第五章 試験×暴走×能力覚醒
‡‡‡‡
試験 当日
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「パチュリー様、その、落ち着いてはどうですか?」
「・・・・・私は落ち着いているわ」
夜 図書館に出向いた美鈴を迎えたのは落ち着きなくふよふよと空中を行き来するパチュリーと、小悪魔に文字を改めて教えてもらっている無月だった。
「当事者である無月があそこまで落ち着いているのです。もう我々がどうこうできる事はありませんよ・・・・」
「そう・・・・・だけど・・・・」
「・・・・?」
諭す様に美鈴が言うが、パチュリーは珍しく言葉を濁す。よほど集中していたのか、やっと気がついたように無月が美鈴達の方を向く。
「無月、おはようございます。」
「・・・・おはよう。・・・・美鈴さん」
朗らかな笑みと共に美鈴が無月に挨拶し、ややぎこちない表情で無月も挨拶する。
「・・・・もしかして、緊張しています?」
「・・・・少しだけ。今までこんなに緊張したことはないから、どうすれば良いかわからない」
「気を紛らわせる為にね、こぁに字を改めて習ってるみたいなのよ。もともと独学だったみたい」
美鈴の質問にやや俯きながら答える無月。それを補うようにパチュリーが付け加える。
「でも・・・・大丈夫、だと思う。三日間美鈴さんに教えてもらえたから」
「・・・・・・。嬉しいですね~」
「・・・・うわっ!?」
「・・・・・」
「(あ、パチュリー様ムッとしてる・・・・?)」
俯きながら無月が呟くと、一瞬ポカンとする美鈴。しかしすぐに無月の隣に移動すると笑顔で無月の頭に抱きつく。
それをジト目で見ていたパチュリーだったが、すぐに手近な本をひっつかむと顔を隠すように開く。
小悪魔は嬉しそうに抱きつく美鈴と困惑した表情の無月、そして顔を隠すパチュリーを順に見ると内心で笑みを浮かべる
「試験開始は真夜中らしいです。何故かメイド妖精の間で噂になってましたよ?」
「・・・・・レミィの仕業ね」
存分に無月を撫でた美鈴が本を読んでいたパチュリーに話しかける。
本から目を離し、パチュリーは苦々しく呟く。
「・・・・・何故?」
「レミィにとっては単なる暇つぶしなんでしょ・・・・。次の満月に行うアレまでの、ね」
不思議そうに無月が問うと、珍しくパチュリーは吐き捨てる様にいう。
「・・・・・用は試験のスペルカード戦でその咲夜って人に勝てば良いんだろ?」
「無茶よ。咲夜は強いわ」
「・・・・俺だって人並み以上の修羅場は潜ってきた自信がある。負けるつもりは元よりない」
「無月さん、キッパリ言い切りましたねぇ」
「ええ・・・・」
少し考えた無月が心配そうな表情のパチュリーに問いかける。パチュリーは即座に断言するが、それを真っ正面から無月は見据えると負ける気はないと宣言する。
唖然とするパチュリーを見ながら小悪魔は無月から離れた美鈴に話しかける。
美鈴もまさか無月がそこまで言い切るとは予想外だったのか、やや困惑気味である。
「まだ俺は恩を返してない。此処で負ける訳にはいかないからな」
「・・・・言うじゃない」
「何事にも無関心かと勘違いしていたみたいですね。どんな風に恩を返していただけるかが楽しみです」
不敵な笑みを浮かべながらコートを羽織る無月。話し込んでいたためなのか、いつの間にか試験の15分前になっていた。
パチュリーはそんな無月を見てクスクスと笑みを浮かべ、美鈴は楽しそうに笑みを浮かべる。
