2-2 ユキがやるっていうならやるだけだ
「まっ、君たちは真面目すぎるね」
コーヒーを一口啜るなりそんなことを口にするエレオノーラ。初対面で何を知ったような口を。ユキは、刺々しい口調で応える。
「ええ、見るからに不真面目そうなあなたとは違って」
「酷いなぁユキちゃんは。せっかくお得情報を教えてあげようっていうのに。そんな乾燥肉のスープじゃなくて、肉汁が滴るステーキが食える話をさ」
「言うだけなら簡単でしょう。価値があるというなら、末端くらいは見せてもらわないと話になりません」
「だから言ったでしょ? 君たちは真面目が過ぎるって」
睨むユキの視線を涼しげにやり過ごしながら、エレオノーラは続ける。
「大方ギルドの依頼を『仰せのままに』ってこなしてたんだろうけど、それは信頼を得たいときのやり方だ。大体真面目に稼ぎたいなら冒険者なんてやってないでパン屋にでもなったほうがいいさ」
「パンはナギには焼けないな。魚と獣なら焼けるが」
「それか、二人共顔も体もいいし――や、なんでもないよ。早く教えろって顔だね、それは」
つまらない冗談を口にするなという顔をしたユキは、一先ずエレオノーラに話の続きを促す。彼女の話には、確かに一理あった。ライロ曰く、冒険者ギルドに登録する者の大半は一時的な避難所として使うものが大半だという。つまり、地道に稼ぐアテがあるなら冒険者にはならない、なる必要がないのだろう。
だが、今の自分達はそうせざるを得ない。癪ではあるが、エレオノーラの情報は間違いなく必要だ。だからこそ、彼女もニヤついていられるのだろう。
「儲けたいって言うなら簡単だ。ギルドを通さず直接仕事を貰えば良い」
「……それだけ?」
「それだけ。ギルドは仲介やら紹介やらでマージンを持ってかれるからその分安くなる。ちゃんとした仕事って保証付きだし悪いことばかりじゃないけどね」
エレオノーラが言うことは、単純だが筋は通っている。だが、自分たちが聞きたいのはそういう話ではない。結局のところ、それは信頼を得た結果出来ることだ。実績らしい実績もない自分たちに出来ることではない。
ユキは、溜息をつくと気だるげに言う。
「早く教えろというのがわかっているなら、そうして欲しいですね。あなたはまだ肝心なことを言っていないのでしょう」
「察しが良くて助かるね。はい、その通り。金を稼ぎたいって言うなら遺跡に潜るのが手っ取り早い。ユキちゃんが寝てたみたいなね」
さらっと言い放たれた言葉に、ユキの震えた手がコップを落としかける。
「……! なんでそれを!」
「別に隠してるわけじゃないんだろ? ちょっと人の噂を辿ればそれくらいはすぐにわかる。二人共目立つし多少尾ひれはついても大きくは外れない」
エレオノーラが言う通り、積極的に話こそしてないが隠したわけではない。だが、昨日の今日で噂を嗅ぎつけただけでなくその大本にまで辿り着くのは簡単では無いはずだ。
へらへらとした態度は、牙を隠すための演技なのかもしれない。ユキは、姿勢とともに気を引き締め直す。
「遺跡に行くのか? ユキが寝てた遺跡なら大したものはもう無いぞ」
口を挟む余地がなく暇そうにしていたナギの問いに、エレオノーラはわざとらしく首を横に振る。
「一度人が踏み込んだ遺跡なんてつまらない。こういうのは未踏でこそ価値があるってものさ。君らだって噂の一つや二つは知ってるだろ?」
「いいや?」
「……他の客と情報交換とかは?」
「してないですね」
天井を仰いだエレオノーラは、深い水底のような溜息をつくと憐れむような目を二人へと向ける。
「君らはなんだ、照れ屋さんか? 照れなんて売っても買って……うーん、ユキちゃんのなら買ってもらえるか。ちょっと稼いできな」
