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地に雪月、欠けるは狼月、空には砕月  作者: 北方修羅院
2章
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2-3 遺跡に潜るんだから危険に決まってるじゃん?

 エレオノーラが案内した遺跡の場所とは、ユキが眠っていた遺跡と数キロほど離れた場所だった。木々と蔦に侵食され、一見すると樹木の一部のようだが、目を凝らすと金属の照り返しが見て取れる。つい最近切り裂かれた蔦の幕内には、奥へと続く暗闇があった。


「遺跡ってここが? ナギたちも探せば見つけられたんじゃないか」

「そりゃいいっこなしよ。私の誘いを蹴って自力で探してもいいわけだったんだし?」

「まぁ、手間が省けたと思っておきます。その手間賃が高くなければもっといいんですが」

「それは交渉次第。ってことで、お宝の所有権について今から決めておこうか」


 口調は軽いながらも目を鋭く細めたエレオノーラは、指を一本立てて続ける。


「まず大前提として、見つけたものは隠さない。必ずお互いに報告すること」

「ええ、せこい真似はしません」


 ユキの答えに頷いたエレオノーラは、二本目の指を立てる。


「次に私は君たちを助けられない。囮にしたり見捨てることはしないけど、命がけで助ける力も義理もないってことは覚えておいて」

「それは、お互いに?」

「いや? 余裕があるならもちろん助けてくれると嬉しいよ。でも、それで死んじゃったらしばらく嫌な思いするし、ドライな方がちょうどいいんじゃない?」

「……力が無いのは私もです。肝に銘じておきましょう」


 安全を考えるのなら、ナギに任せるべきではある。しかし、彼女一人でなにかさせるというのは、それはそれで不安だというのも事実。多少の危険は覚悟し、経験を積んでいったほうが後々のためになるだろう。それに、銃を手に入れることができたのなら、自分を守るくらいは出来るようになるはずだ。


「ん、じゃあナギが頑張らないといけないのか」


 呟いたナギの言葉に、エレオノーラは大きく何度も頷く。その動作は、現状の原因となった店主を想起させ、ユキは思わずしかめっ面を浮かべる。


「ホントに期待してるよナギちゃんには。ここ、デカいトカゲが住み着いてるっぽくてさ。私じゃ逃げるだけで精一杯だから、出会ったら頼むよ?」

「……ちょっと、それは初耳なんですが」


 引き受ける前には聞かされなかった情報に、思わずユキはエレオノーラへと詰め寄る。いや、トカゲの調査とは聞いていたし、道中のその素振りが全く無かったのは不思議に思っていたが、遺跡に巨大なトカゲが潜んでいるとは聞いていない。


「だって聞かれてないし? アレアレ? アカデミーが調査依頼するようなトカゲがその辺を這ってると思ってた?」


 エレオノーラは、虚をつかれたような顔で言う。


「あなた、わざと黙って……!」


 隠し事はしないと言ったばかりだと言うのにこいつ……! 反射的に拳を握りしめるユキから僅かに距離を取りながら、エレオノーラはとぼけた口調で続ける。


「えっ? ひょっとしてトカゲは嫌い?」

「そうじゃなくて、危険があるってことを黙っていたんでしょう?」

「ユキちゃんは面白いことを言うなぁ。遺跡に潜るんだから危険に決まってるじゃん? それくらいは知ってたでしょ」

「ですが、それを知っていたなら」

「断っていた? それとも準備ができた? どっちも無いでしょ。金を稼ぐには遺跡に潜るしか無いし、戦闘はナギちゃんに頼るしか無い。知っていたとして、何か変わる?」


 何もおかしくないでしょ、と畳み掛けるエレオノーラにユキは黙り込むことしかできない。仮に断ったとしても、結局二人で遺跡に潜ることになっただろう。トカゲが潜んでいるという情報があったとしても自分にも、ナギにとっても変わらない。


「トカゲか。毒はあるだろうけど、噛まれなければ問題ないな」


 自分は対抗できず、彼女にとっては欠伸混じりに対応できる相手なのだから。だから、エレオノーラの言うことは正しい。正しいが、


「あなたって、嫌なヤツって言われませんか」

「えー? そんなこと100回くらいしか言われたことないし?」


 ケラケラというのがよく似合う笑い声をあげるエレオノーラ。絶対に100回以上言われてるだろうというユキの愚痴を聞き流した彼女は、入り口を指さして言う。


「じゃあ、先行はよろしくっ。マッピングと退路の確保はしとくから安心してね」


 意気揚々といったエレオノーラを見ながら、ナギは呟く。


「うっかりに見せかけて斬れないか?」


 それは駄目だろうというには、少し時間が必要だった。





 暗闇の通路を円形の明かりが切り出していく。先頭をナギ、ランタンを掲げるユキに続いてエレオノーラという並びで進んでいた。前後から漂う気楽そうな空気に飲み込まれまいと気を張るユキに、


