第八章 何気ない日常×平穏は唐突に崩れる×紅霧異変
原作とは流れなどが異なります。ご注意ください
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「破ッ!」
「…くっ!」
「美鈴もお兄様も凄い…!…綺麗…!」
紅色の霧が広がりつつある空の元、美鈴と無月は実戦形式の訓練を行っていた。
フランは美鈴の用意した椅子に腰掛けて二人の訓練を見て目を輝かせている。
右手から虹色の球体を、時間差を付けて蹴り上げた左脚の軌跡に沿って七色の短槍状の弾幕を美鈴が放てば右手のスルトルで球体を斬り、その勢いで短槍状の弾幕を縫うかの如く無月が舞う。
「くっ…!」
「……隙あり…!」
弾幕を放つのは苦手な美鈴の一瞬の隙を突いて舞うように回避する無月が右手の指で挟んだ銀筒を二つ、器用に投擲し美鈴の弾幕に当てる。
割れる銀筒から飛び出た血が即座に無数の弾丸や短剣の形になると、美鈴に向かって飛翔、美鈴は攻撃の手が止まる。
「疾ッ!」
「ッ……」
「あー!美鈴反則~。」
その隙に一気に接近した無月が接近、左手で振った鞘が美鈴に当たるコースを描くが、そこで美鈴は思わず空を飛んで回避してしまう。
そこでフランが笑顔で美鈴に指摘、無月は苦笑し、美鈴はやってしまった、と悔しがる。
「俺も美鈴達みたいに飛べたら良いんだがな…。」
「……やってしまいました。」
「美鈴の負け~。でも美鈴の弾幕綺麗だよ。」
地に降りてきた美鈴に困った表情で無月が謝る。それをやんわりと美鈴が慰めつつ、近寄ってきたフランから手渡されるタオルで汗を拭う。
無月は空が飛べないため(本人は不器用なのでは?と自己分析した)訓練の時は地上戦のみ、とフランが決めたため、今回は飛んでしまった美鈴の負けとなった。
「無月は不思議ですね。通常の弾幕が放てず空も飛べない。でも回避と一瞬の隙を突く技術は優れている。」
「個人的には"飛ぶ"事ができないのはどことなくもどかしく感じるがな。」
「お兄様は接近戦に移る速さと能力の使い方が上手だもん。それはフラン、凄いと思うよ」
美鈴が一軒家から持ってきておいた椅子に腰掛けながら話し合う三人。今では自分の主となったフランに笑顔で誉められ、どことなく嬉しそうな表情の無月を見て微笑む美鈴。
「さて…もう戻りますか?」
「うん」
「では妹様、無月。また明日いらしてくださいね」
日が落ち始める頃だと判断した無月が隣のフランに問いかける。頷いたフランが短期間で指定席と化した無月の背中に飛び乗ると、クスクスと笑みを浮かべた美鈴が二人に会釈をし、フランが手を振り、無月が軽く笑みを返す。
そんな紅の霧が立ちこめてから良く紅魔館で見られる、平穏な日々は次の日、突如として崩れる事になる。
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2003年8月12日 紅霧発生から約半月が経過
紅魔館内部 大図書館にて
「平和だな…」
「うん。」
パチュリーの管理する図書館でパチュリー本人から手渡された魔導書を読みながら呟く無月。
そんな無月の背中にしがみつきながらパタパタと独特の羽を振りながらのんびりとするフラン。
「……そろそろ平和も終わりかもしれないわ」
「なんで?」
「……阻む者、ですか?」
のんびりとしている二人の元にふわりと近寄ったパチュリー。フランは首を傾げ、無月は魔導書を閉じながらパチュリーに問いかける。
「そうね。この紅霧は日の光を阻む。それで困るのは人間よ。何より紅霧は妖霧だから"ただの"人間には30分程度しか耐えられないわ。」
「つまり…。」
「ええ。間違いなく止めるために誰かが来るわね。戦いはスペルカード戦…どっちが勝つかは分からないわ。」
パチュリーの説明に本を閉じて考え込む無月。そんな無月の背中にしがみついているフラン、紅茶を淹れに向かう小悪魔。そんななか、無月が小さく呟く。
「……手助け位はできるか…。…そして来たみたいだ。」
「……?」
