「重力魔法か!?」いえボディメカニクスです!――勇者に敗れ要介護になった魔王がポジティブ介護士の笑顔のケアに完落ちする
ポジティブ介護士・鈴木の異世界ケア無双、第二弾古龍編は短編小説『『飯はまだか!?』と認知症で火を噴く古龍、最強ポジティブ介護士のケアに心酔し完落ちする』にてお楽しみください。
魔王城最上階、かつて世界の半分を恐怖させた玉座の間は、今やどんよりとした悪臭と絶望に満ちていた。
カーテンは閉め切られ、豪華な天蓋付きベッドの上で、魔王軍第十三代総帥・ゼオンは虚空を仰いでいる。
「……殺せ。……殺せ。こんな姿を晒すくらいなら、いっそひと思いに断罪の剣を……」
勇者に敗北し、魔力を封じられ、さらに後遺症で手足の自由を失った。自力で寝返りさえ打てない。食事も喉を通らない。誇り高き魔王にとって、それは死よりも残酷な「要介護状態」という現実だった。
だがその時、重厚な扉が景気よく跳ね飛ばされた。
「おはようございまーす! 失礼しまーす! 今日から担当になりました鈴木です! さあ、お部屋を明るくしましょうねー!」
突如として乱入してきたのは、やけに姿勢が良く、半袖のポロシャツにチノパンという軽装の男だった。
――鈴木(32歳)。
異世界から召喚された彼は、かつて「百人の入居者を職員一人で回す」というブラック老人ホームで戦い抜いていた、地獄帰りの介護福祉士である。
鈴木は魔王が放つ禍々しい殺気など一瞥もせず、迷いのない足取りで窓際に歩み寄った。
「何だ貴様は!? や、やめろ、来るな人間! 余の闇に触れれば、貴様の精神など一瞬で——」
「はい、カーテン開けますよー! それっ!」
躊躇なく鈴木が思い切りカーテンを開けると、部屋の中にパッと光が差し込む。
「ぐああああっ!? 聖なる光か!? 目が、目がぁ!」
「あはは、魔王様お元気ですね! 目ヤニも出てませんし、視覚への反応もバッチリです!」
のたうち回る魔王に、鈴木は太陽のような100点の笑顔を向けた。
そして介護のプロとしての鈴木の目は、魔王の威嚇などスルーして、一瞬で「全身の筋肉の強張り」と「血色の悪さ」を見抜いていた。
「あー、魔王様、まだお若いのに随分と肩が凝ってますねぇ。これじゃあ呼吸もしづらいはずです。ちょっと失礼しますよ?」
「な、何を……、触るなと言って……、ひぎゃっ!?」
鈴木の指先が、魔王の首筋の「ツボ」に深く食い込む。
(……ば、馬鹿な!? 物理攻撃が通らないはずの余の魔甲殻を、指先だけで貫通しただと!? こいつ、何という暗殺拳を——)
「はい、深呼吸してー! 吸ってー、吐いてー!」
「ふ、ふーっ……、はぁ……。……っ!?」
(なんだ……? 肺に、空気が入ってくる。重苦しかった胸が、驚くほど軽い……!?)
鈴木の「介護のプロとしての鋭さ」は止まらない。
彼は魔王の顔色を数秒見つめただけで、ハキハキと告げた。
「魔王様、昨夜はあまり眠れませんでしたね? 枕の高さが合ってません。これだと頸椎を圧迫してしまいますから。よし、まずは『ポジショニング』から始めましょう!」
「ぽじ、しょ……? 貴様、余にどんな禁呪をかけるつもりだ……!」
魔王は戦慄した。この男、たった数分で余の弱点をすべて見抜き、完全に主導権を握っていやがる。
「安心してください、魔王様! ブラック施設で鍛えた僕の技術は、死ぬより気持ちいいですよ!」
「や、やめろ、笑顔が怖い! 来るなーっ!」
こうして世界最強の魔王と、最強のポジティブ介護福祉士による、二十四時間体制の戦いが幕を開けたのである。
「さて魔王様! ずっとベッドの上では体が固まってしまいます。車椅子に乗って、お庭までお散歩に行きましょう!」
「断る! 余を動かしたくば、精鋭一万の軍勢を連れてくるがいい! この巨躯、人間一人の腕力で何とかなるはずが——」
「はい、ちょっと失礼しますよー。よっこらしょっと!」
鈴木が魔王の脇に手を差し込み、自身の膝を支点にスッと腰を浮かせた。
次の瞬間、魔王ゼオンは己の感覚を疑った。
重厚な鎧(いまや寝間着だが)に包まれた百キロを超える巨体が、羽根のように軽く宙に浮いたのだ。
「なっ……!? もしや重力魔法か!? 貴様、無詠唱でこの場の質量を操作したというのか!」
「あはは! 重力魔法だなんて、ただの『ボディメカニクス』ですよ! 支持基底面を広げて重心を移動させただけです!」
「ぼ、ボディ……、メカ……? 空間を歪める秘術の類か……。余の体が、吸い込まれるように椅子へ収まっていく……!」
車椅子に深く腰掛けた瞬間、魔王はかつてない安堵感に包まれた。絶妙な角度、体圧を分散させるポジショニング。屈辱に震えるはずの心が、驚くほど安定した体幹に「……心地よい」と白旗を上げそうになる。
「触るな! 近寄るな! 余の呪いで貴様の指など腐らせてくれるわ!」
「いいですね、元気があって素晴らしいです! その調子で足もしっかり動かしていきましょうね!」
魔王が全力で放つ覇王の殺気を、鈴木はまばゆい100点の笑顔で完全無効化した。
(な、何なんだこの男の精神耐性は……!? 余の負のエネルギーをすべて正のエネルギーに変換して返してくる。眩しい……。このポジティブな波動、もはや高度な精神汚染だ……!)
