前世を思い出したので、婚約を白紙にしますわ!
毎週水曜日は、婚約者であるキルパトリック伯爵家のご令息、ノーバート様との昼食会の日です。
けれど、わたくしにとりましては、胸の奥が重く沈むばかりの時間でございます。
クラスメイトの皆さまは、週に三度も婚約者と昼食を楽しんでおられますのに、わたくしには週に一度でも、肩身の狭い時間でございます。
ファリーナ王都立高等学校への入学と同時に結んだ婚約の相手であるノーバート様は、婚約して数か月はとても優しかったのですが、夏季休暇を挟んで再びお会いした折には、驚くほどよそよそしくなっておられました。
それ以来、婚約者同士の親交を深めるはずの昼食会に、別のご令嬢を伴って現れるようになったのです。
彼とご一緒にいる令嬢は日替わりでございましたが、最近はクーリッジ子爵家のエリカ様、あるいはラガト男爵家のブリタニー様とご同席されることが、すっかり常となっております。
本日のお相手はエリカ様です。
「ご、ごきげんよう、ノーバート様……エリカ様」
お声をかけましても、ノーバート様は目を合わせてくださることすらなく、まるで空気のように扱われてしまいます。
それでも、わたくしは何も申し上げられません。ただ、こうしていれば皆さまに迷惑をかけずに済むのだと、そう思うようにしております。
エリカ様は勝ち誇ったように微笑み、ノーバート様の腕へ胸を寄せて、絡みつくようにしていらっしゃいます。
挨拶は形ばかりで、意味を成しませんのに、黙っておりますと、今度は罵りが飛んでまいります。
「鈍間」「気が利かない愚図」「つまらない女」等々。はじめて耳にした折には、理解も追いつかず、呆然としたものです──今までそのような言葉をかけられたこともなかったので。
その際、ノーバート様は鼻でお嗤いになりました。
ああ、思い出すだけで、胸がきゅうと締めつけられ、涙がこぼれそうになり……鼻の奥がつんと痛みます。
こうして涙が出そうになるのを必死に堪えているうちに昼食は終わり、わたくしはデザートを遠慮して席を立ちました。もっとも、わたくしの分など最初から用意されてはおりません。
ノーバート様曰く、わたくしは太ましいゆえ、食を控えよとのことで控えざるを得ないのです。
「ミレイユ!」
渡り廊下に出たところで、幼馴染のライオネルに呼び止められました。
彼は学園の騎士科に属しており、淑女科のわたくしとは授業が被りませんけれど、昼食の折にはよく声をかけてくださいます。
幼い頃から共に過ごしてまいりましたので、きょうだいのような間柄でございます。
「お前、今日は『なよなよ』と飯食う日だろ。まだ昼休み時間は半分も残ってんのに、なんでここにいるんだ?」
ライオネルは、ノーバート様のことを「なよなよ」と呼んでおります。
「あの、その……それが……今日は、エリカ様と……」
「チッ。あのクズ……まじで何考えてんだ。クソが。いっぺんシメるか……」
わたくしが言い淀みますと、ライオネルはぶつぶつと不穏なことを呟きました。
「そんなことを言ってはいけないわ」
「つうか、お前さ、マジで親父さんに相談しろよ。あんなドクズと結婚したら幸せになれないぞ」
屈んで目を合わせるライオネルの声は、説得というより懇願に近うございましたが、わたくしはとっさに首を振りました。
「でも、結婚したら変わるかも知れないもの。……殿方は結婚前に奔放だとよく聞くし」
「は? よく聞くって、どこ情報だよ」
「ええと、愛読書の『赤薔薇の咲き乱れる復讐の園』でグラジアノ夫人が──」
「なんだそのふざけたタイトルの本は……っ! んなもん読むな!」
ライオネルはガシガシと頭を掻きながら、続けて言います。
「お前を見てるとイライラする! 嫌なことは嫌って言えよ! なんでもかんでものみ込むな! ──……頼むから、助けてって言ってくれよ……」
言葉の終わりで何かを呟いた彼の声は、正確に聞き取れませんでした。
