覚醒編: 目覚め②
「昨日のアレ……やっぱ夢だよな……?」
朝の通学路。港を見下ろす坂道で、俺はまた一人でつぶやいた。制服のシャツは島の湿気でじっとりと肌に張りつく。スマホの天気アプリは晴れの予報を出していたけど、俺の頭の中はずっと曇ったままだ。
昨夜、夢の中で会った女――閻魔大王。
「陸上 爽。お前に、使命を授ける」
「お前の血には、特別な力が流れている」
あの声、あの気配、あの金色の瞳。あんなリアルな夢、見たことがない。まるで、記憶そのものに刻み込まれたみたいな感覚だ。
けど、結局はただの夢だろ? そう自分に言い聞かせても、心の奥では引っかかっている。
(……俺は何者なんだ?)
◇
教室の時計は、1時間目の中盤を指していた。教科は古典。前の黒板では、女性教師――**神咲 紫苑**先生が淡々と文法を説明している。
……はずなのに、俺の脳内は完全に“閻魔大王”で占領されていた。
(あれが本当だとしたら……俺、何をすればいいんだ? “霊を導く”って、どうやって?)
「――陸上!」
「えっ……?」
ビクッと肩を跳ねさせた瞬間、教室中の視線が俺に集まった。神咲先生の視線が鋭い。
「授業中にボーッとしない。質問、聞こえてた?」
「……すみません」
「あとで職員室に来ること。いい?」
「……はい」
静まり返る教室。俺は身を縮めるようにして、教科書を開いた。神咲先生、見た目は美人で優しそうなのに、キレると超こわいんだよな……
(くそ、全部あの夢のせいだ……)
◇
昼休み。弁当のタッパーを開けながら、再び考えごとに沈む。
(もしアレが本当なら、俺がこの島に転校してきたのも、偶然じゃなくて――)
「はいはい、なーに難しい顔してんの?」
「もしかして、恋?」
突然、背後から声をかけられて、びくっとした。声の主は――例の双子ギャル、天音姉妹だった。
「白ギャルの天音ミナでーす☆ で、こっちが黒ギャルの天音カナ!」
「ってか、まだ自己紹介してなかったよね?」
「ていうかさー、ひとりでぼっち飯してると目立つんだよ? わかってる?」
「いや……その、放っといてくれると……」
「ダメ~。新入りはうちらのエサ♪」
「は? 何言って……」
「なーんてね。ってか、顔赤くなってない?」
「え、やっぱ夢で誰かとキスでもしたんじゃないの? うける~!」
「な、なっ……ちがっ……!」
「図星かも☆」
俺が狼狽えるのを面白がって、双子はキャッキャと笑って去っていった。俺は弁当のウインナーを噛みながら、小さくつぶやく。
「……こっちは真剣に悩んでんだよ……」
昼休みはそのまま終わり、午後の授業もぼんやりと過ぎていった。
◇
放課後。
俺は寄り道もせず、最短ルートで**秘密基地(自宅)**に帰った。誰もいない家。静まり返った空間に、心地よい疲労とともに、眠気が押し寄せる。
(もう一度、夢で会えるだろうか……閻魔大王……)
ベッドに横たわり、目を閉じる。
静寂。意識が徐々に沈んでいく。
◇
――次の瞬間、目の前にはあの闇が広がっていた。
重力も温度も、すべてが存在しない空間。その中央に、やはり彼女はいた。
「待っていたぞ、陸上 爽」
「やっぱり……本当に会えるんだな……」
俺の言葉に、閻魔大王は微笑んだ。
「貴様の中にある“力”が、覚醒し始めている。ゆえに、夢と現が繋がるのだ」
「俺は……何者なんだ?」
「それを知るには、過去と向き合うことだ。この島に秘められし“七つの因縁”――そして、お前自身が“八つ目の存在”だということを、忘れるな」
「……八つ目の……?」
その言葉を反芻した瞬間、空間が揺れるように揺らいだ。
「目覚めの時は近い。真実を知る覚悟があるなら、受け入れよ」
「……覚悟なら、ある。俺は……知りたい。全部を」
閻魔大王の目が、金色に輝く。
「ならば、次に“扉”が開かれる時――お前の“本質”を見せてやろう」
視界が、光に包まれていく。
◇
――再び目を覚ましたとき、俺は汗だくで布団の上にいた。
時計は夜の12時ちょうど。
「……俺は、一体……」
夢と現実。その境が、徐々に曖昧になっていくのを、俺は確かに感じていた。
◆次回へ続く◆