ねえこのこ
「昨日から猫を飼い始めました。本日猫は天国に旅立ちました。
おじさんにそう書けと言われました。死ぬという言葉をなるべく使うなと教わりましたが難しいので僕向けにも日記に残しておきます。
もういつ死んでもおかしくない黒猫を飼いましたが一日で死んでしまいました。」
とても印象的な日記が出来ました。これでおじさんも笑ってくれるでしょう。怒られました。まだ5歳のお前には分からないだろうけど、死ぬ事をぞんざいに扱うなと。死んだことないのに何を知っているのでしょうか。命の大切さを学ばせるために飼うって息混んでいたのにこの様です。さて、死体は腐って臭くなるらしいので僕の部屋から片付けないと。嫌だなぁと嘆きながら部屋に戻ると死体がありません。代わりに僕より5歳ほど下の人が泣いています。泣き声に釣られおじさんも様子を見に来ました。なんだそれと口を大きく開けてアホみたいな表情していました。猫って、死ぬと人間になるみたいです。
おじさんに教わりながら赤ちゃんのお世話をします。泣いてたら頭を撫でる。手を皿のようにしてミルクを注いで飲ませる。赤ちゃんって面倒くさいんだね。お前も3年前までこうだったと。僕はこんなに手足も小さくないですしずっと賢いんですよと威張りました。そうだねと流して赤ちゃんを抱っこしてる笑顔のおじさん。僕も抱っこして欲しいと嫉妬で口を膨らませます。この赤ちゃん、嫌いです。
1年が経ち僕も6歳になりました。赤ちゃんだった猫も僕と同じ位の身長になりました。早い成長に少し焦りましたがまだうまく喋れないようです。漢字もまだ書けません。僕の方が賢いです。そんな僕への仕返しなのでしょうか、今まで頭を撫でてていたのを逆に撫で返されます。おじさんのように
「かわいいね かわいいね」
と呪文を唱えながら。腹が立ちます。でも僕は大人なので許します。
この猫だった赤ちゃんはそろそろ赤ちゃんと呼べなくなるらしいです。なので名前をつけてあげる事にしました。猫だったので「ねえこ」。完璧な名前です。
大変です。身長を抜かされて漢字も書けるようになってしまいました。僕より賢いのかもしれません。しかも僕に名前を付けてきました。
「猫だからねえこなら 人だからヒイトだね」
完璧な名前です。おみそれしました。
「でもそれじゃつまらない 健やかに生きて欲しいから健やかと人で健人はどうかな」
究極完璧な名前です。僕はねえこに負けました。これから健人として生きていきます。
「それじゃ健人 私の事好き?」
嫌いです。僕より賢くなってむかつくので。もっと勉強してまたねえこに勝ちます。そしたら好きになるかもしれません。
「素直じゃないな 私は健人もおじさんも愛してるよ」
いつの間にかいたおじさん。デレデレと気色悪い顔をしています。僕ならそんな顔絶対にしません。
7歳になりました。誕生日に今までより豪勢な食事を用意されました。
「私も手伝ったんだ!7歳の記念にいっぱい食べて!」
調子こいてんじゃねえぞと顔で言って、ねえこが手伝ったシチューを飲みました。とても美味しかったです。そして今日は特別な人を連れてきたと言うおじさん。知らないお姉さんが僕を後ろから抱きしめてきました。
「ずっと会いたかった!健人っていうんだよね!これからよろしくね!」
誰なんですかと警戒した猫のポーズで訴えます。
「あなたのお姉ちゃんよ!」
お姉ちゃん。居たんですね。ねえこで十分だったのに。これから一緒に暮らしていくらしいです。ねえこだけでも大変なのに。
僕のお姉ちゃんは僕より7歳上みたいです。にしてはねえことそんなに変わらないように見えます。どっちが老けてて、どっちが幼いのか分かりません。分かるのは僕が一番下に見られていること。今にみてろよ。僕だってまだまだ身長伸びるんだ。身長を伸ばすためにはミルクだ。ねえこが手を皿にして僕にミルクを飲ましてくれる。いつの間にかこの行動でさえ逆転していたが、勝つためだ手段は問わない。
「お姉さんもやってみます?」
「いや…いいかな」
お姉ちゃんは少し距離をとった。もしかしてこれって恥ずかしい?