「ライちゃん、ごめんなさい。よく分からないけれど、わたくしのせいで怒っているのよね?」
「分からねえなら謝んな! あと、『ライちゃん』って呼ぶな!」
彼はそう言って、びゅーんっと廊下を駆けていきました。「ばーか!」と捨て台詞を残すのは昔から変わりません。
「……はあ」
すごい速さで姿が消え、彼の影が見えなくなってから、わたくしはため息をつきました。
わたくしの察しの悪さが、さまざまな方を苛立たせているのだと思えば、ため息は止まりません。
と、その時。
頭上から容赦なく冷水が降り注ぎました。
びしゃりと大きな音を立て、制服も髪も、瞬く間に水を含んで重くなります。
絹のリボンが肌に張り付き、冷たさが背筋を突き抜けました。
ぽたぽたと雫が顎から滴り落ち、視界が揺らぐ中、上からくすくすと忍び笑いが聞こえてまいります。
顔を上げれば、バケツを手にしたブリタニー様とそのご友人方が、愉快そうに笑い転げておられました。
濡れ鼠のように立ち尽くすわたくしの姿が、彼女たちにはこの上なく面白おかしく映るのでしょう。
「……っ」
頬が熱くなりました。
恥辱に耐えねばならぬと、奥歯を噛み締めます。
そして、胸の奥で何かが軋むのを覚え、わたくしは──
ううん、あたしの胸の奥に沈んでいた『何か』が、冷水の衝撃で弾け飛んだ。
そして、とある夏の景色が脳内で再生された。
真夏の蝉の声。畳の匂い。
お母さんの作る冷やしそうめんとお父さんの笑い声。優しいお兄ちゃんと、年の離れた可愛い妹。じいじの皺くちゃな手。ばあばが作る固めのプリン。
制服の裾を揺らしながら歩いた通学路。教室でこっそり交わした手紙。
そして、浮気をした彼氏に拳を振り下ろした日。涙ではなく拳で頬を打ち、堂々と別れを告げた、あの日。
縋りつく彼を、虫けらを見るように見下ろしたあの光景まで、鮮明に蘇った。
そう、日本で生きていた、もう一つの人生を、あたしは、今、思い出した。
あたしの記憶はブレザーを着ていた高校時代までで、それ以降は途切れている。二十年も生きていない若輩者で、今のミレイユとほとんど同じ年齢だ。
そんな小娘のあたしだけど、はっきり分かることがある。
だって、あたしは大切に育てられてたし、愛されることを知っている。
今だって、かなり大事に育てられた自覚はある。
まあ、その感謝の気持ちのせいで今世のお父様に婚約者のことを言えなかったんだけど……。
でも、『今』なら、分かる。
あたしが──ミレイユ・スノウが、受けている屈辱を「仕方ない」と飲み込む必要なんて、どこにもないんだ、って。
あたしは、自分の中で手持ち花火に火がついたように、怒りやらやる気やら、熱のようなものが一気に噴き出すのを感じた。
そして、今までのミレイユがしなかった表情で口を開く。
「ブリタニー様、あなたの愚かな行いのせいでラガト商会に商品が入らなくなるってお父上にお伝えあそばして?」
話すと、お嬢様言葉が継続しているのは、この体にそれが染みついているからだろう。
うん、超便利〜! なんて思っていると、ブリタニーの笑みが凍りついた。
そりゃあそうだよね。なんてったって、ミレイユ・スノウ(あたしのことね!)は、王都一ステータスなスノウ商会の大会長の孫だもん。
これまで(旧ミレイユ)は権力も圧力も振るわずにいたけれど、前世を思い出したあたしは違う。
これからはお祖父様の権威だろうが何だろうが全部、使ってやるんだからねー?
「な、何を……え、なんで……」
「ああ、あとジャッキー様に、バーバラ様に、オクタヴィウス様のお三方もお覚悟を。後で家から抗議文を送りますので」
「え……」「う、嘘」「……嫌」
取り巻きたちの顔色の悪さを見て、ほんっと、馬鹿だなあって思う。
まあ、大人しくしていたミレイユも悪いのかも……と一瞬よぎったけれど、いやいや、悪いのは虐める側に決まってる!