「馬鹿にされる謂れがあるのと、それを受け入れるかというのは別問題なのをお忘れなく」
「はいはい。だったら次は周りから話を聞いてきなよ? 今回は特別に私から提供してあげるけどね」
出来の悪い生徒に言い聞かせるような態度のエレオノーラは、勿体ぶった動作でジャケットの内ポケットから取り出したものをテーブルへ置く。
「なんだこのゴミ?」
率直過ぎるナギの感想だったが、ユキが抱いたのも同じようなものだった。土がこびりつき、大部分はカビで腐食したそれは、道端に転がっていればゴミとしか言いようがない。少なくとも、食卓の上に置いておきたいものではない。
しかし、エレオノーラは怒る様子もなく機嫌よく続ける。
「これがゴミってのはある意味正解。これ自体は何の意味もないからね。重要なのは、これの形と埋もれていたっていうこと」
「形?」
言われてユキはじっとゴミを観察する。形を大雑把に分類するなら、湾曲した持ち手のような部分と細長い筒状のものが伸びた部分に分けられる。その形が何に似ているかと言われると、
「銃……?」
呟いたユキの言葉に、エレオノーラは驚きの表情を見せる。演技ではなく、素で驚いている彼女は感心したように言う。
「実物よりもだいぶ小さいしボロボロなのによくわかったね。実は扱ったことある?もしかして本当にいいトコのお嬢さん?お父様紹介してもらっても良い?」
「いるなら紹介してもらいたいのは私の方です」
どこまで本気なのかはわからない図々しい態度に憮然とした声で返すユキ。もし自分に真っ当な父親がいたのなら、捜索願くらいは出しているはずだがそんな話は一切聞こえてこなかった。つまり最初から親と言える存在がいないのか、或いは娘に余程無関心か。どちらにせよ、エレオノーラの言う都合のいいお父様なんてものはいないのだ。
「ふーん、そっか」
それを察したのか適当そうな――しかしこの話題には触れないと意識を持って流すエレオノーラ。そういえば、とユキは思い起こす。ナギはグランマに世話になっていたらしいが、両親はどうしたのだろう。既に亡くなっているのか、或いはもっと平和なところで暮らしているのだろうか。
気にはなったが、今話すようなことではないとユキは思い直す。両親について口を濁してしまうのは、自分だけではないだろうし。
「で、話を戻すとだ。これ自体は銃の形をしているだけのゴムの塊だ。けど、これだけ作って終わりなんてことは無いはずだ。金属を削って組み立てた本物だってあるはず。それもとびきりのね」
「普通じゃない銃ってことか? それがどうしてわかる?」
「実のところ、わずかに流通してる銃はアカデミーが出土品を解析し、なんとかそれっぽく仕上げただけの代物さ。つまり、遺跡にあるのはもれなくヤバい銃だってこと」
「そして、原型があるなら何かしらが見つかる可能性は高い……ってことですか」
そういうこと、とエレオノーラは満足げに頷く。対してナギは、気怠げに椅子に体を沈めていた。
「けど、わからないんだろ? あるかもしれない銃を見つけるために、あるかもわからない遺跡を探すなんてめんどくさいな」
率直かつ個人的な意見を述べるナギ。言い方はともかく、内容にはユキも同意見だった。冒険者として生計を立てるなら博徒に習う必要があるというのはわかったが、だとしても分の悪い賭けは気が進まない。
そんな二人の顔を眺めたエレオノーラは、ニヤついた顔にさらにドヤ顔と上から目線を足したような顔――端的に言うと人を苛立たせる表情を浮かべていた。勿体ぶるなと鬱陶しそうなナギを、まあまあと抑えてから彼女は続ける。
「ちゃあんと目星はつけてるんだなこれが。そんな徒労になるかもしれないのに誘うわけないじゃん? 遺跡の中に金属壁があるのも確認済みだ。例え銃がなくとも何かがあるのはほぼ間違いないってワケよ」
