ポンカンぽかーんと猫
僕は茶トラ猫。この世に生まれて3カ月と少し。チャットという名前があるよ。お喋りって意味があるらしい。でも、お喋りなのは飼い主のショウだ。事あるごとに僕に話しかけてくるからね。
(話の意味はよくわかんないけど、構ってくれるのは嬉しいよ?)
僕は飼い主の帰宅を待っていた。キャットタワーの3段目に登るのが難しい。不満を爪研ぎして紛らわす。
規則正しい足音が家の前で止まり、玄関がゆっくり開いた。
猫にだって、時計は読めるんだ。
午後7時に買い物袋の擦れる音がするってことは、学校から帰ったショウだな?
(む?)
疲れてるのかな。僕と目が合わない。帰ってきたら真っ先に僕を撫でてくれるのに、無視した。
(どうして? こんなに愛想振りまいてるのに)
まだ僕は1歳だぞ。可愛いんだぞ。撫でてよ。と言ってやりたいけど、人間の言葉を話せるほど器用じゃないから、ショウの後ろを着いて歩く。
「にゃあ(こっち見ろぉ)」
ショウは鞄を机に置くと、一呼吸置いてから僕を抱きしめた。
(なんだ、見えてるじゃないか)
ふふん。古から猫は人間の相棒だって、テレビで言ってた。
(悩み事があるんだろ、ショウ。言ってみろ。僕が聴いてやろう)
ショウの話を聴こうと耳をピンと立てる。頭を撫でる手が心地良い。しばらく触れ合いタイムを設けたあと、ショウは僕に悩み事を話した。
「好きな人からポンカン貰った……」
……、
…………。
ぽんかーん。
「なーん(だからなに)」
……心配したのに。
僕が呆れた顔をしたのを知ってか知らずか、ショウは鞄から丸くてツヤツヤのポンカンを出して頬を染めた。
「帰り道携帯で花言葉調べたら『花嫁の喜び』と『親愛』とがあってさ。どっちの意味だろ?」
……そこまで考えてないと思うよ。
急に僕を両手で持ち上げるショウ。キャットタワーの3段目に届きそうな位置に僕が来る。ドン引きの僕は、逃げる様にキャットタワーに飛び乗ろうとした。
(3段目、行けるかな?)
──距離が少しだけ足りない。床に華麗に着地して、失敗をなかったことにする。猫は人間とは違って、泥臭い事は嫌いなんだ。練習とか努力とか、しないよ。
(もっと大きくなったら自然とできるようになるもんね)
ショウは、呆れ返った僕の背中を追いかけて頭にポンカンを乗せた。やめろよぅ。
「何を返したらいいと思う、チャット」
それくらい自分で考えたら良いのに。僕はAIじゃないんだぞ。嘘も何も言わない。いや、言えないんだ。
(ポンカンどけて!)
重い。きっと果汁たっぷり含んでるんだろな。八百屋で買ったやつなのかな。僕も食べたいな。
「手紙……は重いし、食べ物はアレルギーとかあるかもしれないし、うう……困ったぞ」
はやく考えてポンカンを頭から退けて欲しい。僕の願いはそれだけ。きっとポンカンもそう願ってる。
(あー、もう限界だ!)
頭を振った。
転がるポンカンを大事そうに抱きしめながら、ショウが怒った。
「衝撃与えたら、痛むだろ!」
僕に乗せたのが悪い。
ふふ、ショウの場合は振られて衝撃を感じて、もう少し大人として熟れた方が良いかも。
(なんてね)
……そもそも、ポンカン食べられることに、悩むなんておかしいよ『貰った。食べる』それだけのことさ。
恋なんてもの、一口も齧れないのに『甘い』も『酸い』も無いよ。失敗したらぽっかり穴が空いて涙が止まらなくなるって……。
全部、テレビドラマで言ってた。
恋なんて絶対に食べちゃダメだな。アニサキスより痛くて危ないだろうからね。
そんなことより。
「なぁーん(ポンカンちょーだい)」
「……いつか食べなきゃなんだよなぁ……」
今食べようよ。新鮮な匂いがするよ。どうして今食べないんだ。おかしいぞ、ショウ!
(恋は胡椒や塩と違って物を腐らせちゃうの?)
バカげてる。
ポンカン。今なら最高に美味しく食べれるのに。食べない。変なの。
「にゃー!(変なのー!)」
ポンカン、今、美味しく、食べれるのに!
◇
結局、腐らせちゃったんだ。でも、なんか毎日嬉しそうに話しかけてくる。ポンカンくれた『彼女』ってものをショウが家に連れてきた。
おもてなしとして、キャットタワーの3段目に飛び乗ってみたら、成功したんだよ。凄くない?
あれ、見てなかったの?
ま。良いけどね。
おしまい
最後まで読んでくれてありがとうございます!
猫の日に用意する短編が何もなくて、今日になりました。楽しんでいただけたら幸いです。