全世界で、虐めは犯罪ってことをそろそろ意識統一した方がいい。
あたしは濡れた制服の裾をつまみ、軽く水を払う。
冷えた布が肌に張り付く感触すら、もう気にならない。
「謝らないでくださいましね? 許しませんから。あなた方に残るのは嘲笑と汚名だけですわ。ふふふ」
口元に笑みを浮かべて言い切ると、彼女たちの目から余裕が消えた。
そして、小声で言い合いながらも、あたしに背を向け、そそくさと退散していった。
ははん、言ってやったわ! と思っていると「ミレイユ!」と既視感の声。
振り向くと同時に、目の前が真っ暗になり、わっぷわっぷする。
どうやら、ライオネルの上着を頭から被せられたようだ。
「大丈夫か? 保健室……いや、早退だな、家まで送る」
うむ、過保護。
でも、この過保護、嫌じゃない。
だって、あたしのことが心配って態度とか言葉で全部伝わるもん。
「わたくし、お父様にノーバート様との婚約を破棄したいとお願いしてみます。ついさきほど、目が覚めました」
「ミレイユ……ほんとか?」
「はい、ですから協力を──」
「する!」
即答過保護マンのライちゃんに、あたしはめいっぱいの笑顔をみせた。
もう、これまでの『わたくし』は終わり。
ここから先は、『あたし』が全部変えてみせる!
◇
例のバケツ事件から一週間後、あたしに水をぶっかけた四人は停学処分となった。
調査や証言集めには時間がかかったはずなのに、処分が下されるのは驚くほど早かった。
お父様が裏で動いてくれたんだろうなー。そう思うと、やっぱりあたしは愛されているんだなあと実感する。
この調子なら、ノーバートの悪行を証拠付きで突きつければ、婚約破棄だって夢じゃない──そう確信している。
廊下ですれ違うご令嬢方がちらちらこちらを見て、こそこそ話しているけれど、それは決して悪口じゃない。
あたしが四人に言い返したのを見ていた子たちが、あたしを讃えているのだ。えっへん! 蔑みの眼差しと、羨望の眼差しの違うくらい分かる。
ちなみに証拠集めは、思った以上の速度で進んでいる。
というより──ライオネルが、やたら張り切っているのだ。
「まずこれ。図書館の個室でクーリッジ子爵令嬢と抱き合っていたのを見た証言だ。温室でも二人きりで長時間出てこなかったという報告があり、庭園で手を繋いで歩いていたところを目撃した生徒は三人。全員署名済みだ」
ライオネルは一枚の紙を机に置くと、次の束を手に取った。
「次は商会の証言で、ノーバートが宝飾店で指輪と香水を買い、クーリッジ子爵令嬢に渡したのを店員が確認している。領収書も残っている」
息を継ぐ暇もなく、彼は次の証拠を並べる。
「さらにラガト男爵令嬢宛の恋文を侍女が拾っていて、封蝋はキルパトリック伯爵家のものだ。そして最後に、おまけのような話だが、下働きの子が教えてくれた。クーリッジ子爵令嬢とラガト男爵令嬢が二人そろって、お前のことを『太っている』と笑いものにしていたらしい」
机の上にどんどん積み上がっていく証言の束。
たった七日でここまで揃うなんて、正直あたしも驚いている。
しかも署名付きの書面まであって、学園の教師や使用人が次々と協力してくれるのだ。
「ッチ、マジでクソだな、あいつ。つうかお前は、太ってねえからな?」
だよねー、知ってる。ライオネルの言葉に、あたしは内心で全力同意する。
「……ありがとう」
そう、あたしは太ってなんかいない。胸が人より大きいだけだ。
ノーバートは、痩せていて胸も大きい女が好みらしい。けど、そんな体型、現実に存在するはずがない。もし仮にいたとしても、この世界には豊胸手術なんてないから、クーリッジ子爵令嬢の胸は詰め物だろう。
だいたい、谷間の線が『Y』になるのはおかしい。天然物は『Ⅰ』になる──っと、胸の理屈について考えてる場合じゃない。
「でも、こんなに……大変だったでしょう?」
「いいや、そんなに。つうか、簡単だった。あのクズ、普段から嫌われてっからザクザク出たわ」
ライオネルは肩をすくめ、ふんっと鼻を鳴らす。
その荒っぽい仕草を見ていると、不思議と胸の奥が落ち着いてしまう。
「ごめんなさい。わたくし、頼ってばかりで……」
「最後に親父さんにぶつけるのはお前の役目だ。そこをやりきればいい。それに俺がやりたいから、証拠を集めてるんだ。だから悪いなんて思うなよ、ミレイユ」
強い視線に射抜かれて、あたしはこくりとうなずいた。
……その瞳に、ほんの少し、ときめいたことは内緒だ。
◇
結果から言えば、婚約白紙になった。
大人の都合上『婚約破棄』にはできなかったのだ。
本当は「わたくしが婚約者として認められず、家の名誉を損なわれています!」と訴えて、バァンと証拠をお父様に突きつけるつもりだったんだけど、お父様はブリタニー軍団を停学にした時点で、すでにあたしの学園生活を洗っていたんだって。
つまり、ノーバートの奔放ぶりも把握済みで、用意されていた証拠はライオネルの五倍だったというわけ。
さすが、お父様!
