一周年記念特別章 無月の心と誕生日
この章は本編とリンクしています。ご注意ください
それは春雪異変が解決して暫くした時の出来事
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2004年6月25日 霧の湖 昼過ぎ
その日、紅魔館に勤める執事"赤羽無月"は首を傾げながら霧の湖の畔に佇んでいた。
その日前日、主であるフランドール・スカーレットをはじめとした紅魔館の住人(何故かレミリアに問いただしたが、姉であるはずののレミリアは知らなかったらしく、ポカンとしていた)から揃って休暇"命令"(それ以外の住人からはお願いという形)を下された上、紅魔館から夜まで出ているよう"命令"をされたのだ。
「……何故だ?」
湖の水面を見ながらぼんやりと考える無月。春雪異変時に白玉楼の庭師"魂魄妖夢"との死闘で右目を失うなど、大怪我を負ったのは確かである。しかし1カ月の間、図書館の主"パチュリー・ノーレッジ"の手によって治療(と云う名の実験も含まれる)によって右目以外は完治したといっても良いレベルまで回復した筈。
それを知っているはずのパチュリーまでもが今日紅魔館から出ているようにしてきたのだ。これには流石の無月も首を傾げるしかない。
「(何故咲夜や美鈴に小悪魔、挙げ句の果てにはメイド妖精まで俺を紅魔館から出るとき見送ったんだ?)」
首を傾げながらもこれからの予定を考える無月。とはいえ人里には全く行ったことがない彼にとって、どこに行こうかと思い浮かべるが、候補となる場所がない事に気がつきため息と共に空を見上げる。
「あれ?無月じゃん。遊ぼーよ!」
「チ、チルノちゃん、無月さん怪我してるんだよ?」
空を見上げていた無月の元に、笑みを浮かべたチルノと少し遅れて大妖精こと大ちゃんが飛んでくる。
無月の顔を覆う包帯を見て大ちゃんが慌ててチルノを止めるが、無月は少し笑みを浮かべるとチルノと視線を合わせる。
「何をして遊ぶんだ?」
「いいの?じゃあ……何しようかなぁ」
無月の問いかけに真面目な表情で考え込むチルノ。大ちゃんも加わり、二人は相談を重ねてゆく。
「あ!あたいあんたが元居た世界の事知りたい!」
「……面白くもなんともないぞ?」
暫く考えていたチルノの言葉に素っ気なく返す無月。大妖精は無月の表情の僅かな変化を感じ取ったのか、オロオロと無月とチルノの顔に視線を向ける。
「面白いかどうかはあたいが決めるからだいじょーぶ!」
「……はぁ…。分かったよ…」
エッヘン、と胸をはるチルノに毒気を抜かれたのか心底呆れたように息を吐き出す無月。そしてすぐ側にある平らな岩に腰掛けると思い出しながら自分の過去を話し出すのだった。
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「まあ、こんな感じかな。俺のこの両手は最早取り返しのつかないほど血に染まっているんだ」
ゆっくりと過去を話していた無月は既に日の傾きだした空を見上げながら締めくくる。
あえて突き放すような話し方になってしまったのは失策だったか、と無月が自嘲気味に息を吐き出すと、今までぼんやりと無月の話しを聞いていたチルノが疑問を抱いたような表情で無月の目をしっかり見て口を開く。
「それって"今"のあんたと関係ある?」
「……は?」
チルノの問いかけにポカンとしてしまう無月。幻想郷に来て確かに自分の過去を話したことはなかったが、人を殺してきた自分に向けられる視線と言えば軽蔑であると予想していた無月にとって、チルノの問いかけは予想外であった。
「あたいは無月が優しい人だって思うもん。それに”今”のあんたがどうやって過ごすかのほうが大事だと思うよ?」
「・・・・今、か・・・」
あたい変なこといった?と首を傾げるチルノの頭を撫でると、無月は雲の少ない空を見上げる。日が傾き、少し朱に染まり出したその空は”あの”世界で見上げる空より綺麗に思うことができた。
「ありがとうな、チルノ」
「?・・・あたいお礼言われるようなことしたっけ?」
「俺の気分の問題だ。・・・・これからのことの方が大切だよな」
小さくお礼言う無月。チルノは首を傾げるも、無月が向けた小さな笑みに満面の笑みで返すと無月の右肩に飛びつく。
「今度門番してるとき遊びに行くね!!」
「・・・・話し相手くらいなら何時でもいいぞ」
無垢な笑みを浮かべるチルノ。無月もどこか軽くなった表情で一度空を見上げると、そろそろ時間か?と考えながら紅魔館に向けて歩き出す。
「あたい達も行っていい?」
「お好きに」
ふよふよと無月について行くチルノ。無月も軽く笑みを浮かべると、近くに寄ってきたこの心を軽くしてくれた小さな友人に心の中で感謝し、紅魔館に向かうのだった。
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「相変わらずでけー」
