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木曜のベンチ

作者: つな△まよ
掲載日:2025/11/24

ふたりの沈黙は、友だちのかたちをしていた。

群青に橙が滲む空の下、

住宅街ではぽつりぽつりと明かりが灯りはじめ、

街灯が小さな公園にも静かに光を落としていた。


遠くから、十七時を告げる鐘の音が微かに響く。


小さな公園には、小さな滑り台と砂場。

人工木の白いベンチがふたつ並び、

秋の空気にさらされて、表面はひんやりとしている。


そのベンチには、ふたつの人影が座っていた。


「友だちなんていない」


空の缶をベンチの隅に置いて、少年がぽつりと呟く。

隣に座る男性は、空きかけの缶コーヒーを指先でゆっくり揺らした。


***


閑静な住宅街の片隅。

大きなマンションの前にある小さな公園には、

毎週木曜、夕暮れ時になると必ず姿を見せる影がふたつあった。

ひとりの男子中学生と、ひとりの社会人男性。


どちらかが公園に着き、

少ししてからもう片方がやってくる。

順番は日によって違うが、その流れはいつも同じだった。


今日も男が仕事帰りに公園へ足を向けると、

ベンチにはすでに少年の影があった。


少年は俯いていた。

落ち着かない様子で、両足をぶらぶらと揺らしている。


男の革靴が砂を踏み締める。

ザッ、ザッ。

少年はハッと顔を上げた。


小さく息をつき、男は右手を上げて言った。

「よっ」


控えめに微笑む男の顔に、

少年の口からぽつりと声が落ちる。


「……お兄さん」


男は少年の横にゆっくりと腰を下ろすと、左手を差し出した。

その手の中には、二つの缶。


「コーヒーとお茶。どっちがいい?」


覗き込まれ、少年は眉を下げた。

だけどどこかうれしそうに笑って、男の手から「お茶」を受け取った。


「どっちがどっちなんて、もう決まってるじゃん」


「ばれたか」


男がくすりと笑うと、少年も肩を揺らして笑った。


「いただきます」


カシュッ。


スチールが弾き合う音が響いた。

少年は首を逸らしてゴクゴクと喉を鳴らす。

缶から口が離れると、白い吐息が滲んだ。

横でもうひとつ、カシュッと音が鳴る。


ひとくち、ゴクリとコーヒーを飲んだ男。

その苦さを味わうように、そっと缶を離した。


「今週はどうだった?」


空いた膝の間にコーヒー缶をぶら下げたまま、

男が柔らかな声で尋ねた。


さっきまで頬を緩ませていた少年は、その言葉に顔を曇らせる。

口先は少しだけつんとしていた。


「最悪だった」


吐き捨てるように、少年は言った。

男はコーヒー缶を、空気を撫でるようにそっと揺らした。


「イタズラに付き合わされて、先生に怒られた」


少年は地面を睨みつけて紡いでいく。

男はその言葉を、ただ静かに聞いていた。


「やるなんて言ってないのに、やるのが当然って感じで来られて。しかも数人で」


「やだって言いにくいし。それで仕方なくついて行ったら、

何もしてないのに一緒に怒られて——」


一瞬、男がちらりと目を逸らした。

地面を見据える少年は、さらに深く眉をひそめ、息を全て吐き出すようにこぼす。


「本当にサイアク」


男の視線がゆっくりと少年へ戻っていった。

そして、静かにコーヒーをひとくち飲む。


「そりゃ、大変だったな」


それだけを言って、男はまたコーヒーを口に運んだ。


「うん……。反省文も書かされた」


「ははっ、今でもあるんだな。反省文」


「笑いごとじゃないってば……」


目を細め、いつもより少し大きな声で笑った男を、

少年はじろりと見た。


「わるいわるい」


そう言う割に、目尻にはシワが刻まれていて、

大して悪いと思っていなさそうだった。


少年はお茶をグイッと飲み干し、小さく息をつく。


空になった缶をベンチに置いて、遠くを見つめる少年。

男はそんな少年を横目に、缶を口へ運んだ。


少年の沈黙の先にある言葉を、

男はただ静かに待っていた。


「……友だちって、なんなんだろう」


数秒の沈黙のあと、

ぽつりと少年がつぶやく。

男は息を吸い込み、ゆっくりと空を仰いだ。

少年の目は、男を映していない。


「本音も言えなくてさ。

周りに合わせてるだけなのに、それでもあいつらは『友だちだろ?』って言うんだ」


「オレの気持ちも知ろうとしないくせに」


小さな影が沈んでいく。

大きな影がわずかに揺らめいた。


「友だちのフリをしてるだけ。

誰ひとりだって、本当のオレを知らない」


胸の内をこぼしながら、

少年は自分を抱きしめるように膝を引き寄せた。

再び少年へ視線を戻した男の指先は、缶の表面をなぞっている。


「そんなの、友だちって言えないだろ」


少年の息が小さく跳ねた。

震える声を隠すように膝を抱えたまま、顔を埋める。

遠くから、鐘の音が聞こえてきた。


「オレに——友だちなんていない」


か細く、くぐもった声。

枯葉混じりの秋風が、ふたりの髪を揺らす。


男は少年を見つめながら、

空きかけの缶コーヒーを指先でそっと回した。

そして、覗き込むように体を傾け、静かに言う。


「俺は友だちじゃねーの?」


少年はぴくりと肩を揺らして、

ゆっくりと顔を上げた。


「……え?」


丸い瞳で男を見つめ、

わずかに開かれた口から息が漏れたまま、言葉が出てこない。

その顔を見て、男はふっと笑みをこぼす。


少年の戸惑いを和らげるように、

男はふっと空を仰いだ。

その口元を緩ませたまま、言葉を続ける。


「毎週こうやってさ、気兼ねなく話してんだ」


「俺はお前の気持ちを知ってるし、お前も俺に本音を話せてる」


少年は男を見つめ続けた。

一瞬、視線を追うように空を仰ぐと、

橙を溶かした空に、白い月が姿を現している。


視線を戻すと、

男の視線が少年をやわらかく見つめていた。


カランッ。

金属の音が響き、少年は振り返る。

お茶の缶が地面に落ち、男の足元まで転がっていった。

男は身を屈め、缶に手を伸ばす。


「さっきお前が否定したこと、当てはまってんだ」


そして体を起こしながら、穏やかな声で言った。


「なら——友だちだろ?」


拾い上げた缶を持ったまま、

男は自分のコーヒーをぐっと飲み干す。

そのまま少年の缶も手にまとめた。


カツン。

金属の弾く音が、男の手の中に溶けていった。


少年は静かに微笑む男を、ただ瞳に映す。

しばらくして——


「そっか……友だち、なんだ」


胸の奥に染み込ませるように、少年はそっとつぶやき、前を向いた。

その口元は、わずかに弧を描いている。


男も少年の顔に目を細め、公園を見つめる。

薄暗くなった公園を、あたたかな光が包み込んでいた——。

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