一方のライオネルはというと、『白紙』扱いに不満そうで(彼としては『破棄』扱いがよかったらしい)、さらに自分の集めた証拠が五分の一以下だったことにも悔しそうで……そのむくれ顔が、可愛かった。
そんでもって、奴と関係を持っていたエリカは修道院送りになった。必死の形相で我が家に謝りに来たらしいけど、会うわけがない。
たぶん、ブリタニーも停学明けに修道院にドナドナ予定。こいつとも会う気はない。
彼女たちが、涙の謝罪で許される甘い時代はもう終わった。
ちなみにノーバートは後継から外され、現在は謹慎中。
どうやら謹慎明けには、キルパトリック伯爵が無理やり軍にねじ込むつもりらしい。けれど、幼い頃から鍛錬を積んできた連中の中に放り込まれて、まともにやっていけるとは思えない。
さてさて、これで一件落着──と思っていたのだけれど、この世界で令嬢の婚約が『なかったこと』になるのはかなり痛い。
だからこそお父様も、婚約破棄にしたい気持ちを抑え、婚約白紙で手を打ったのだ。
まったくもって嘆かわしいことに、男側に大きな非があってノーバートが後継の座を外されても、スノウ家を目障りに思う連中は「あの娘にも落ち度があった」などと、ないことないことを囁いて、結局は「お互い様の婚約白紙ね~」と世論を落ち着かせてしまうのだ。
「評判は最悪ね。ふう」
ため息をつき、学園で一番お気に入りの薔薇園のガゼボに腰を下ろし、香り立つ紅茶に口をつける。
でも、まあ、前世の知識でお仕事バリバリしちゃおうかな、と考えていたその時──
「ミレイユ!」
怒気を孕んだ声に呼び捨てられ、カップを置いて振り返った。
そこに立っていたのは、ノーバート・キルパトリック伯爵令息。赤らんだ顔で肩を震わせ、憤怒と混乱がないまぜになった表情を浮かべていた。
「なぜだ! なぜ白紙なんだ! 俺とお前は婚約していたんだぞ! お前は俺を好いていたはずだ!」
「あらまあ」
思わず漏れたのは、呆れを通り越した声だった。何を言ってるんだ、こいつ。
椅子から立ち上がり、ドレスの裾を整えて、真正面から向き合う。
「この婚約がなくなったせいで、俺は……後継の立場を失ったんだぞ!」
「ええ、存じております。本当にお気の毒ですわ」
いきなり後継に抜擢された弟くん(九歳)と、お前の頭がな。
と、心の中でだけ、冷たく付け加える。
「それはそうと、ノーバート様はどこをどう解釈なさって、わたくしがあなたを好いていたと?」
「決まっているだろう! お前は従順で、俺の言うことに逆らったことなどなかった! それにこの俺だぞ!? 皆が羨ましがる──」
いかに『俺』が素晴らしいかを演説しそうな気配を察知したあたしは、ノーバートの言葉を遮り、言ってやる。
「それは婚約者としての務めを果たしただけです。勘違いなさらないでくださいまし。わたくしがあなたを好いたことなど一度もございません。そもそも恋愛対象に数えたことすらございませんの」
「な……っ」
ノーバートの顔から血の気が引いていく。
「婚約白紙で済ませてくださったお父様に、お互い、心から感謝いたしましょう? 『破棄』だったら大変でしたわよ。後継を外されたくらいで済んでよかったではありませんか」
お前のせいで、こちとら『疵物』じゃい。
とは、言わない。悔しいから!
