第三章 美鈴×訓練×名前
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「お待ちしておりました。・・・・・・え~っと…何てお呼びすれば良いですか?」
「?」
小悪魔に教えられた小さな一軒家を訪ねた少年。ドアをノックすると美鈴が出迎える。
美鈴は少年をどう呼べば良いか分からず、少年もまた、何故美鈴が呼び方を気にするか理解できないでいる。
「・・・・・どうしても呼びたいならロスト・・・・そう呼んでくれ。あまり好きな呼ばれ方ではないが」
「ロストさん、ですか?失礼ですがどういった意味でその呼び方を?(それにしても随分と大人びた喋り方ですね・・・・)」
困った様な表情の美鈴を助けるように、少年は自分の呼ばれ方を話す。美鈴は失礼を承知の上で、尋ねてみる事にした。
「LostName・・・・名も無き者と言う意味らしい。俺の居た世界で俺はそう呼ばれていた。名前ではなく、部隊での呼び名みたいなものだ」
「そう・・・・・ですか。ではお嬢様から名前を貰うまでの呼び方を今決めてしまいましょうか」
少年の表情から、あまり良い意味ではないと察した美鈴は、自分が呼び方を決めることにした。少年も予想外だったのか、目をパチクリとしている。
「うーん・・・・どんな呼び方にしますか…。(お嬢様のネーミングセンスはやや不安がありますし・・・・。かといって、気に入りそうなものにしにないとどうなることやら・・・・・)」
一度だけお嬢様こと、レミリア・スカーレットのスペルカード名を聞いた事のある美鈴は、一抹の不安があるため、最悪の事態に備えて頭を捻る。
「・・・・・無月と言うのはどうですか?この紅魔館に来たのがちょうど新月近い夜でしたし」
「無月・・・・・」
考えていた美鈴が思いついた様に少年に話しかける。その呼び方を聞いた少年も小さく呟く。
「気に入りませんでしたか・・・・・?」
「いや、気に入った。・・・・・ありがとう、美鈴さん」
不安そうに問いかけた美鈴に、首を振ってからぎこちなく笑みを浮かべる少年。
「良かったです。ちょっと笑みがぎこちないですけどね。さて・・・・・とりあえず訓練ですが、まずはスペルカード戦というものを知ってもらわなければ」
「・・・・・・それは興味ある」
少年改め、無月のぎこちない笑みに苦笑しつつ、美鈴は無月を連れて外に出ると、数回手を叩く。
「呼びましたかぁ?」
「・・・・・?」
「この子達は所謂妖精と呼ばれる種族の子です。力はそこまでありませんが、自然界から生まれた力の結晶…とでも言いますか。基本的に死という概念が存在しないのも特徴です。この子達はメイド役や門番役も担ってくれています」
美鈴と無月の前に数人のメイド姿の小柄な女性が数人ふよふよと集まってくる。
不思議そうな表情の無月に美鈴は丁寧に説明し、無月も小さく頷きながら聞いている。
「少しスペルカード戦をやってみせてあげてくれる?」
「はいです」
「分かりました」
二人の妖精メイドに話しかける美鈴。二人の妖精メイドも快く承諾し、少し離れていく。
「基本的にスペルカード戦は一対一で行います。とはいえ、力ある方相手だと妖精メイド等のそこまで力のない彼女たちでは一発で勝負が決まってしまう場合もありますし、他にも細かいルールがありますが。スペルカード戦は時に”弾幕戦”とも、”弾幕ごっこ”とも呼ばれます。その理由は多分後々嫌でも分かりますよ。とはいえ所詮は遊びですので、死ぬことはありません」
手を叩いて合図すると二人の妖精メイドはふよふよと飛びながらお互いに掌から赤や青の球体を発生させて放つ。その間に美鈴はルールの説明を行う。
「じゃあ美鈴さんも・・・・?」
「私はあまり得意ではないんですがね。では訓練しましょう。最初は避けるだけで良いですよ。弾幕・・・・・あ、先程の球体等、牽制等にも使う奴ですが、それを撃つのにも結構コツがいりますから。とはいえ弾幕はあくまで基本。殆どはスペルカードにより戦いになります。今回は咲夜さんが相手なのでそれを想定して戦えるようにお手伝いしますね」
手を叩いて妖精メイドを集め、手早く指示を出すと、妖精メイド達は方々に散ってゆく。
その後無月に向き直り、照れくさそうな表情で話すと、無月から離れ構える美鈴。
無月も無言で肩に背負ったAK-47Ⅲ型を一軒家の壁に立てかけ、美鈴と向き合う。
「では・・・・行きます!」
「くッ・・・・虹色の槍・・・・!?」
飛び上がると同時に見えない壁を殴る動作を行う美鈴。その動作に連動するかの様に無数の虹色の短槍のような弾幕が無月に向かって飛翔する。
