた。…恨みはしない。」
思わず無月の顔を見る咲夜。対する無月は表情を動かすことなく、淡々と呟く。
「俺としてはこれからの事が不安だ。」
「(ああ…この人はどことなく人間味が足りていないわね…)」
それだけ言うと、無月は口を閉ざす。
咲夜はどことなく無月に足りない箇所を感じ取り、だからこそ自分にできるお詫びは何か考える。
「咲夜。彼と話すのは後よ。まずは目下の問題から解決しないとね。」
両開きのドアの前で一度振り向いたパチュリーが思考の渦に飲まれている咲夜を現実に引き戻す。
「んぐっ!?」
「飲んでおきなさい。」
ドアを小悪魔が開く直前に袖口から取り出した小さな試験管の中身(ちなみに色は琥珀色)を素早く無月に飲ませるパチュリー。
一口で飲みきった無月だったが、今回は今までとは違い、体に異変はない。
「試作の薬よ。多少の体力回復の効果があるわ。」
「副作用は?」
「ないわ。(それ単体だと)本当に多少しか効力がないのよ。」
薬の説明に不安になった無月の問いかけにニコリと笑みを浮かべて答えるパチュリー。
そして三人は両開きのドアをくぐり、レミリアの元に向かう。
「(…はっ…)来たわね。待ちわびたわ。」
「……」
「今までうたた寝してたわね…緊張するのも馬鹿らしいって今更理解したのかしら」
「……突っ込みは無粋か」
三人の目に映ったのは腕を組んだまま熟睡(しかも見た目相応の寝顔で)していたレミリアだった。
三人の気配に気が付いたのか慌てて起き、何事もなかったかの様に話す。
咲夜は普段みたことのないレミリアの一面にどう反応すれば良いか分からず、呆然とし、パチュリーは冷静に分析する。無月は無表情のままさり気なく視線をレミリアから逸らす。
「と…とにかく私の話しを聞きなさいよ!。」
「分かってるわよ。だからそんなに必死にならなくても良いわ。」
顔を(羞恥心から)真っ赤にしたレミリアが声を張り上げる。肩を竦めたパチュリーはそれを軽々と受け流しており、一方の咲夜は今まであそこまでピリピリと張りつめていた空気、それが無月が来てから一気になくなり、紅魔館の皆に余裕ができている事に気が付いた。
「名前をあげるわ。約束だもの」
「……」
「(さて…どうなるかしら)」
ごそごそと座っていた椅子の後ろに置いてある大きめの紙を引っ張り出すレミリア。それを無言で見ている無月と、やや不安そうなパチュリー。
「これよ!」
「下の名前はそのままなのね…。」
「お嬢様が考えられた良い名前…とだけ言わせていただきます」
「紅羽 無月……」
自信満々で紙を見せつけるレミリア。そこには見事な字体で書かれた名前があった。
パチュリーはその名を見て肩を軽く竦め、咲夜は主の椅子の陰に積まれている数冊の辞書に気が付き、微笑む。無月は自分につけられた名前を記憶する様に呟く。
「で?レミィ、あの子にいつ頃会わせるの?正直今日は無理…」
「え?今日行ってもらうつもりだったわよ?」
「「………」」
ジト目で問いかけるパチュリー。その言葉を途中で遮りながらさも平然と宣言するレミリア。
二人の理解がまるっきり違う事に無言でため息をつく無月、咲夜。
「え?」
「え?じゃないわよ。無月が動けるならすぐに行ってもらいたいのよ。もうそろそろアレも行うんだし」
ポカンとしているパチュリーに腕を組みながら呆れたように言うレミリア。
「……はぁ…少し待ってて」
「と、言うわけで無月。動けそう?」
「……多分」
諦めたようにため息を吐き出すパチュリー。ふよふよと浮かんで退室したパチュリーを見送った後、レミリアは無月に向き直る。レミリアの問いかけにやや自信なさげに答える無月だったが、レミリアは小さく頷く。
「ま、無理にとは言わないわ。パチェが何か準備しにいったみたいだし、半日後に咲夜を向かわせる。咲夜、無月を図書館に送ってちょうだい。」
「分かりました」
腕を組みながら自分より背の高い無月を見上げ、笑みを浮かべるレミリア。指示を受けた咲夜に先導され、無月が退室した後、レミリアは椅子に座り込む。
「私はもう一度貴女と話したい…でも同時に怖いのよ…貴女に拒絶されそうで…。」
