姫ちゃんでいず
白石美姫は縁起を担ぐ性格である。また、占い好きで、その結果を信じて行動するタイプでもある。
彼女は毎朝欠かさず、朝の情報番組「いってらっしゃー」内の誕生石占いコーナーを見る。朝は早く起きて、小学校の登校時間までぼんやりのんびり過ごすのが、美姫の日常だが、この時間だけは必ずテレビの前に陣取る。
その日も、いつもと同じように、テレビの前に正座して待っていた。
54分。CMが明け、天使と悪魔のアニメキャラが現れ、占いコーナーが始まる。
美姫は九月生まれだから誕生石はサファイアだ。
最高の運勢は、一月のガーネット。次点はターコイズだった。上位の解説が終わり、後のはコメントなしで、ざっと表示される。サファイアは……美姫は慣れた目つきでそれを見つけた。
上から五番目。ラッキーカラーは黄色だった。
うん。いい感じかも。昨日は、七番目だったから、期待できるかな。
そう美姫は期待に胸膨らませて、家を出た。
学校へは、近所の児童たちが集団で班を作って登校するのだが、班の集合場所までは一人で行く。
その道さなか、目の前にジュースの空き缶が落ちていた。
良心から、くず入れに捨ててあげたいが、他の人にそれを見られて、いい子ちゃんしーしやがって、と思われるのもやだなぁと、思う。けれど今日はラッキーデー。良心が勝った。
挙動不審にあたりをうかがい、誰の視線もないことを確認して、さっと空き缶を拾った。
少し先の自販機の横に、ふたの開いた空き缶入れが設置されている。
美姫は思った。ここから投げて、ゴミ箱に見事入ったら百点。今日はさらにハッピー。
手首のひねりを意識して、投げた。
かこーん。外れた。
空き缶はくずかご入れに当たって跳ね返り、道路に転がり、やってきた自動車によって、無残に潰された。
「…………」
朝っぱらから、マイナス百点。美姫は思った。
でもでも、すぐに取り返せば、幸せな一日が待っているの。うん。もし集合場所に着いて、まだふーちゃんがが来ていなかったら、百点にしよう。
てくてくてく。
「あ、姫ちゃん、おはよー」
さらにマイナス百点。美姫、がんばっ。
美姫の班は、ふーちゃんこと、古屋あんりを含めて男女五人。六年生のあんりが班長を勤め、同じく最上級生の美姫は副班長である。班長はシンボルである黄色い旗を持って班を先導して、副班長は最後尾で列の乱れがないかをチェックする地味な仕事だ。
二人の性格にあった役割分担だけど、ちょっぴり班長もやってみたいと思う、今日この頃。
出発前、あんりが言った。
「ねぇねぇ、今日は姫ちゃんが班長やってみる?」
「えっ、いいの?」
美姫の問いは、勝手に班長を代えていいのか、という意味も含まれていたけれど、「うん。いいよ」と、あんりはあっさりと答えた。
こうして美姫は一日班長に就任した。手渡された班長旗を見る。目立つように黄色。そういえば、誕生石占いでの、今日のラッキーカラーは黄色だった。
うふ。一人微笑む。
最後に、三年生の男の子がやって来て全員集合。美姫を先頭に、出発する。
途中、何気なく見ていた電柱の一つに、見慣れない広告が張っているのを見つけた。近くの居酒屋さんの、アルバイト募集の広告だった。「急募」とでっかく書かれた文字の下にアニメ風の可愛いウエイトレスさんが描かれている。
よし。この広告。帰りも覚えていて、また見ることができたら百点。
とランドセルから取り出した「姫ちゃんの秘密の手帳」に、歩きながらメモする。運試ししようにも、それ自体を忘れていたら意味ないからである。もちろん、下校前にメモを見るのは禁止。ちなみに、自分で「姫ちゃんの……」と名付けていたりする。
学校に近づくにつれ、通学中の児童が集まってくる。正門近くで、友達の中島三月が班長を勤める班と遭遇した。
「おはよー姫ちゃん。あれ? なんで先頭を歩いているの?」
「おはよう。あのね。ふーちゃんが一日だけ班長を譲ってくれたの」
ぴらぴらと班長旗を小さく振る。三月が悩む様子を見せる。
「ん? ということは、どうなるのかな?」
「どうしたの?」
「今日の放課後、班長会議があるんだけど。どっちが出席するのかなぁって」
「…………」
後ろを向くと、あんりは「イイ笑顔」で、親指をぴしっと立てていた。
君に任せたっ!