さらに鈴木は、動揺する魔王の顔のすぐ近くまで、ゆっくりと顔を寄せた。
「魔王様。俺は、魔王様にまたご自分の足で歩いてほしいと思ってるんですよ」
至近距離で優しく目を見つめ、安心させるように背中をゆっくりと撫でる。
フランス発祥の包括的ケア技術、『ユマニチュード』。
(な、なんだ…、…怒鳴る気力が失せていく。この慈愛に満ちた眼差し……、背中から流れ込んでくる温かな魔力……。こいつ、余の憎しみを抽出して浄化しているのか……!?)
魔王の瞳から、スッと険しさが消えた。プロの介護福祉士による「寄り添い」は、勇者の聖剣よりも深く魔王の心を貫いたのだ。
「さあ、お散歩の前に『お口の体操』です! 飲み込みを良くしてご飯を美味しく食べるための儀式です! パタカラを5回言いますよ! 僕に続いてーパ、タ、カ、ラ!」
「パ、パタカラ……? 断る! そんなふざけた呪文、余が口にするはず——」
「はい、パ! お口を大きく開けてー!」
「パ、パッ……!」
「タ! 舌を上に!」
「タ、タァ……!」
鈴木のハキハキとした誘導に、魔王の口が勝手に動く。
(おのれ、これは言霊の呪いか! 喉の筋肉を強制的に収縮させ、魔力の暴発を防ぐ封印術に違いない。……だが、なんだ。パタカラと言うたびに、こびりついていた喉の不快感が消えていく……。次に運ばれてくる食事が、楽しみになっているだと!?)
屈辱だ。こんな人間に介護されるなど、魔族の面汚しもいいところだ。
そう思う反面、魔王の体はかつてないほど「生」の喜びに震えていた。
「よし、完璧です魔王様! これで嚥下機能もバッチリですね! また食事前にやりましょう!」
「……ふん。スズキよ。貴様の禁呪、少しは認めてやらんこともない」
車椅子の上で、魔王は少しだけ誇らしげに胸を張る。
その顔に、絶望の影はもうなかった。
――鈴木が来てから数日が経過。
「魔王様ぁ! お助けに参りましたぞ!!」
爆音と共に、部屋の重厚な扉が再び吹き飛んだ。
乱入してきたのは魔王軍が誇る最強の守護者、四天王たちだ。漆黒の鎧を纏った暗黒騎士、禍々しい杖を携えた大魔導師。彼らは主君の危機を察知し、血相を変えて武器を構えていた。
「魔王様を弄ぶ不届きな人間め、その首跳ね飛ばして——」
「あ、面会の方ですね! こんにちはー!」
殺気渦巻く戦場を、鈴木のハキハキとした声が真っ二つに割った。
鈴木は攻撃魔法の構えをとる大魔導師の前へ、一切の躊躇なく歩み寄る。
「はい、皆さんまずは立ち止まって! 入室前の検温と手指消毒をお願いしまーす! ほら、そこの鎧の方も手を出して。シュッ、シュッですよ!」
「……は? け、検温? 手指、しょうど……、えっ?」
あまりの勢いに、暗黒騎士が呆然と手を出した。
鈴木は手慣れた手つきでアルコール(魔界特製・聖水配合)を噴射し、非接触型体温計を四天王の額に突きつけた。
「はい、三十六度五分! バッチリ大丈夫です! でも、そんな物騒なもの(剣)を持ってると、魔王様がびっくりしてリハビリの妨げになっちゃいます。面会台に置いてくださいね!」
「貴様……、我ら四天王に向かって何を……!」
「しーっ! 静かにしてください! 今、魔王様は人生の大一番、『立位と歩行訓練』の真っ最中なんですから!」
鈴木の放つ圧倒的な現場の主導権に、百戦錬磨の四天王が気圧される。
彼らが視線を向けると、そこには信じられない光景があった。
車椅子から立ち上がり、鈴木の肩を借りてプルプルと震えながら一歩を踏み出そうとする魔王ゼオンの姿。
「……ぬ、ぬぅ……。パ……、パタカ……」
「そうですよ魔王様! 最後はパタカラの「ラ」です! 舌をしっかり巻いて! ほら、皆さんも応援してあげてください!」
鈴木の明るい声に、四天王たちは混乱した。
自分たちの偉大なる主君が、人間の男に支えられながら、「パタカラ」なる謎の呪文を唱え、必死に足を動かしている。
(な、なんだ……、あの人間の男から溢れるオーラは。主を支配しているのではない……、包み込んでいる!?)