「良い動きですねぇ・・・咲夜さんのスペルカードは紅魔館の中でも特殊なので私では弾幕の回避方法を体験させるしかできません。ですので注意してください!」
「ッ・・・・うわっ・・・・」
初めて見る攻撃にもかかわらず、良い動きを見せる無月に感心する美鈴。元々スペルカード戦が苦手な彼女も実は結構苦労していたりするが、それでも無月にとっては驚異であった。
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「あがっ!?」
「だ・・・・大丈夫ですか!?」
開始から5分程度が経過した辺りで無月の額に小さな弾幕が直撃する。
美鈴は慌てて無月に近寄り、当たった箇所を見る。
「赤くなってますね・・・・今日の実戦は此処までにしましょう。この後は・・・・そうですね、幻想郷の事を教えてあげますよ」
「・・・・ん」
息の荒い無月に美鈴は笑みを向けながら一軒家に向かうように促す。無月も、慣れない動作をした疲れからか、AK-47Ⅲ型を担ぐと大人しく従う。
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「この幻想郷に住まう人は"能力"と呼ばれる力を持っている場合があります。力ある方は大体持っていますね」
「"能力"・・・・?」
一軒家に戻ると美鈴は無月の額に小さい濡れた布を当てて冷やしてやりつつ、スペルカード戦にも影響しうる要素を話すことにした。
「はい。例えばパチュリー様なら"火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力"、私ならば"気扱う程度の能力"といった具合ですね。とはいえこれらは基本的に”自己申告”なので、あくまで指標の一つとして扱われます」
「(・・・・・俺にもあるのか?)」
少年の呟きに頷くと、美鈴は自分やパチュリーを例に説明する。少年は自分にあるのかが少し気になり、考え込む。
「とりあえず今日は此処までにしますが・・・どうします?私はこれから館の周囲を見回るつもりですが」
「・・・・・ついて行って・・・・いいか?暇なのは性に合わない」
美鈴はこれから自分の仕事に入るため、一軒家の出入り口に向かいつつ無月に問いかける。無月も体を動かす方が気が楽だと思い、同行していいか尋ねる
「・・・良いですよ。では行きましょうか」
一瞬ポカンとした美鈴だったが、会話相手が出来ること、また無月に足りない部分を何となく感じ取ったため同行を許可する。
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「無月は年は幾つなんですか?」
「・・・・・確か15歳位・・・・・だったはず」
見回りの最中、美鈴は無月に様々な質問をしてみる事にした。最初に尋ねたのは年齢。無月の答えに美鈴は少し驚く。
「随分若いですね・・・・・。妖怪の私が言うのもアレですが、もっと年上かと思っていました」
「軍に居たからこんな話し方になっただけだ」
頬を掻きながら自分より背の低い無月の顔をチラリと見る美鈴。感情を見せない無月だからこそ、美鈴は一度彼の笑顔を見てみたいと思っていた。
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「ここに来る前の無月の話しは・・・・あまり聞きたくないですね。カンですけど、無月の触れちゃいけない部分だと私は思います」
「・・・・・・」
「だから・・・・・私は無月がこれからどうしたいかを聞きたいです」
見回る箇所を全て回り、小さな一軒家に戻って来た頃、日は落ち始めており、夕焼けが二人の影を長く伸ばす。
影を無表情で見ていた無月に、美鈴は話しかける。その内容に無月は反応し、美鈴の方に向き直る。
「・・・・・この地で何をするか・・・・・か・・・・・」
「そうですよ。何かないんですか?」
最初から元居た世界に戻る気はさらさらない無月は考え込む。美鈴はドアを開けながら無月に問いかける。
「まあゆっくりと考えれば良いですよ?・・・・・少なくとも私は無月と一緒に入れる時間は楽しく感じました。パチュリー様も多分・・・・・多分ですが、楽しいと感じていたのではないでしょうか」
「(この感じ・・・・何だ・・・・・?今まで経験した事がない・・・・・)」
それだけ伝えると無月を促して中に入る美鈴。やや俯き気味で中に続く無月だったが、内心に渦巻く感情に戸惑っていた。