第9話「ヤマタノオロチ — 出雲の試練」
地上に降り立ったスサノオ、ついに出雲へ!
天界を追放された彼が見つけたのは——怪物ヤマタノオロチに怯える村。
まともに戦うのかと思いきや、まさかの“飲み放題作戦”。
勇気か無計画か、紙一重のスサノオ節が炸裂します。
そして神話史上最もカオスな「伝説の退治劇」が今、開幕。
地上に降りたスサノオは、出雲の川辺を歩いていた。
空は重く曇り、雨がしとしと降り続く。
派手に「俺降臨!」と叫んでみた割には、誰も歓迎してくれず、旅は地味で寂しいものだった。
「ちぇっ。地上に来たらパレードくらいあると思ったのに」
スサノオは腹を空かせ、コンビニを探すようにきょろきょろした。だが、ローソンどころか自販機すらない。
そのとき、小屋から泣き声が聞こえた。
中を覗くと、老人と老女、それに娘が三人並んで座っている。
娘たちは顔を青くして震え、老人夫婦は頭を抱えていた。
「どうした?」
スサノオが訊ねると、老人が答えた。
「我らはアシナヅチとテナヅチ。この地にはヤマタノオロチという怪物が棲みつき……八つの首と八つの尾を持ち、毎年わしらの娘を一人ずつ差し出さねばならぬのです」
スサノオは目を丸くした。
「毎年? それ完全にサブスクじゃねえか! しかも解約不可タイプ!」
娘のひとりが小さくうなずいた。
「次は私の番なんです……」
スサノオは鼻で笑った。
「なんだよ。なんでそんなクソ運営に大人しく従ってんだ」
「相手は巨大で、刃も通じぬのです」
老人は涙目で震えていた。
スサノオはしばし考え、やがてニヤリと笑った。
「じゃあ、俺が退治してやるよ」
娘も老夫婦もぽかんと口を開けた。
「……ほんとうに?」
「おう。ただし条件がある」
「な、なんでしょう」
「この娘、俺にくれ」
言葉に娘は驚いて固まったが、老夫婦はすぐに涙ながらに頷いた。
「どうか娘を……クシナダをお救いください」
スサノオはクシナダの肩に手を置き、柔らかく言った。
「心配すんな。危ないから、ちょっと変身しててもらうぜ」
そう言ってクシナダを櫛に変え、自分の髪に差した。
「よし、これで安全。お前はここで見守れ」
髪に挿した櫛は、小さく震えていたが、やがて静かに収まった。
こうして、スサノオの無謀な大作戦が始まった。
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夜。
川辺に酒の大樽が八つ、ドーンと並べられスサノオは老夫婦に命じて、大樽を八つ用意させた。
濃い酒をなみなみと注ぎ、川辺に並べる。
「これがオロチ退治の最強兵器、“オール・ユー・キャン・ドリンク”作戦だ!」
老人は手を合わせて祈りながら、震える手で酒を仕込んでいく。
老人はおずおずと問う。
「……それ、本当に効くのでしょうか?」
「効くに決まってる。人間だって飲み放題プランのあと立てなくなるだろ?」
老人は手を合わせて祈りながら、震える手で酒を仕込んでいく。
村人たちも遠巻きに見つめていた。
「本当に……あの乱暴な神様に任せて大丈夫なのか」
「でも他に頼れる者はいない……」
雨は止み、夜の帳が落ちる。
川霧が立ち込め、月が雲間に覗いたとき、大地を揺らす音が迫ってきた。
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轟音。
ヤマタノオロチが現れた。
八つの首がのたうち、目は血のように赤い。
鱗は苔と鉄が絡み合ったように黒く光り、尾は川を割って進む。
吐き出す息は炎となり、樹々を焦がした。
スサノオは思わず舌打ちした。
「おいおい……想像よりデカいな。YouTubeで“世界最大”ってタグつけられるレベル」
怪物は八つの首を伸ばし、並んだ大樽に食らいついた。
ゴクゴクと酒を飲む音は雷鳴のようで、川辺の大地が震える。
「音だけで酔いそうだ……」
「ていうかBGMが完全に“ドリンクバーの氷落ちる音”」
村人たちがざわめいた。
一頭は「ぷはーっ!もう一杯!」と叫び、別の一頭は「乾杯!」と炎で乾杯の演出をした。
さらに一頭は真っ赤な目をうつろにさせて「カラオケ行こうぜぇ〜」と歌い出した。
「おい、DAM対応してんのか?」
「いや、JOYかも……」
村人たちの冷静なツッコミも飛ぶ。
やがて八つの首はとろんとし、動きは鈍くなった。
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「今だ!」
スサノオは剣を抜いた。
ズバッ、ズババッ!
剣が閃き、八つの首が次々と落ちていく。
酒と血が入り混じった飛沫が雨のように降り注ぎ、川は赤黒く泡立った。
最後の一撃で胴を裂くと、中から一本の剣がごろんと転がり出る。
「おお……」
スサノオはそれを掲げた。
「クサナギ……土産にちょうどいいな! しかも、絶対換金できるだろ!」
その場にいた村人の一部は思わず拍手したが、同時に「いや、換金て……」と小声で突っ込んだ。
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戦いのあと。
髪の櫛から戻ったクシナダは、涙を流しながら彼にすがった。
「ありがとうございます……!」
スサノオは頭をかきながら照れ笑いした。
「礼はいらねえ。約束通り、俺はお前をもらう」
老人夫婦は「ああ……やっぱりそうなるのね」とため息をついた。
スサノオは豪快に笑った。
「俺が来たからには、もうオロチは来ない! てか、来られない! てか俺が次の“出雲観光大使”だな!」
その笑い声は嵐ではなく祝福のように、出雲の空に響いた。
ただ村人の一部は、空を見上げてこうつぶやいた。
「次に暴れるの、オロチじゃなくてあの人なんじゃ……」
読んでくださりありがとうございます!
ついに登場しました、神話界のラスボス(?)ヤマタノオロチ。
普通なら緊張感ある戦いのはずが、スサノオの手にかかると居酒屋イベントに……。
「世界最大の怪物」も「飲み放題プラン」で撃退されるとは思ってなかったでしょう。
けれど彼の無鉄砲さが、確かに“救い”にもなっている。
次回はいよいよ——出雲での「国譲り編」に向けて、神々と人間の世界が動き出します。
スサノオが残した“嵐のDNA”が、次世代にどう伝わるのか。
どうぞお楽しみに!