そんな二人も、そして小悪魔も無月の後を追って図書館を出る。パチュリーは結果を見届ける為に、美鈴は門番の仕事に戻る前に無月の戦い方を見るために、小悪魔はパチュリーの持病が悪化した時の介抱の為に、と各々の理由は違うが向かうことにした。
‡‡‡
「来たわね。暇つぶしの為にも見せてもらうわ」
「・・・・・」
「・・・・・」
紅魔館正面中庭。そこがレミリア・スカーレットが試験の場所に選んだ所だった。
無表情の咲夜と無月。しかし咲夜の隠しきれない殺気に一抹の不安を抱くパチュリーと美鈴。
無月もまた、咲夜の殺気を受け、静かに自分の中の"ギア"を戦闘体制にシフトし、中庭の中心に向かう。
「スペルカード戦の試験も兼ねるから直ぐに負けないようにね。咲夜、本気になるのは良いけど負けたら許さないわよ」
「はい、お嬢様」
「無月、無茶はしないように」
「確約はできない」
メイド妖精に用意させた小さな椅子に腰掛け、丸テーブルに肘を乗せてジト目で咲夜に話すレミリア。
パチュリーもメイド妖精が運んできた椅子に腰かける。
美鈴はパチュリーの隣に立つと無月に話すが、当の無月は刀を左手に持ち咲夜と向かい合って立つと美鈴に聞こえないように呟く。
「じゃあ、開始よ」
「奇術「ミスディレクション」」
「ッ・・・・・!?」
レミリアの開始宣言と同時に咲夜が呟き、無月の前から姿を消し、変わりに無月の視界一杯にナイフが出現、一気に襲いかかってくる。
無月もいきなりのスペルカードと、大量のナイフに息を呑みつつ、刀を抜かずにコートの裾でナイフを叩き落とす様に回避する。
「へぇ・・・・・あのコート、面白いわね。魅せるじゃないの」
「舞ってるみたいね。綺麗じゃない」
「以前より動きにキレが出てる・・・・咲夜さんのナイフを回避するだけでここまで綺麗に見えるなんて…」
「(またお嬢様はあの男ばかり・・・・)・・・・なっ・・・・!?」
「・・・・・ッ(こいつ…何時の間に背後に・・・・!)」
無月の戦い方に思わず息を呑みながら各々感想を述べる三人。
そんな三人を傍目に咲夜は内心苛立ちながら無月の背後に現れ、両手に持つナイフで斬りかかる。
それを右腕で受け流す無月。ナイフは右腕のコートに火花を散らしながら下に滑ってゆき、バランスを崩す咲夜。
「・・・・ッ!」
「奇術「幻惑ミスディレクション」!」
バランスを崩した咲夜の腹部目掛けて無月は回し蹴りを繰り出すが、その直前で咲夜が二つ目のスペルカードを使用、無月の前から姿を消し、無月の背後からナイフが襲い来る。
「またか・・・・・ッ!」
背後から風を切って襲い来るナイフに回し蹴りの回転をそのままに左手の刀を抜き放ちながら叩き落とす無月。
「・・・・・(これで・・・・終わりよ・・・・!!)かは・・・・ッ!?」
「・・・・やっと一撃・・・・!」
全てのナイフを叩き落とした無月の背後から右手のナイフを投擲し、左手のナイフを突き刺そうとした咲夜だったが、まるで分かっていたかの様に投擲したナイフを、左手の刀で振り向き様に叩き落とし、右手の鞘で咲夜のナイフを弾いた無月の回し蹴りを腹部に受け、咲夜は驚いた表情のまま紅魔館の壁に激突する。
「・・・・・・凄いじゃない」
「・・・・・あの、咲夜を手玉に取るなんて・・・・」
その様子を唖然とした様子でパチュリーとレミリアは見ている。咲夜の能力や実力を知っているからこそ、無月があそこまで動ける事に驚いていた。