「そんなに緊張しなくてもいいんだよ? ちゃんと逃げる時に逃げられればいいんだって」


 エレオノーラは声をかけるが、彼女は胡散臭そうな目を向けるだけだった。


「危険なトカゲがいるっていうのに、そんな気になれますか?」

「それで体力気力を消耗したら意味ないじゃん? 私の耳もナギちゃんも察知してないんだから今は大丈夫だって」

「……だといいんですが」


 納得できない様子のユキに肩をすくめながら、エレオノーラたちは通路を右に曲がる。その背後から聞こえた小さな音にユキが振り返ると、赤い光が冷たい金属の床を照らしていた。


「それは?」

「退路の明かり。この光に沿って走れば地上に続いてるから、いざってときは迷わず辿ってね」

「……もしかして、さっきからそれを?」

「そっ。そろそろ言おうかなと思ったけど、自分で先に気がついて偉いっ」


 何が偉いだ、とユキは羞恥心に顔をうつむかせる。ここまで何度も道を曲がり、部屋を横断してきた。その度に設置してきたと言うなら、あまりにも鈍い。彼女の言う通り、無駄に気を張っているだけで何も意味がなかった。


 そんなユキを、エレオノーラは真面目だねえと笑う。嘲るでもなく、からかうでもなく、純粋に感心しているそれに、ユキは増々打ちひしがれる気分になる。真面目だからと、それが今なんの役に立つのか。


「いやいや立派な長所さ。致命的な失敗の前にミスを潰したんだ。次の機会が回ってくるまで生き延びることが出来るだろ?」

「次、ですか」

「あ、今回で遺跡探検はしないつもりだった? それもいいけど、こいつは儲かるし儲かって儲かるんだぜ?」

「金以外には無いんですか」

「うーん、無いかな! やっぱ基本は金、金だよ! デカい家、デカい酒、デカい服! 大体の物は手に入る!」

「それを大声で言わない品性も買っておいてください」


 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りをしていると、知らず肩の力は抜けていた。或いはこれがエレオノーラの狙いと一瞬考えたが、認めるのは癪なので黙って心のうちに秘めておく。


 ともあれ、そうしたことで見えてくることもある。例えば、床よりも妙に高い位置にある部屋の入口だ。跨ぐどころか、体を持ち上げなければならないほどに高い構造は明らかに生活に向いていない。なのに、なぜこのような構造をしているのか。


「アレじゃないか、空から落ちてきた刺さったんだろ」

「それは……無いんじゃないか」


 ナギに引き上げてもらい、部屋へと入ったユキは階下のエレオノーラに手を差し出しながら言う。


「そうか? だったら説明がつくだろ? 空の向こうにある建物が落ちてきて刺さる。そこに土や木が侵食する。それで出来上がりだ」

「いや……そもそも空に向こうにあるのは宇宙だろ?」

「うちゅう? なんだそれ」


 まったく聞いたこともないという顔をするナギに、ユキは説明しようとし――上手い言葉が見つからないことに気がつく。空の向こうにあって、太陽や月が浮かんでいる場所。簡単に言ってしまえばそうなるが、それだけでは無いような気もする。しかし、その違和感をどうして覚えるのかもわからない。そもそも、どうして宇宙のことを知っているのだろう。


「ユキちゃーん、とりあえず引き上げてくれなーい?」


 ぼんやりと考えていたユキは、不満げに握った手を上下させるエレオノーラの声で我に返る。彼女を引き上げたところで、宇宙について訊ねると、


「ん? まあ、太陽に月に星が浮かんでるところでしょ。アカデミーの奴ならもっと知ってるんじゃない?」

「そう、ですね」

「にしても、ユキちゃんって結構物知りだね。冒険者やるよりアカデミーの方が向いてんじゃない?」

「今すぐ金が稼げるなら、そうしたいですけどね」


 はぁ、と溜息をつくユキ。エレオノーラは、意地悪げに笑うと部屋の一角を指さして言う。


「じゃあ、あの宝はいらないかな?」

「えっ?」


 指さした先にあったのは、一抱えほどの真っ黒な箱だった。正確に言うなら直方体というのが正しいか。それは、切れ目も鍵も一切見当たらない滑らかな物体だった。切り出した石と言われれば納得してしまいそうなくらい、自然物でもあり人工物でもある不思議な存在だ。