無月の呟きにパチュリーが首を傾げるとほぼ同時に、外から爆音が聞こえてくる。
「確かに来たわね…。こぁ、足止めをよろしくね。」
「みたいだな…。フラン、身を隠しておいてくれるか?フランにはできれば傷付いてほしくない。」
即座に小悪魔に指示を出し、自分の魔導書を手に取るパチュリー。不満そうなフランを何とかなだめ、その後ろ姿を見送ると複数個の銀筒をポーチに入れ、スルトルを持つ無月。
「お兄様も…怪我したらフラン、悲しいよ…?」
「……なら、悲しませないようにしないと、だな」
ドア越しの揺らぐフランの瞳に安心させるように、まだややぎこちない笑みを向ける無月。
「無月、貴方はレミィの元へ。私達にとってレミィがキングになる。」
「……了解した。」
フランが入っていったドアを閉じる無月。すると紅魔館の正面ドアが大きく開けられた様な音が微かに耳に届いた。
その直後、メイド妖精達が足止めに入ったのか、断続的に爆発音が聞こえてくる中、パチュリーが無月に指示をする。
パチュリーが改造を施した漆黒のコートを羽織った無月は、頷くとレミリアの元に向かう。
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「無月…。」
「咲夜さん…。」
長い長い廊下を走る無月。その前に突如咲夜が現れる。咲夜の前で立ち止まった無月は、彼女の片手に箒が、反対側の手にナイフが握られている事に気が付く。
「掃除の最中だったんだけどね…。私はここで出来る限り相手を消耗させる。……お嬢様のサポート、頼むわね。私も余裕があれば手伝う。任せたわよ」
「……分かった。」
小さく聞こえてくる爆発音をBGMに交わされる会話。二人の従者は小さく頷き合うと、己の役割を果たすために行動を開始する。
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「お嬢様…。」
「あら無月…。遂に来たみたいね。私が負けたら私の悲願は潰える。私が勝てば、私の悲願は達成される。紅い月の夜…今宵、全てが決まるわ。」
レミリアの部屋のドアは堂々と開け放たれており、ドアをくぐった無月は、椅子に座るレミリアの前に立つ。
レミリアは不敵な笑みを浮かべ、窓から紅い月を見上げ、椅子から立ち上がると瞳を閉じる。
「……サポート、任せるわ。」
「…………御意のままに」
閉じた瞳を開け、自らの(厳密に言えば違うのだが)従者に命ずるレミリア。無月も頷くと即座に支度に入る。
「……随分身軽ね」
「…どうも」
二つの銀筒を真上に投擲し、能力を用いて長柄の武器を作り、先端は天井に突き刺さる。
その柄を無月が掴むと柄は縮み、無月はあっと言う間に天井にたどり着く。
見上げたレミリアの呟きに律儀に返した無月はそのまま長柄の武器を素早く変化させ二個のトラバサミを形成、靴に噛ませてしっかりと体勢を整える。
それを見届けたレミリアは開け放たれたドアから直ぐに見える空中に立つと、スッと視線をその向こう側に向ける。
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「……来たわね」
「………」
「………」
レミリアの前にやってきたのは紅白の巫女服に身を包んだ少女と、白黒の魔女の格好をした少女だった。
二人とも服のあちらこちらにナイフで斬られたような跡や焦げたような跡が見受けられる。
「パチェや咲夜を倒したのね。」
「ええ。あんたがこの霧を出してた犯人ね?」
「まあな。やってきてやったぜ?夜の支配者さん」
腕を組みながらレミリアが問いかける。紅白の巫女は傍迷惑だと言わんばかりの表情で逆に問いかけ、白黒の魔女は挑発するように中指を立てる。
「…どちらも仲間意識はなさそうね…。好都合だわ」
「……?余裕そうね」
「好都合ってのは何の冗談だ?」
「(あの紅白は何も使わずに空中に浮いているが…白黒は箒の上に立っている…。狙うなら白黒か。)」
