第三十三章 閻魔×急展開
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文と別れてから大凡30分が経過した辺りで無月の眼に鮮やかな赤色が飛び込んできた。
彼が"その人物"に気が付いたのは本当に偶然だった。
今まで飛んでいた道(文曰く“再思の道”と言うそうな)とその先(“無縁塚”と呼ばれるらしい)の境界線にて一人の女性が(こう表するのも変だが)昼寝をしていた。
その人物は着物を身に纏い、赤い髪の毛を二つに結っており、そしで現在、非常に気持ちよさそうに眠っていた。
「(・・・・風邪引かないのか?)」
最初に無月が思い浮かべたのは"どうしてこんな所に居るのか"というものではなく、その人物への心配であった。
様々な花が咲き乱れている為、忘れがちではあるが、今は春。それなりに寒さがある。寝ている女性はそれを意に関せず、とても気持ちよさそうに熟睡していた。
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小野塚小町は死神である。とは言っても一般的に想像されている死神とは異なり、彼女は"お迎え役"であり、死者の魂を彼岸へ運ぶことを仕事としている。
しかし彼女は根っからのさぼり魔で、このようにちょくちょく仕事をサボってしまうのである。
「(ん・・・・誰か居るのかい・・・・?この気配、四季様じゃあないね。死の気配が強すぎる)」
そんな彼女は自分の近くに誰かが居ることにまだ覚醒していないながら気が付いた。その最大の理由は、魂に染み付いた"死"の気配である。お迎え担当である小町は、その役柄故に"死"に非常に(普段はアレだが)敏感であった。
「(良く寝たし、そろそろ起きようかねぇ・・・・・というかサボってるのばれたらヤバいかも)」
どこまでもマイペースな小町であったが、少し(色々な意味で)不安な部分もあったため、その人物と話してみる事を決意、起きることにしたのだった。
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「んー・・・・」
「ようやく起きましたか」
今まで寝ていた女性(小町)が起きる。その女性に対して非常に(どう見ても怒っているが)イイ笑顔で問いかける萌葱色の髪の女性。その声に、起き上がった女性の表情が凍る。(なお、その女性は無月ですら一瞬気づくのが遅れた程気配を消すのが上手かった)
「あ・・・・あはは・・・・。四季様、何時此処に・・・・?」
「今し方です。小町、どうやら私の言葉を忘れてしまった様ですね?」
表情が凍ったまま小町と呼ばれた女性が問いかけると、蚊帳の外である筈の無月が思わず後ずさる程の声音で四季様、と呼ばれた女性が答える。
「貴女はそう、少しサボり癖が酷すぎる!何度目ですか小町!!」
「きゃん!」
四季様と呼ばれた女性が手にしている棒で小町と呼ばれた女性の頭を叩く。見た目軽そうな一撃だったが、打撃音から想像以上の威力だったらしく、無関係である無月も思わず首を竦める。
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「お見苦しい所をお見せしましたね」
「いえ。・・・・・大丈夫なので?」
「貴方が気にすることはないですよ。自業自得ですので」
暫く萌葱の髪の女性が説教を終え、様子を見ていた無月に向き直る。そんな女性と向き合い、一目で無月は女性の本質を感じ取ったのか、丁寧に対応する。
「ふむ。貴方はどうやら人を見る"目"は確かなようですね。少々、いえ、かなり私も言いたいことはありますが、そこは素晴らしいと思いますよ」
女性は無月を見て小さく頷く。その言葉に、彼自身思い当たる節があるのか否定しない。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。ここ、幻想郷を担当する閻魔です。そこのさぼり魔は私の部下、小野塚小町」
「紅魔館の執事、赤羽無月です」
映姫の自己紹介に、無月は動じることなく丁寧に対応する。そんな様子を見て彼女は小さく頷く。
「ふむ、どうやら貴方は彼女達と異なり、場や相手に応じた対応ができるのですね。確かに私は様々な事を"視る"事ができますが、ここまで丁寧な対応ができるのは素晴らしいですね」
「自分が今までしてきたことは理解できていますから」