「…………」
もしかして、押し付けられた?
美姫はちらりと班長旗を見つめる。黄色。ラッキーカラー。
いやいや。これは、会議に出席すれば、なにかいいことが起きる、と言うことかもしれない。
美姫は笑顔を見せて、三月に言った。
「会議、頑張ろうねっ♪ 三月ちゃん」
「う、うん」
授業中。基本的に真面目な美姫だけど、がり勉と言うほどでもない。ぼんやりと、黒板ではなく、窓の外を眺めることもある。
いつかだか、風に大きく揺れる庭木を眺めていたとき、先生に「何しているの?」と問われ、「あ、風が強いなぁって思いまして……」答えたら、クラスメイトに笑われたことがあった。そのときは意味が分からず小首をかしげていた美姫だが、後で友人の佐々木真美子に、「石山(担任の先生)の言葉は、授業中黒板を見ず何をしているのか、という皮肉の感が込められていたのに、姫が馬鹿正直に答えたから」と説明され、穴があったら入りたいという気持ちになったことを思い出した。
(あ、そうだ。今日一日先生に怒られなかったら、んーと、二十点くらい)
獲得得点が低めなのは、美姫が真面目でめったに叱られることはないからだ。
机の引き出しから「姫ちゃんの秘密の手帳」を取り出す。こっそりとメモを書き加えようとした。
「白石さん。何をしているのかな?」
いつのまにか、石山先生が机の前に立っていた。その視線は、美姫の膝の上の手帳。慌てて手帳を閉じるけれど、これじゃあ、授業中に手紙を回している他の子たちと同じだ。
教室内に失笑が洩れる。
「……ご、ごめんなさい」
二十点がパー。むしろマイナス百点って感じ。はぁ。ガンバだよ、姫ちゃんっ。
「その、気にすることないと思うよ。別に石山先生も怒ってるわけじゃないし。うちのお姉ちゃんなんか、いつも怒られてるんだから」
と後ろの席の男子が、励ましてくれたけど、落ち込んでいる本当の理由はマイナス二十点の方だったりする。
ちなみに、今までのワースト記録は、一億一千百二点である。でもそのマイナス一億点は、絶対にありえないと思っていたことがたまたま起きただけで、実は一億点ほどじゃなかったかもしれない。うーん。
体育の時間。一組二組合同でのサッカーの授業で、元気のない美姫を気遣って三月がくれたスルーパスが美姫の顔面に直撃して、保健室にへと運ばれた。
給食の時間。苦手な食パンと、嫌いなクラムチャウダーだった。
五時間目。算数の授業。宿題がたくさんでた。
班長会議。出席予定だった三月は「姫ちゃん、君に任せたっ」とか言って校庭に遊びに行ってしまった。その会議も、たいして重要な感じもなく、ちょっぴりむなしかった。
班長会議を終え、くたくたになって、美姫は家路についた。氷をたっぷり入れたミネラルウォーターを用意して、二階の自分の部屋に戻る。
ベッドに倒れこんで、いつものように「姫ちゃんの秘密の手帳」を開く。
通学路の電柱の広告。
あぁぁ、忘れてたぁぁぁ。ばたんきゅー。
「……はぁ。だめだめだぁ」
手帳を放り投げ、ため息をつく。マイナスだらけの得点が示すように、だめだめな一日だった。
寝っ転がったまま、昨日買った少女マンガ雑誌を、手を伸ばして取る。マンガ以外の記事をぼんやりと現実逃避をしながら見ていたら、ページの中ほど目立たないところに、今月号からひっそり始まった占いコーナーがあった。単純な十二星座占いだ。九月生まれの乙女座は……
☆ 今月の前半は空回りしそうな感じ。けど紅星の接近により、後半は運気が上昇しそうな予感。
今日は13日。今月の後半はまだまだこれからだ。
ふと雑誌の表紙を見る。どことなく黄色っぽく見えなくもなかった。
…………
もしかして、これが朝言っていた、ラッキーカラーだったのかも。そうだ。そうに違いない。
えへっ。
美姫は、やっぱり占いって当たるよねと満足すると、お母さんの夕食作りの手伝いに、キッチンへと向かうのだった。
私は占いを信じませんが、気にする人間です(分かりにくい)