「確かに知らない技術や実力者を前にすると普通は慎重に行動する・・・・が、俺は以前から前情報のない状態で、しかも命を賭けて戦うことが普通だった。少ない情報から相手の手や戦術を予測し、行動される前に対応するのは俺にとっては基本中の基本だ。それに馬鹿正直に何度も背後から来るんだ・・・・・ある程度の予想はつく」
刀を鞘に収めながら土煙の方に向き直る無月。コートに隠れていない箇所には僅かに血が滲んでいるが、それを気にする事もなく彼は立っている。
「水月(※鳩尾の事。人体の急所の一つ)に回し蹴りを入れた。立つのも辛いはず。降参してくれないか?」
「何?咲夜もこの程度だった、ということなのかしら。興醒めね」
やや荒い息を整えながら未だに土煙の方に宣言する無月。それを聞いて肩を竦めて盛大にため息を付くレミリア。
「コロス・・・・・コロス…コロスコロスコロスぅぅぅ!!!!」
「な・・・・・!?ッぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
レミリアが呟いた言葉に反応するかの様に土煙を文字通り両手の大型のナイフで"斬り裂き"メイド服のあちこちが破れている咲夜が無月に突っ込んでゆく。
その瞳は血よりも紅い真紅に染まり、顔にはどす黒い殺意しか浮かんでいない。
咄嗟にコートを使って縦に構えた右腕で受け流そうとする無月だったが、横に振り抜かれた大型のナイフに腕をなんの抵抗もなく斬られ、右腕から無視できないレベルの血を噴き出させる。
「オジョウサマヲマドワスヤツハコロス・・・・」
「ちょっと、不味いかしら・・・・?・・・・っ!?」
「ちょっとどころの不味さじゃないわよ・・・・!なっ!?」
「っ・・・・(傷が深い。神経まで絶たれたか・・・・!?傷口が灼けるように痛い・・・・!)」
どこか壊れたように喋る咲夜だったが、無月としてはそれどころではなかった。
必死に痛みを堪えるが、右腕を横一文字に斬られた影響で右腕が全く動かず、血が大量に吹き出ている。応急処置として無月は左手の刀を投げ捨て、腰のポーチの一つから、紐を取り出し、キツく巻きつける。
咲夜の状態を見て思わず椅子を蹴倒したレミリアとパチュリーは慌てて止めに入るが二、三歩進んだ辺りで何かに阻まれる。
「咲夜・・・・!」
「コロス・・・・・オジョウサマヲマドワスヤツハコロス…」
珍しく怒気を含んだ口調でレミリアが名前を呼ぶが、咲夜はそれが聞こえていないかの様に呟き続ける。
「シネ・・・・・メイド秘技「殺人ドール」」
「くっ・・・・(不味・・・・・血を流しすぎて・・・・)」
殺意を含んだ視線で無月を睨んだ咲夜が操り人形の様な動きでナイフを配置、一斉に射出する。
無月は回避しようとするが、致死量とも呼べる量の血を流しており、動くことができない。
「「無月・・・・!」」
「(俺はここで死ぬ・・・・?まだ二人に恩を返していないのにか・・・・?まだ・・・・まだ、俺は・・・・・死ねない・・・・・!)」
悲鳴に近い声でパチュリーと美鈴が無月の名前を呼ぶ。まだ死ねないと強く思う無月。
「「なっ・・・・!?」」
「カハッ・・・・・」
「・・・・・ッ!!」
思わず絶句する美鈴とパチュリー。
血の塊を吐き出す咲夜。
息を飲むレミリア。
三人の目に映ったのは、無数の真紅の武器が咲夜の四肢を貫き、巨大な鉄槌が咲夜の腹を打ち据えた光景だった。
射出されたナイフすら針のような武器に貫かれている。
「これが・・・・無月の能力、とでもいうのですか・・・・?」
「・・・・・咲夜!」
「無月!」
顔を青ざめさせながら美鈴が呟く。それとほぼ同時に無月が力なく自ら作った血の池に身を沈める。
