第三十章 月の狂気と戦場の狂気
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「・・・・ここか」
迷いの竹林に存在する秘匿されし館”永遠亭”
その地下の一室の前で赤羽無月は妙な気配を感じ取った。
「・・・・・」
無意識に右手に持っている黒刀”スルトル”を握りしめた彼は、自身の経験にしたがい、突入(と先制攻撃)を行うために部屋のドアに円形に銀筒を片手で貼り付けてゆく。
「(あのときと同じく中、遠距離戦を想定しておくか・・・・)」
自分の戦術をある程度決め、スルトルを腰のベルトに通すと、背負っていたソール、マーニのセーフティを静かに解除する。
血符「緋色拡散突撃槍」
スペルを発動。その意思に応えるかのように掌に隠すように保持していたスペルカードが一瞬光り魔方陣を形成、貼り付けた銀筒が炸裂すると同時に一本の槍を形成、無月がそれを回し蹴りで蹴り飛ばすと、ドアを突き破って槍が直進、途中で無数の槍に分裂すると拡散して飛翔する。
「ッ!?」
突入した無月の目に映ったのは異常とも言える量の弾幕だった。先に飛翔した複数ある真紅の槍をいとも簡単に打ち砕き、なおも壁の如く押し寄せる弾幕に、無月はテュールから滑り出すようにスペルカードを取り出すと、床に手を着きスペルを発動する。
土符「円周防御壁」
発動と共に無月の周囲に魔方陣が展開し、呼応するように床がせり上がると無月を包み込む。壁の如く押し寄せた弾幕は、その防御壁に直撃するも、壁を壊すには至らなかった。
「・・・・」
音がなくなった事を感じ取った無月が壁を解除する。その無月の前に立っていたのは、初めて会ったとき以上に瞳を真紅に輝かせた少女”鈴仙・優曇華院・イナバ”の姿があった。
「・・・・」
「・・・・うふふ・・・」
感じ取った妙な気配に、無月は眉をひそめる。対する鈴仙は、無月が無傷でいることが嬉しいとでもいうかのように、笑みを浮かべる。そして予備動作もなく彼女は無数の弾幕を形成し、再度無月に向けて放つ。
「・・・・くっ・・・」
スペルカードを発動してもいないのにも関わらず放たれるルール違反なまでの怒涛の弾幕を前に、無月は歯噛みしながらもソールとマーニを乱射し、弾幕を逸らしてゆく。そうして辛うじてできた隙間を潜った無月の目の前に、いつの間にか鈴仙が回り込んでいた。
「な・・・・!?」
「無月さァん・・・・・本気だしてくださいよォ・・・・」
どこか狂ったような鈴仙の蹴りを、防御する間もなく腹に受け後方に吹き飛ぶ無月。永琳辺りが術式を発動していたのか、壁を突き破った先には通ってきた通路の代わりに広い空間に出る無月。
「・・・・・」
「うふふ・・・・」
口の中を切ったのか、血を吐き出す無月。それを見て鈴仙は嬉しそうな、しかしどこか狂ったような笑みを浮かべつつ膨大な弾幕を背後に控えて無月に近づいてゆく。
「貴方はかつての私にはないモノを持っている・・・」
「・・・・何?」
「戦場に生き、屍を積み上げながら戦場を駆けてきた眼をしている。私は恐ろしくてできなかったことを貴方はやってきた。数多の屍を作ってきた眼をしている。貴方を倒せば、私は仲間を見捨てて逃げたというこの”悪夢”から抜け出せる気がする・・・・!!」
「それは逃げだ・・・・」
「え?」
「お前は認めたくないんだ・・・・。かつての仲間を見捨ててこうして生きていることを。逃げ出したことを。・・・・・そしてその事実から目を背け、平和を享受していることを」
支離滅裂な鈴仙の言葉を真正面から否定する無月。鈴仙は無月の言葉に、圧倒的に有利な状態なのにもかかわらず、真剣な無月の眼に圧されるかのように一歩二歩と後ずさる。
「お前のその”狂気”は自分の罪を否定するための”逃げ”だ・・・・」
「あ、う・・・・」
「だから・・・・俺がその狂気から救ってやる・・・・!!」
「う、あ・・・・あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
無月が宣言すると共に鈴仙は怯える子供のようにその場に蹲り叫ぶ。その瞬間、背後に展開していた膨大な弾幕が一斉に無月に向かって飛翔する。無月はその弾幕を見据えるとテュールを展開し、ソール、マーニをその場に落としてスルトルを右手に持つ。そしてテュールから無数の銀筒がその場に滑り落ち、ポーチから取り出した一枚のスペルカードを持つと、意思を込めて宣言する。