(魔王様のあんなに必死な、それでいて希望に満ちた瞳……、数千年の付き合いだが、初めて見たぞ……。あれは、新たな力を得るための、過酷な修行なのか!?)
鈴木は四天王の肩をポンと叩き、100点の笑顔で寄り添った。
「皆さん、魔王様のことが大好きなんですね。わかりますよ。でもね、一番の薬は『皆さんの応援』なんです。さあ、魔王様の足が出やすいように、手拍子をお願いします! はい、さん、はい!」
「あ、はい……。パ、パン、パン……」
「が……、頑張ってください、魔王様……!」
いつの間にか、地獄の業火を操るはずの四天王たちが、鈴木の指揮下でリズムを取り始めていた。
「ぬ、ぬううっ……! 見ておれ配下どもよ! 余は……、余は今、この『リハビリ』という名の試練を乗り越え、更なる高みへと至るのだぁーっ!!」
一歩。また一歩。
魔王の足が、確実な足取りで絨毯を踏みしめた。
「できましたね魔王様! 素晴らしい! さすがは魔王様です! まずは自力で車椅子へ移れるように、これからもリハビリしていきましょう!」
「うおおおおおっ! 魔王様が歩かれたぞーっ!」
「感動した! 貴様、人間……、いや、スズキ殿と言ったか! 魔王様をここまで導くとは、貴公こそ真の聖者だ!」
血気盛んだった四天王たちの目には、いつしか感動の涙が浮かんでいた。
最強の介護福祉士・鈴木による「寄り添う姿勢」を見せた介護は、魔王軍の軍事力を一夜にして「最高の介護チーム」へと変貌させてしまったのである。
――それから数週間後。
魔王城の庭園には、かつての禍々しさは微塵もなかった。
そこには、最新式の魔導車椅子(四天王の魔導師が開発、衝撃吸収100%)を颯爽と乗りこなし、背筋をピンと伸ばした魔王ゼオンの姿があった。
「スズキ! 次は、あの『レクリエーション』という名の修行をやるぞ。例の魔導拡声機を用意せよ。余の魔力(歌唱力)の真髄をまた見せてやる!」
「あはは、魔王様お元気ですね! でも一曲歌ったら、しっかり水分補給しましょうね。脱水には注意ですよ!」
鈴木は相変わらずの爽やかな笑顔で、魔王の傍らを歩く。
実は鈴木がこの世界に召喚されたのは、魔王軍が放った「起死回生の救済魔法」が原因だった。敗北直後の魔王軍が「今の絶望的な状況を打破できる、最強の精神救済スキルを持つ異界の賢者を!」と願った結果、辿り着いたのが、『元ブラック施設・深夜ワンオペ中』の鈴木の背中だったのだ。
ブラック環境で培った「どんな無理難題も笑顔でさばくスキル」と「極限状態でのQOL向上術」は、異世界から見れば救世主の奇跡そのものだったのである。
そんな平和なひと時を切り裂くように、聞き覚えのある声が響いた。
「魔王! 息の根を止めに来たぞ! ……って、ええええええええ!?」
再戦を挑みに来た勇者が、絶句して剣を落とした。
彼が見たのは、庭で「ラジオ体操第一」に励むスケルトン兵たちと、ボランティア活動(草むしりや花壇の手入れ)に精を出す四天王、そして鈴木に褒められて「ふふん、もっと褒めよ」と照れている健康的な魔王の姿だった。
「なんだ勇者か。今はレクリエーション中だ、邪魔をするな。戦いたいなら、あちらの『面会受付』で予約を取ってからにしろ。あと、検温と手指消毒を忘れるなよ」
「あ……、なんか、すみませんでした……。お大事に……」
毒気を抜かれた勇者は、そのままトボトボと帰っていった。剣よりも強い「平穏」という名の圧倒的な力の前に、闘争心は完全に消滅したのである。
後日、魔王城は大規模なバリアフリー改修工事が行われ、世界最高のケアホーム『魔王の家』へと生まれ変わった。魔族も人間も、病める者も老いた者も、鈴木のケアを受ければ誰もが笑顔で前を向く。
「スズキ殿、入居希望者が百名を超えました!」
「はいはーい! 受け入れ態勢はバッチリです! 新しい職員さんたちも先輩たちと共にしっかり育ってますし、今日も入居者の皆さんを笑顔にしちゃいましょう!」
かつてのブラック施設では流れ作業的な業務で、いくら頑張っても感謝の言葉すら届かなかった。だが今は違う。魔王をはじめ、誰もが自分を必要としてくれる。
青空の下、元気に歩行訓練に励む魔王を見つめながら、鈴木は心の底から思う。
「あー、やっぱり介護の仕事は好きだなー!」
その笑顔は、どんな魔法よりも眩しく、異世界の未来を照らしていた。
(完)
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介護現場で戦っている方々へのリスペクトを込めて書かせていただきました。