それと同時に真紅の武器が一斉に血に戻り、咲夜もその血の池に落下する。
レミリアとパチュリーが慌てたようにそれぞれの元に飛翔して向かう。
「小悪魔!急いで回復魔法薬と医療器具を!無月は一刻を争うわ!」
「は・・・・はい!」
服に血が着く事も躊躇わずに無月の元に屈み込み、様子を看ていたパチュリーが血相を変え、愛称ではなく種としての呼び方で小悪魔に叫ぶ。
「レミィ、咲夜はどう?」
「致命傷になる箇所は徹底的に避けられてるわ。こっちは後回しでいい。そっちは・・・・?」
「・・・・・・傷口から骨が見える位深い傷よ・・・・・」
無月に治癒魔法を掛けながらレミリアに問いかけるパチュリー。咲夜を看ていたレミリアはやや信じられないという感じの表情で呟き、質問するが、帰ってきた返答に絶句する。
「パチュリー様!持ってきました!」
「早く!」
紅魔館の両開きのドアをぶち破る勢いで小悪魔が戻ってくる。その両手には頼まれた物が。
普段のパチュリーからは予想できない必死の形相で差し出された手に小悪魔は薬とガーゼを手渡す。
「・・・・間に合って・・・・!美鈴!布を持ってきて!」
「はい!」
ガーゼを傷口に当て、魔法薬を掛けるが、血の勢いは止まらない。治療を続けながら美鈴に指示を出すと、間髪入れずに美鈴は一軒家に向かう。
「・・・・私の不手際・・・・ね」
「何故そうなるの?レミィ」
気を失っている咲夜を小悪魔に任せ、消え入りそうな声で呟くレミリアに、治癒魔法を掛けながらパチュリーが問いかける。
「持ってきました!」
「私が咲夜に誤解される様な言動や態度をしたからこうなったのよ・・・・」
「ありがとう美鈴。・・・・・私は違うと思うわ」
「・・・・え?」
「レミィ、貴女の言動や態度は確かに例の異変より無月に興味があるように取れたかもしれない・・・・でもね、そう決めつけたのは他でもない咲夜本人よ」
治療されている無月を見てレミリアは自虐気味に呟く。
数人の妖精メイドと共に清潔な布と備え付けの薬を持ってきた美鈴から、布を受け取ったパチュリーはそれを否定する。
「だから紅魔館の主としてだけではなく、咲夜の主としてレミィがこの後すべき事は、分かるんじゃない?」
「・・・・そうね」
「パチュリー様…無月は…?」
「・・・・・出血は止めたわ。だから油断は出来ないけど、ひとまずは安心ね。後は図書館で行わないと・・・・。こぁ、咲夜はどう?」
「粗方の手当ては終わりました」
「なら咲夜も図書館で治療するわ。美鈴も手伝ってちょうだい。今晩の門番はメイド達にやらせれば良いから。いいわね?レミィ」
美鈴の手を借りながら無月の右腕に巻いた布を固定し、改めてレミリアに向き直るパチュリー。
レミリアも頷くと小悪魔の側に寝かされている咲夜と血塗れの無月の幼い顔を見る。
今にも泣きそうな表情で問いかける美鈴に、ため込んでいた息を吐き出したパチュリーはひとまず安心だと伝え、小悪魔に咲夜の容態を問いかける。
帰ってきた答えを聞き一人夜空を見上げているレミリアに代わって指示を出すと最終確認をレミリアに行う。
「パチェ・・・・・」
「後は任せなさい。貴女は無月の名前を考えておくこと。言い出しっぺなんだからこれ位はしなさいよ」
顔を向けずに名前を呼ぶ友人に、パチュリーは肩を竦めて言葉を紡ぐ。
そしてレミリアが頷いた事を確認したパチュリーは、魔法で浮かせた無月と咲夜、付き添う小悪魔、道具を持った美鈴と共に一足先に紅魔館に入ってゆく。
こうして無月の初めてのスペルカード戦は大波乱で幕を閉じたのだった