満足そうな映姫に、無月は苦笑しつつ答える。それは自分が武器を手にし、兵士として生きる決意を固めた時、師であり戦友となったあの男から耳にタコができるほど聞かされてきた内容からくる態度であった。
「態度は私も好ましいと思いますよ。ですが貴方はそう、少々"自分"の身を軽視しすぎです。確かに人の命を奪ってきた貴方の罪は非常に重い。ですが、いえ、だからこそ自分の命を、貴方を想う他者からの気持ちを大切になさい。それが貴方にできる善行です」
無月の態度に(珍しく)少々頬を緩めていた映姫だったが、だからこそ彼に閻魔として、様々な死者を見てきた身として言葉を送る。
「・・・・分かりました。心にしかと刻みます」
無月も目の前の女性の言葉を重く受け止め、自身が少しばかり自覚している事でもあったため、なにも言わずに頭を下げる。
「さて、大方貴方もこの花騒ぎの原因を探っていたのでしょう?この騒ぎは時が経てば自然と収束しますよ・・・・小町がサボらなければ、ですが」
「あだだだだ!?」
軽く笑みを浮かべると(しかし目は全く笑っていない)右手でいつの間にか熟睡していた女性の耳を思い切り引っ張る映姫。当の女性の悲鳴を完全に無視した映姫は、独白するように口を開く。
「と、言うわけなので、貴方にはもう暫く頑張っていただく事になりそうです。ついでに、部下の見張りもお願いできますか?黙殿」
「分かっていますよ。少々場の揺らぎがあるので、そこを安定させてから、と言う形になりますが」
どこからともなく聞こえる男性の声。その声の持ち主は、以前出会った、少々胡散臭い男性のもので、その声は映姫の右腕にある飾り紐から聞こえていた。
「少々一番内側に張ってある"博麗大結界"の方に"揺れ"が生じています。紫さんに既に警告してますが・・・・どうやらどこかの馬鹿が、悪意を以て結界に触れていると見ています。・・・・恐らく揺れのパターンから"別世界"の住人でしょう」
飾り紐を通して聞こえる黙の言葉に小さく映姫は頷く。
「大丈夫なのですか?」
「如何に別世界の技術だとしても、博麗大結界とその外側にある紫さんが張った"幻と実体の境界"この二つと、その中間に桜花さんが張った特殊結界・・・これがあれば余程の事がない限り悪意を持つ者は入れませんよ」
映姫の問いに淀みなく答える黙。そこで無月はかつて兵士時代に聞いたとある噂を思い出した。
「居るぞ・・・・一人だけ悪意を持ちながらその三つの結界を通過できそうな奴に心当たりがある」
「なんですって・・・・?」
「詳しく聞かせてくれますか?もしかしたら一刻を争う事態かもしれません」
無月の言葉に映姫は目を見開き、黙は戯れ言ではないと判断して先を促す。
「俺の居た世界の帝国・・・・その皇帝だ。人間以外の知的生命体根絶を掲げ、記録では確実に500年、老いることなく皇帝の座に君臨している。で、此処からが本題だ・・・・・奴は常々こう言っているんだそうだ"愚民の命があれば、私は理を超えた武器を作ることも、世界の壁を越えることもできる"とな」
「ふざけているんですか!?為政者の言葉ではありませんよ!!」
無月の言葉に映姫が激昂する。飾り紐の向こうに居るであろう黙も言葉をなくしている。
「奴にとってはそれが"当たり前"なんだろう。それを認めることが出来ない人々は反体制組織を立ち上げ、抵抗しているのさ。特に、俺が以前所属していた"和国解放戦線"は"陰と陽の調和"を掲げていた。これは妖怪と、人との共存を掲げていると俺は考えている。和国解放戦線は帝国に反旗を翻す反体制組織としては最古の組織だからな」
無月の意図的に感情を押し殺した言葉に、映姫も黙も口を噤む。そんな時、無月の足元に突如スキマが開かれると、無月はその中に引っ張り込まれる。それは映姫すら反応出来ない速さであった。
「かなり状況は切羽詰まって居るようですね。黙殿、私は各地の有力者に警告を発します。貴方は最悪の事態に備えてください」
「分かりました」
いきなり無月が消えたことから、異常事態だと判断し、飾り紐の向こうから了承の言葉を得た映姫は、また熟睡している部下(小町)の頭を手にしている悔悟棒でぶっ叩いて彼女を起こすと、即座に行動を開始するのであった
どうもお待たせしました。最新話です。
一応、この次からが本作の第一のターニングポイントです。
そしてオリジナル要素が多数出現します。楽しみにしていてください