座り込んだ状態で顔を両手で覆ったレミリアは小さく呟く。その時の感情はレミリアにしかわからない。
‡‡‡‡
「……」
「…」
レミリアに呼ばれた部屋から、図書館に戻る無月と咲夜。元々無口な無月はそうだが、彼の事を一切知らない咲夜も口を開かないまま、ただ黙々と歩き続ける。
「……ねえ。」
「………何か?」
意を決した様に咲夜が歩調を一度落とし、無月の隣に並び、声をかける。
無月は無視するのもアレだと思ったのか、返答する。
「貴方…いえ、無月と呼ばせてもらうけど…。本当に何者なの?素人じゃないでしょ?」
「……元居た世界では軍人…と言うべき存在だった。」
真剣な表情で無月を知ろうと決意した咲夜は問いかける。無月は一度口を開くが、躊躇うような表情に一瞬だけなると、無表情に戻して答える。
「……そう。初めて戦場に立ったのは?」
「……八歳位の時だ。以来七年間ずっと戦場しら知らない…いや、知る術がなかった、と言うべきか」
咲夜は一瞬だけ無月に過去の自分を重ねかけたが、それは早計すぎると自分を諫め、更に問いかける。
無月はそんな咲夜の微妙な変化を見逃していなかったが、敢えて触れる事なく淡々と答える。
「(なる程ね…どうりで表情に人間味が足りていない訳か…)」
無月の答えに内心でひとまず納得する咲夜。先程レミリアと話していた時や現在話していた時の無月はどことなく、機械的な表情しか見せていない事に咲夜は感じていた。
その理由が彼の答えではっきりとしたのだった。
「じゃあ、半日後に迎えに来るわ。……その…いえ、何でもないわ。」
図書館のドアの前で無月に向き直った咲夜は、何かを言い掛けるが、言葉を濁して無月の前から姿を消す。
「(結局アレは何なんだ…?やはり能力というやつか…?)パチュリーさん…入って良いか?」
「良いわ。入ってちょうだい」
目の前から咲夜の姿が消えた事に疑問に思った無月だったが、結論を出す前にパチュリーに入室して良いか尋ねる。
許可を得た無月が図書館に入ると、目に映ったのは忙しそうに飛び回る小悪魔と数人のメイド妖精達だった。
「来たわね。」
「これは一体…。」
図書館の奥からふよふよと浮かんで現れた小さな眼鏡を掛けたパチュリーに問いかける無月。しかしパチュリーの手に存在する注射器(中身は淡い赤)を見てやや後ずさる無月。
「大丈夫よ。さっきレミィに会う前に飲ませた薬の効力を促進させる薬だから。だから右腕だしなさい。」
「………本当に大丈夫なんだろうな…。」
ニコリと笑みを浮かべるパチュリー。割と本気で心配そうな口調で右腕を差し出す無月。
「ま、11時間程体が休息を求めるだろうけどね」
「……え」
注射器の中身を全て打ち込んだ後にさらりと付け加えるパチュリー。唖然とした無月だったが、すぐに前のめりに倒れる。
「きゃ…。」
「……くー…」
「(…パチュリー様ってば顔真っ赤です)」
前のめりに倒れるのは予想外だったのか、倒れてきた無月に押し倒されるパチュリー。それを影から覗き見(メイド妖精は奥で作業中)していた小悪魔はクスクスと笑みを浮かべる。
「……(普段と違って寝顔は年相応なのよね…。って違う違う!)」
「……くー…」
「(そろそろ助けるべきですか…?)」
熟睡中の無月に押し倒されたままのパチュリーは内心で感想を浮かべながらも、顔が真っ赤になっているのを自覚しはじめる。
それを本棚の陰から覗き見していた小悪魔は助けに行くべきか悩んでいた。
「こぁ!見てるなら助けなさい!…げほっ、げほっ」
「あ、はーい」
顔を真っ赤にしたパチュリーが喘息を無視して叫び、結果として咽せる。
マイペースに返事をした小悪魔はふよふよと主の元へ向かい、無月を抱え上げる。
(ゴン!)
「寝かせておくように…。さて…作業再開ね…」
「あい…。」
パチュリーの振り下ろした本の角が小悪魔の脳天に直撃する。若干涙目の小悪魔に指示を出し、小悪魔が無月を運んでいくのを見送ったパチュリーは、図書館の奥に向かいながらメイド妖精に指示を出してゆく。
図書館の天窓から覗く月は半月。
レミリア・スカーレットの行う異変まで後僅か…