「戦符「武神演舞」・・・!!」
無月の宣言とともに銀筒が一斉に炸裂、無月の体に纏わりつき鎧を形成する。その鎧は局所局所を守るような軽鎧であり、その背後には緋色の翼が出現していた。
「・・・・疾っ」
鋭い呼気と共に無月の姿がその場から掻き消える。目標を見失った鈴仙の弾幕は地面に直撃するが、怯える鈴仙を守るかのように次々と形成された弾幕は鈴仙を中心に全周囲に飛翔する。鈴仙の背後に回り込んでいた無月はスルトルでこの弾幕を全て叩き斬る。
「来ないで・・・・。来ないで来ないで来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
「・・・・・ちぃ・・・!!」
怯えたように鈴仙が叫ぶ。密度が増した弾幕に無月が悪態をつきつつも対応し、縦横無尽に鈴仙の周囲を飛び回り弾幕を舞うように捌いてゆく。
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初撃「強襲衝撃」
戦闘開始から十分余りが経過し、膨大な弾幕を捌いているうちに鈴仙との距離が離れてしまった無月だったが、改めて鈴仙の正面に回り込むことに成功。意を決したように無月が莫大な風を纏って突撃する。いつの間にかスルトルは手放しており、拳を握り締めての突撃に対し、錯乱しているらしい鈴仙はもはや弾幕の体をなしていない妖力弾を乱射する。
突撃している無月が流れるような動きで左手のテュールから取り出したスペルカード二枚取り出すと、その内の一枚を発動、目前まで迫っていた巨大な妖力弾を右ストレートで文字通り吹き飛ばす。しかしその穴を埋めるがごとく次から次へと妖力弾は飛翔していることを確認した無月は次の技を発動する。
次撃「突撃疾風槍」
発動した瞬間、背後で姿勢制御の役割を担っていた風が一部無月に纏わりつき、左腕の前に不可視の槍を形成、背後の翼を羽ばたかせて無月が突撃する。
不可視の槍は次々と飛翔してくる妖力弾を弾き飛ばし、背後で加速装置の役割を担う風の恩恵によって無月は鈴仙に急激に接近してゆく。
そしてついに鈴仙の周囲に展開していた妖力の弾幕を突破し、片膝をつく無月。彼は体の各所から今まで身にまとっていた、度重なる妖力弾の被弾によってボロボロになっていた軽鎧が剥離し、元の執事服姿を取り戻した(とはいえ執事服はボロボロ)彼は、躊躇うことなく歩み寄ると、蹲る鈴仙を優しく抱きしめていた。
「・・・・・あ・・・・う・・・・」
「もう怯える心配はない・・・・怖かったんだろう?」
「・・・・うん」
「誰にも相談できなかったんだろう?」
「・・・・うん」
「俺には正しい答えを述べることはできない。だが、生きていてくれて感謝してると、そう思った方がいいんじゃないか?」
涙眼の鈴仙を優しく抱きしめたまま、無月はゆっくりと言葉を紡いでゆく。その言葉は鈴仙の心に本人も驚くくらい届いていた。
「・・・・私は笑ってもいいんですか?」
「・・・・過去を振り返ることも大切だ・・・・だが、過去に捉われては意味がない」
小さく、まるで否定されるのを怯える子供のような問いかけに、無月は優しく、子供をあやす様に頭をなでながら答えてやる。その言葉に、鈴仙はおずおずと縋りつくかのように抱きつくと涙をとめどなく流す。
「・・・・これからを大切に、な?」
「・・・・はい」
優しく笑みを浮かべた無月。鈴仙は涙を流しながらも笑みを返す。
「(俺も・・・・俺も誰かを救えるんだな・・・・)」
心の中で無月はこういう考え方をする切っ掛けを作った、元気な氷精に感謝するのであった。
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ある人物との、誤解(というか勘違い)から始まった弾幕勝負を終えた、永夜異変に関わったメンバーが永遠亭に戻って目撃したのは、ボロボロの執事服をどうするか悩んでいる軽傷の赤羽無月と、その傷を困ったような表情で治療する鈴仙・優曇華院・イナバ、そしてそれを面白そうに見ている八意永琳の姿だった。
こうして波乱に満ちた永夜異変は真の終幕を迎えるのであった。
今回はスペル発動を口頭で宣言する方式と、所謂天則式のカードを出すだけの方式の両方を取り入れてみました。
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