「けど、100%ではない。銃がなかったとしても、金になるものは必要なんです。それだけで乗るわけには行きません」
つい昨晩のことを思い出し、ユキは慎重に会話を進める。エレオノーラは、気を悪くするでもなく変わらず軽い調子で言う。
「もちろんタダ働きはさせないって。護衛した分くらいは出すし」
「遺跡にはケレスが潜んでいるのでしょう? それだけでは割に合いません」
つい数日前のことを思い出し、震えかけた声を拳を握ることで堪えるユキ。エレオノーラは、わざとらしく考えるようなポーズを取ると、
「じゃあ、アカデミーから頼まれてるトカゲ調査の同行者ってことにしてあげる。そうしたら、調査で手に入ったモノに応じた報酬が支払われるよ。そして、これが中々いい額なんだわ」
「トカゲの調査って、遺跡に行くついでに?」
「そんなとこ。で、どうする? 実際悪い話じゃないと思うけど?」
ユキは、ニヤついた顔を向けるエレオノーラからナギへと視線を向ける。いいんじゃないかと言いたげに片目を閉じる彼女に小さくうなずき、ユキははっきりと宣言する。
「わかりました。その話、乗りましょう」
「オッケーオッケー。私は情報提供と道案内をして、君らは探索。そして仲良く宝は山分け。これでみんなハッピーってわけだ」
「山分けか。一人減ったら取り分が増えるわけだな」
「お前……今そういうこと言うか普通?」
余計な真似をするなという脅しならまだいいが、彼女のことだ。間違いなく考えなしに口にしたに違いない。
「心配しなくても後ろから撃ったりしないって。私はまだ死にたくないし、馬鹿でもないから」
「……その言い方は、馬鹿なナギは後ろから斬りかかるかもしれないということか?」
むっとした顔で睨むナギに、エレオノーラは考える素振りを見せる。
「あー……ナギちゃん一人だったら心配したけど、ユキちゃんもいるなら大丈夫でしょ」
「私が? あまり心配はさせたくありませんが、ナギを押さえつけるなんて出来ませんよ」
「そういうんじゃなくてさ。ユキちゃんって協力者を騙すとか絶対嫌なタイプでしょ。で、ナギちゃんがそんなことしたら絶交だ。それは嫌でしょ?」
問われたナギは、しばらく天井を仰いだところで口を開く。
「うん、嫌だな。はっきりはわからないけど、ユキが嫌だと思うことはしたくない」
「そういうこと。じゃあ、二人共乗り気ってことで決まりね。用意が済んだらさっさと行くよ。他の奴らに先を越されましたじゃ馬鹿みたいだからね」
勢いよく捲し立てたエレオノーラは、ギルド本部前で待っていると言い残すと食堂を後にする。テーブルに置かれたコーヒー代をなんとなく眺めていたユキは、次にナギへと目をやる。相変わらず彼女は、何を考えているのか曖昧な顔をしていた。
「今更だけど、ナギはいいのか? エレオノーラの言ってることは、間違ってないけどリスキーなことには変わりない」
「ナギは稼ぐ方法はユキに任せると言った。だから、ユキがやるっていうならやるだけだ」
「……そうか」
その言葉に少し安心する。少なくとも目的と意識は一致している。面倒をみているようであっても、結局自分だって彼女に頼らざるを得ないのだ。嫌々動かすようなことは、できればしたくなかった。
「しかし……食べたら眠くなってきた。もっとゆっくりしていかないか?」
「アホか。あいつが言った通り先を越されたら馬鹿みたいだろ。さっさと行くぞ」
片手に伝票とコーヒー代を、反対の手は渋るナギの手を引いてユキは立ち上がる。無理させたくないというのは訂正だ。多少引っ叩いてでも動かさないと、こいつは幾らでも怠ける。
どっちが保護者なんだか。支払いをぼうっと眺めるナギに、ユキはそんなことを考えていた。