「これが、宝?」

「正確には宝箱だね。んー、私じゃ無理か。ナギちゃん」

「ああ」


 何をとユキが口を開いた瞬間、青白い光が奔る。それに遅れて金属がぶつかり合う不快な音が部屋中に響き渡った。


「……駄目か。この刀なら行けると思ったが……もっと力を入れれば」

「この馬鹿! 駄犬!」


 刀を鞘へと納め構え直すナギの頭が前のめりに崩れる。彼女の頭を叩いたユキは、耳鳴りに顔をしかめながら問い詰める。


「お前は何をしてんだ!?」

「箱を開けようとしただけだ」

「明らかに斬ろうとしていただろ! というかそっちがメインだっただろ!」

「いや、違う。これは……そいつの期待に答えようとした」

「人のせいにするな! だったらこんなふうに蹲ってない!」


 ユキが指さした先には、頭を抱えて蹲るエレオノーラの姿があった。猫耳の分だけ聴覚が敏感なのか、或いはナギの所業に頭を痛めているのか。どちらかはわからないが、ようやく立ち上がった彼女は乾いた笑みを貼り付けながら言う。


「は、ははっ……ナギちゃんは元気でいいね……でも、次は私がいない時にやってね……」

「……良く言っておきます。それで、本来はどのように開けるんですか」

「あーあー……よし、治った。まあ、それは簡単。手を触れるだけでいい」

「それだけで? 随分と簡単に開くんですね」

「とはいえ、簡単なものこそ難しいっていうのが世の常さ」


 いつもの調子に戻ったエレオノーラは、右手を箱の中心に押し当てる。すると、手を囲むように緑色の光が箱の表面に灯り、そこから全体へと神経のように広がっていく。が、光は最初からそうだったようにあっさりと消えてしまう。


「まあこういうこと。こいつは魔力で開けるんだけど、魔法が使えないやつじゃこの通り」

「なるほど……ナギ、やってみて」

「こうか?」


 ナギはエレオノーラがやったように手を押し当てる。先程と同じように円が表れ、光が広がっていく。エレオノーラが試したときよりも強い光は、箱全体を覆っていくが、


「むっ、消えたな」


 それも全体の半ばほどで消えてしまう。魔法が使えない――というより使う気の無い――が素質はあるという彼女でも開かないとなると、どうすべきかとユキは考える。


「ナギとあなた、二人で同時に試すのは?」

「んーそうすると反応もしなくなるんだこれが。あくまで一人でやらなきゃ駄目なんだよね」

「そうなると、魔法使いを連れてくるとか」

「いやー、それがね? そうやって実力に見合わないところに連れ出されて死ぬっていうのは魔法使いあるあるなんだよね。だから、よほど信頼されてないと来てくれないね」

「それじゃあ……持って帰りますか? 持てなくはない重さと大きさですし」


 ユキの提案に、エレオノーラはいやいやと呆れたように首をふる。これも素人考えだったか、と考えたところで肩を叩かれる。振り返ると、エレオノーラと似たような顔をしたナギが顔を覗き込みながら言う。


「その前にユキも試すべきだろう。箱ごと持って帰るのはめんどうだし、開いてくれたらナギも嬉しい」

「そういうことよ。魔法の適正検査はした?」

「してないですけど……」

「じゃあ、ちょうどいいじゃん。これで開いたら魔法の才能アリってことで出来ることも増えるし」


 ほらほらと二人に背中を押されたユキは、おずおずと自分の右手を眺める。魔力がある、という自覚は全くないしイメージも出来ない。故に、自分も試してみるという発想には至らなかった。どんなことを考えれば良いのだろうか。


「難しいことは考えず触れるだけでいいから。ナギちゃんだって出来たんだし、大丈夫って」

「えっと、はい。じゃあ、やります」


 ゆっくりと伸ばした手が箱へと触れる。瞬間、表面を光が奔り瞬く間に全体を輝かせていく。砂に水が染み込むように、或いは種子が根を伸ばすように。素早くも力強い光が収まったとき、手を置いた箇所が音もなくスライドし、箱の内と外が繋がっていた。


「……マジで?」


 そう呟いたのは、自分かエレオノーラか。息を吐くような容易さで開いた箱を前にして、ユキは現実感も達成感も得ることが出来ず、ただ呆然とそれを眺めていた。


「おお、開いたか。すごいなユキ、これでナギも楽ができる」


 やっと目の前の出来事を実感できたのは、ナギの脳天気な声を聞いたときだった。

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