第1話「浮橋のテラス」
はじめまして。
神々がもし令和っぽく世界を作ったら? という神話ポップコメディです。
ゆるくてバズりそうな国生みをお楽しみください。
まだ世界は形を持たなかった。
下を覗けば、ゼリーのような海がぐらぐら震えている。色も境界もなく、ただ巨大なプリンを見下ろしているかのようだ。匂いまで甘ったるい気がして、イザナミは鼻をしかめた。
「でかいデザートだよね。インスタでバズりそう」
ストローを噛みながらイザナミは言った。
「背景だけで、操作できるものが何もねぇ」
イザナギはスマホを掲げる。画面には「圏外」の表示が固まったまま、無情に光っているだけだった。
「なんか……アカウント登録してないゲームみたいだな。チュートリアルも始まらない」
二人が腰かけているのは、天の浮橋と呼ばれる展望デッキ。足元は透明なガラス張りで、揺れる海が真下に見える。立ち入り禁止テープの切れ端が風にばたついていたが、気にする者はいない。
二人のタスクはただひとつ。——この混沌を「国」にすること。
上司のアメノミナカヌシから渡されたのは一本の矛。そして同時に届いた冷たいメッセージ。
《世界をつくれ》
イザナミはカフェラテをひと口すすり、眉をひそめた。
「これ、砂糖なしって頼んだのに、がっつり入ってるんだけど」
「クレームはアプリからどうぞ」
イザナギは淡々と矛を手に取り、雲の切れ間へ差し込んだ。
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矛の先がゼリー状の海をかき混ぜる。ぐるぐると渦が生まれ、泡がはじけ、その一滴がポトリと落ちていく。
雫は空中で凝固し、小さな島となった。
「おぉ、できた!」
イザナミは思わず拍手した。
「……でも、ちょっと地味。団子サイズ」
「名前つけりゃブランドになる」
イザナギは真顔で言った。
「じゃあ……オノゴロ。くるくる回って固まったから。古い言葉で“自ずと凝る”って意味もあるんだって」
「……寿司屋の新メニューにしか聞こえん」
冗談を交わすうちに、島は確かに存在感を増していった。波が寄せ、鳥が鳴き、空気に潮の匂いが混じる。
名前を与えられたことで、世界にようやく「生活感」が宿りはじめた。
——古事記に伝わる最初の国生みは、きっとこんなふうに唐突で、どこか間の抜けた始まりだったのかもしれない。
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二人は次々と島を生んでいった。
アワジ、シコク、キュウシュウ、ツシマ、サド……。
「シコクは四つ子感あるよね」
「キュウシュウは兄弟多すぎ。マイナカードのアカウント管理どうすんだ」
「サドは……なんとなく語感。ノリで」
最後に、大きな背骨を持つホンシュウが横たわる。
「でかすぎない?維持費やばそう」
イザナミは首をかしげる。
「まあ、そのうち自治体に丸投げすりゃいい」
イザナギはあっさり答えた。
朝日がデッキを染め、雲の海に光が広がる。まだ未完成な世界が、少しずつ「現実」に近づいていく。
その景色を眺めながら、イザナミはふと呟いた。
「……これって、ほんとに人が住めるようになるのかな」
イザナギは矛を下ろし、肩で息をついた。
「ここからが本番だ」
イザナミは横目で彼を見て、にやりと笑った。
「大丈夫。私たちなら、世界だって、アプリのメニュー画面だって、作れるよ」
二人の手には、まだ小さな熱が残っていた。
その背後で、未来の街のざわめきが——なぜかもう渋滞のクラクション混じりで——かすかに聞こえていた。
読んでくださりありがとうございます!
神々の国づくり、初回からすでにカオスでしたね。
次回は「火」と「事件」が登場します。お楽しみに!