ノーバートは口をぱくぱくさせるばかりで言葉が出ない様子で、あたしは魚を思い出した。
夕飯は、白身魚のソテーがいいなあ。オレンジソースのやつ。
「このぉおおお! 許さない! 純潔を奪って、無理やりでも俺の妻にしてやる!!!」
「っ!」
背筋に氷を流し込まれたような寒気が走ったその瞬間。
「死ね! このドクズ!!」
轟音と共に、ライオネルの怒声。
次の刹那には、剣の柄でノーバートの頬が打ち据えられていた。吹き飛ぶ音と、壁に叩きつけられる衝撃音が重なる。
血走った目でこちらを守るように立ちはだかるライオネル。
その後ろ姿は、昔から知っている幼馴染なのに、胸が高鳴るほど頼もしい。
「……謹慎中のノーバートが屋敷を抜け出したって聞いてさ。なんか虫の知らせがして──ミレイユ、大丈夫か?」
エフェクトがかかったみたいに、ライオネルがやけに輝いて見える。
呆然としていると、「怖かったよな。でも、もう大丈夫だからな」と頭をぽんぽんされた。
……きゅうん!!!!
頭に残る温もりと、心を刺すような甘い疼き。
ああ、そうか。
今わかった。
これが、ミレイユの初恋なんだ、って──そして、今世のあたしにとっても。
「ミレイユ?」
ぼうっとしているあたしに、ライオネルが目線を合わせるように屈む。
あ、目が綺麗。蜂蜜色。黒髪は光を受けると赤茶に見えるんだ……なんて考えていると、「びっくりしすぎて固まっちゃったか?」と小さくつぶやき、三秒ほど悩んだあと、あたしの手を優しく引いて「家に送る」と歩き出す。
その際、ぎゅむ〜っ! とノーバートの大事なところを踏みつける彼にならい、あたしもヒールで容赦なく追撃した。えへ。
咲き誇る薔薇の庭を、まぶしいほどに輝く好きピと並んで歩くあたしは浮かれていた。
だから、ライオネルが神妙な顔をしていることになって気が付かなかった。
「あのさ」
「なあに?」
「……あとでお前が知って気まずくなりたくねえし、先に言っとく。……お、俺も、お前に求婚書、送ってる……」
「えっ」
令嬢らしからぬ間抜けな声が出た。
「婚約の打診、かなり来てるって聞いてるけど……それでも、負ける気はない……ってこと」
婚約の打診? なんじゃそら! そんな話聞いてない!
と思いつつ、好きな男にモテてると思われるのは悪い気がしない。
……って! てか、その前に、ライオネルがあたしに求婚書!?
え~~~~! 嬉しすぎる!!!!!!
胸が熱くなって、思わず瞳が潤む。
「……なんだか照れてしまうわね。でも、嬉しい……」
あたしは、それだけを絞り出すように伝えた。
どう? うるうるお目目可愛い? と計算じみたことがあるのは女子あるあるで許されるでしょ? ふふんっ、なんて考えていたら、ふにゃっと笑ったライちゃんの笑顔に心臓をずぎゅん! と撃ち抜かれてしまった! ずるくない!? いっぱい好き!!
家に帰って、お父様の書斎に令嬢らしからぬ速さでピューンッと走ったことは、言うまでもない。
──求婚書を確認するのが楽しみでならない。
返事は、あたしの恋を彼に綴った手紙。
ライちゃんの素敵なところをたくさん書くって、今、決めた。
だって、あたしはもう涙を飲む令嬢じゃない。
胸を張って恋をする女の子なんだから!
【完】