あれから長い月日が経った。ねえこはおじさんと一緒にいる事が増え、お姉ちゃんが僕の勉強を見てくれていた。僕も14歳になり、昔の事を思い出すと恥ずかしいとしか思えなくなっていた。お姉ちゃんがよく手にミルクを入れて差し出してくるがもういじらないで欲しいと泣きたくなる。
「健人ってさ 好きな子っている?」
人里離れたこの家から出たことのない僕にとって、好きな子はお姉ちゃんかねえこの二択しかなかった。しかし血の繋がった家族は結婚してはいけないというので、これはねえこの事をどう思ってるかという問いなのかと考える。敢えてお姉ちゃんが好きと言ってみた。めちゃくちゃに喜んでいた。もしかして意図はなかったのかもしれない。色々考えて答えたのにな。ちょっと悔しがっているとねえこがこちらを見ていたことに気づいた。ねえこの事が好きかと言われると正直、そんなでもない。見た目はお姉ちゃんよりも大人になってしまっていて、僕はものねえこに勝てないって考えてから競争心もねえこに向ける感情も薄れていっていた。
翌日、ねえこが姿を消した。おじさんも何も聞いていないらしい。明日になっても、1週間経っても、1年経っても帰ってこなかった。
ねえこが居ないこの家は、なぜかすごく広く感じて。気づいたらねえこを探してる。視界に入れないと落ち着かない。今まで居たものが急に居なくなるとこんなに寂しいんだって。この一年痛感した。おじさんもお姉ちゃんも心配してた。僕がお姉ちゃんの方が好きと言ってしまった所為だ。ねえこの事だって大切だし、ねえこの事は…好きだ。愛してる。今なら正直に言えるから。だから帰ってきてよ、ねえこ。
それから3年が経った。未だにねえこの事を引き摺っている。僕が5歳の頃に産まれたねえこ。成長が早過ぎると思っていたが、形は人でも生き方は猫のままだったんだ。猫の寿命は13年らしい。ねえこももうそれくらいになってしまう。もう死んじゃっているかもしれない。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。どうしてもっと早く好きと素直に言えなかったんだろう。毎日毎日後悔して、枯れるほど泣いて。たまにおじさんかお姉ちゃんが慰めに来る。一回知らない人が来た時もあったが、泣いてる僕を見て一緒に泣いてくれた。
もう諦めていた。いつまで経っても気持ちの切り替えが着かなかった。そんなある日、部屋に戻ろうとすると何か音がする。泣き声にも聞こえた。啜り泣く、悲しさが伝わってくる音。僕の部屋から? 恐る恐る扉を開ける。
何かが僕の寝床の上で泣いていた。目元を大きめのフードで隠し、とても長い2本の尻尾で体を隠している。
「もしかして…ねえこ?」
「もう…ねえこじゃありません」
「ねえこだ!ねえこだよ!ずっと会いたかった!」
否定されても匂いで分かった。ねえこが帰ってきてくれた。僕は思いっきし尻尾ごと抱きしめた。
尻尾で隠されていた体はしわくちゃで。これ以上の力を加えると潰れてしまうんじゃないかと思えるくらいに萎みきっていた。ねえこは一瞬驚いて、一瞬嬉しそうな顔をして。寂しそうな表情をして口を開けた。
「今までごめんね どうしたら健人に見てもらえるか色々試していたのにもう手遅れになっちゃった」
「手遅れなんかじゃない!」
僕は今までで一番大きな声を出した
「ねえこは…どんな姿になってもねえこだもん…」
枯れていたはずの涙を流しながら
「今までも…ずっとねえこの事愛してた…気づくのが遅すぎてごめん…」
ねえこも、泣いていた。予め健人に伝えたかったことを用意してたのに、それどころじゃなくなっていた。
「健人…嬉しい…!」
ねえこの体が徐々に薄れていく。その事に気づいた健人は、隠されていたフードを開けて、お婆ちゃんになってしまったねえことしっかり見つめ合う。
「最後にこの部屋に来られた事 産まれた場所に戻って来れた事 奇跡に感謝しなきゃね」
「これが奇跡なら また会えるよね!」
健人は深呼吸して、ねえこの手を強く握りしめて言った。
「また会えたら 僕と一緒に生きてくれませんか」
ねえこは嬉しそうな表情を見せ、手を強く握り返した。
「… …」
何かを言うと同時に消えてしまった。健人はねえこがいた筈の、握っていた手を見つめ呟いた。
「約束だよ」