小さく呟くレミリアの言葉を聞き取り、不快そうな表情になる両名。天井に張り付いたままの無月は両名を冷静に分析し、結論を出す。
「私を退治にしにきたのだったね…こんなに月も紅いから…本気で殺すわよ…?」
「……ッ」
「…ッ…」
「(今…!)」
レミリアのさり気ない一言と共に放った凄まじい人外の殺気、それに一瞬怯んだ白黒と紅白。その一瞬を突き、無月はスルトルを抜き放ちながら頭から落下を開始する。
「頼むわよ…無月!」
「くっ…!」
「うわっ!?」
「了解…!」
紅白と白黒の硬直の隙を突いていたのはレミリアも同じだった。
無月の落下コース上に白黒が居るのと判断したレミリアは真っ直ぐに紅白に突っ込んでゆく。
繰り出された右足の蹴りは寸の所で高度を下げた紅白の頭上を通過する。
急降下してきた無月は勢いそのままに白黒の頭上から刀の峰で叩きつける様に振り下ろす。
白黒の女性は咄嗟に足元の箒を盾にするように身を箒の下に置く。しかし十分に勢いの着いた衝撃までは防げなかったらしく、勢い良く床に落下する。
「お嬢様…御武運を…。」
「……ありがとう。」
距離を取った紅白と対峙するレミリアに一言告げると、そのまま落下、真上から再び降りてきた長柄を掴むと、白黒のやや上で停止する。
「痛ッ…やってくれるじゃないか…。」
「……頑丈だな…白黒。気絶しても良いと思うんだが。」
土煙を突き破って転がり出てくる白黒の少女。そのやや前に着地した無月はやや呆れ気味に呟く。
「私は白黒じゃないぜ?私は霧雨 魔理沙、魔法使いさ。」
無月の呟きが聞こえたのか、自己紹介をする白黒の少女、改め魔理沙。
「……。」
「無口な奴だな。まあ良いや…弾幕勝負じゃ負ける気はないからな!」
無言でスルトルを前に構える無月にため息を吐きつつも箒を左手に持ち宣言する魔理沙。
「先制行くぜ!マジックミサイル!」
「…ッ!」
宣言と同時に右手から無数の弾幕をばらまく魔理沙。即座に右に跳びつつ銀筒を二つマジックミサイルの群に投擲する無月。
「ショットBニードル…。」
「げっ…。」
無月の宣言と共にマジックミサイルの合間を縫って飛来する真紅の針に慌てて横に跳んで回避する魔理沙。その隙に更に4本の銀筒を魔理沙目掛けて投擲する無月。
「何だこりゃ!?」
「血の破城槌…。」
真紅の針を回避した魔理沙は思わず唖然とする。一瞬で自分の目の前に巨大な真紅の槌が出現したのだから。
勿論これにはネタがある。最初に無月が発動させたショットBニードルに使用した血の一部を再利用し、4本の銀筒に当てて血を結合、一気に血の破城槌を作り上げたのである。当然、そこまでの能力操作を行った無月の精神疲労は想像以上に貯まっている。
「こりゃあ驚いたぜ…でも…負けないぜ!」
驚いた表情の魔理沙だったが、右手に持つ自分の武器"ミニ八卦炉"を構える。
「…勝負」
「恋符「マスタースパーク」!!」
「な…何なのよ…あれ…」
「……っ…無月…」
魔理沙から見て右から振られる血の破城槌と、魔理沙のミニ八卦炉から放たれた極太の光がぶつかり合い、凄まじい光が周囲に飛び散る。
その光景に空中でほぼ互角の遠距離戦をしていた紅白巫女とレミリアの手も思わず止まる。
「……負けられない…。」
「負けてたまるか…!」
拮抗する中、歯を食いしばりながら血の破城槌から伸びる柄を振り抜こうとする無月、溜め込んでいた魔力を全て注ぎ込む様に右手のミニ八卦炉に左手を添える魔理沙。
「……ッ…」
「やべ……魔力が…。」
そんな意地と意地のぶつかり合いは意外な形で決着が着くことになった。
慣れない複雑な能力操作を行った無月の手から柄が離れ、前のめりに倒れる無月。一方の魔理沙も、道中の戦いでかなり消耗していたために魔力切れで前のめりに倒れる。
二人の技はそれぞれの頭上を通過し、壁に当たると同時に音が消える。
「……チャンス!」
「……っ…!」
その一瞬の隙を突いて紅白巫女がレミリアに突撃。レミリアもやや遅れながらも応戦する。
しかし無月はそこで意識を手放す。力になれない不甲斐なさを悔やみながら…。