覚醒編: 覚悟④
「双子ギャルと昼飯、行くぞ」
休み時間、斎――祖父の知り合いである、俺と同い年の転校生――が当たり前のように言ってきた。
「……は? いや、無理……」
口に出す前に、斎が言葉を重ねた。
「さっき言っただろ? 今のお前じゃ、誰も守れないって」
その一言に、言い返す言葉が喉の奥に詰まる。
(ああ、クソ……分かってるんだよ……)
自分が何もできないことくらい、一番分かってる。
だから――俺は小さく頷いた。
「……分かった。行くよ」
◆
昼休み。学校の食堂。
全校生徒の憩いの場だったその空間は、俺たちが入った瞬間に静まり返った。
「え……陸上?」「あの陰キャが……?」「ミナ様と、斎くんと……!?」
怒り、嫉妬、疑念――
目に見えないドス黒い感情が、空気を濁していくのが分かる。
(ああ……これ、地獄だ)
俺、**陸上 爽**は、教室でも目立たない陰キャ。
その俺が、双子ギャルと一緒に飯なんて……ただの罰ゲームだ。
「爽くん、こっちこっち~!」
白ギャル――天音ミナが笑顔で手を振ってくる。
その隣には妹の黒ギャル――天音カナと、斎が座っていた。
まぶしい。目も合わせられない。
案の定、全校の視線が俺に突き刺さる。
背筋が凍るとは、まさにこのことだった。
「ミナはさ、先週の事件のこと、どう思う?」
「うーん、まあヤバかったよね~。警察も来るし」
「先生たちもピリピリしてたな。特に担任」
斎とミナとカナは、まるで昔からの友人のように会話を弾ませる。
……俺は、箸の先で白米をつつくだけ。
(……なに話してんのか、分からん……テンポ早すぎ……)
そのうち、頭がガンガンしてきた。
「あれ、爽くん? 顔色悪くない?」
「うっ……」
頭がクラクラして、手の震えが止まらない。
「あっ、泡……吹いてるっ!!?」
最後に聞こえたのは、カナの叫び声だった。
◆
気がつけば、保健室だった。
白い天井。カーテン越しのやわらかな光。
ベッドの上に寝かされている俺は、状況が理解できなかった。
(あれ……俺、また……やっちまった?)
ふと視線を動かすと、誰かの気配があった。
そこにいたのは――黒ギャルのカナだった。
「……あ」
声を出すと、カナはこちらを見た。
その顔は、いつものギャルっぽい笑顔じゃない。
どこか、悲しげな表情をしていた。
「……なんで、ここに?」
「先生、呼びに行ってる。……あたしは……ちょっと、気になって」
沈黙が落ちる。
普段なら、軽口でも叩く彼女が、今日は違った。
「ごめん。無理させたよね。」
意外すぎて、言葉が出なかった。
(……この子、俺のこと……心配してる?)
「……気にすんな。俺が勝手にテンパっただけだし」
そう言うと、カナは少しだけ笑った。
「ほんま、あんたって、損な性格やな」
その優しさが、少しだけ胸に染みた。
◆
だがその頃、校舎裏の旧倉庫では、別の“悪意”が動き出していた。
「……これが、悪魔召喚の儀式……!」
呪文のような言葉を呟きながら、モブBと呼ばれる男子生徒は、黒い円陣を描いていた。
机には古びた本。床には蝋燭。
目の奥は血走り、欲望に濁っていた。
「カナ様……お前に笑ってほしいんだ……! だから、力を……欲しい……!」
その願いに応えるように、部屋の空気が震えた。
ズズズズ……
地面が揺れ、黒い霧が発生し、異形の手が現れる。
「え、うそ、な、なにこれ……!?」
霊が、モブBの身体に入り込む。
ズギャァァァァァァン――!
背中から黒い羽根が生え、肌が青白く変色し、瞳が赤く光る。
「……あは、あはははははは!! 力だ、これが……オレの力ァ!!」
変貌したその姿は、もはや人間ではなかった。
悪魔のような怪物――それが、新たな災厄の始まりだった。
◆
そのころ、俺はまだ保健室のベッドで、カナの笑顔を見ていた。
何も知らないまま、怪物が生まれたことも――
それがまた、“双子ギャル”を狙っていることも。
「爽くん、ちょっとは無理すんな。」
「……うん」
小さく答えた俺の心に、少しずつ、変化が芽生え始めていた。
けれど、それが本当の地獄の幕開けだなんて、知るはずもなかった――
◆次回へ続く◆