「俺はもう慣れたが…」
無月の隣でチルノが紅魔館を見上げる。真の満月が見えるこの地は、相変わらず威圧感がある。
「さて、そろそろ大丈夫だろうな」
「んあ?」
無月がチルノを連れて紅魔館に入ってゆく。辺りをきょろきょろするチルノだったが、迷子にはなりたくないのか無月におとなしくついて行く。
「扉もでけー」
「失礼します。もう大丈夫ですか?」
「無月ね?いいわ、入ってきてちょうだい」
終始圧倒されているチルノを傍目に無月は図書館の扉をノックする。すると中からパチュリーの声が聞こえ、許可を出す。
「失礼・・・・っつ!?」
「おわっ!?」
「「「「「無月(お兄様)(さん)誕生日おめでとう!!!!!!」」」」」
中に入った瞬間、鳴り響くクラッカーの音。そして紅魔館に住まう住人全員が声をそろえて無月を祝う。
「・・・・え?」
これには流石の無月も思考が追い付かないのか、ポカンとしてしまう。そんな彼の前にふわりとパチュリーが近寄ると説明する。
「いきなりで驚いたでしょう?」
「ええ。俺の・・・・誕生日、ですか」
「そう。あなたは自分の生まれた日を知らない。だから私達であなたがこの幻想郷に、紅魔館に来たこの日を“赤羽無月”の誕生日にしたの。迷惑だったかしら?」
「・・・・いえ、嬉しいですよ」
パチュリーの説明に無月は心の奥底から感謝する。するとそこに複雑な表情のレミリアがやってくる。
「無月、誕生日おめでとう。・・・・こうしてフランの顔を見てると複雑な心境だわ」
「お嬢様・・・・」
まだ仲直りできていない姉妹に無月も何と言えばいいか分からず、口を濁す。パチュリーも今仲直りすればよかったのに、と言わんばかりにため息をつきつつ肩を落とす。
「これからもよろしくね・・・・私は自室に戻るわ」
「・・・・・ほんと、素直じゃないんだから」
無月に寂しそうな笑みを向け、若干肩を落としたレミリアはそそくさと図書館をあとにする。それを見送り、やれやれと息を吐き出すパチュリー。そこに咲夜がやってくる。
「とりあえず誕生日おめでとう。・・・・・お嬢様もどうすればいいか悩んでるみたいね」
「アドバイスとかをしても、結局は本人たちしだいだからなぁ・・・・こればかりは俺たちにどうこうできる事じゃないだろうな」
「ということはあなた達は静観するの?」
「・・・・その時になったら考えようかと」
「私もこればかりは無月と同じ考えです」
パチュリーの問いかけに従者の二人は力なく答える。そんな三人の元にフランとチルノの二人が突撃してくる。
「おにーさまー!!」
「むーげーつー!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
顔が赤い二人を見た従者二人(咲夜と無月)は毎回の如く無断侵入をしている白黒魔法使いを見る。魔理沙の手に握られているのは明らかにこの紅魔館の物ではない日本酒らしき瓶であり、これだけで二人は二人がこうなった理由を察した。
「(どうする?)」
「(フラン達には悪いが適当に流して眠ってもらうしかないだろう)」
「(私がフラン達を眠らせるわ。あの白黒にはお灸をすえないとね)」
アイコンタクトで意思疎通を行う両名。そこにパチュリーの魔術通信が入り、行動は決定された。
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結果として魔理沙が持ち込んだ酒に興味を持ち、それを飲んだことで酔っ払った二人をパチュリーは眠らせることに成功した。しかし酔っていたとはいえフランは吸血鬼であり、その速度はかなりのものである。
完全に不意打ちで放ったはずの魔法を避けたフランはパチュリーに突撃。道中にいた魔理沙から酒を奪い取ると、そのままパチュリーに飲ませたのであった。
驚いた表情のパチュリーから無月と咲夜が二人掛かりでフランを引き剥がし、お酒を飲まされたパチュリーがフランを眠らせたまでは良かった。功労者であるパチュリーも酔ったのだと無月は判断し、顔の赤い彼女を抱えて自室に運んでやったのだが、後日その自室から出てきたパチュリーが無月の顔を直視できないほど狼狽していたことが紅魔館の住人に目撃されたこと、そして天狗の新聞に大々的に取り上げられたことをここに明記しておく。
新聞記者(初対面なのにもかかわらずかなり馴れ馴れしかった)にインタビューされた無月は一言だけ語ったという・・・・普段とは違う印象に驚いた、と。
やっと更新できました特別章です
アンケートにあったパチュリー様のデレは読者の方のご想像にお任せするとして・・・・最後に存在だけが出てきた馴れ馴れしい新聞記者はこの物語の実はキーマンの一人です。ですのでこの特別章で一足早く存在だけは出しておきました。
あ、ちなみに文花帖仕様ではありません。単純に賑やかになってたから来て見た、的な野次馬根性でした。