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地に雪月、欠けるは狼月、空には砕月  作者: 北方修羅院
1章
6/27

1-6『ごめんなさい』だよ。覚えておけ

 日が落ち、街灯の白い明かりが照らす道をナギとユキの二人は歩く。その道中、ユキは街灯の一本を指して訊ねる。


「アレ、どうやって光らせてるんだ」

「衝撃を与えると光る光石っていうのがあって、それを機械でいい感じにやっている」

「予想よりは詳しい答えで逆に驚いた。『さあ、知らないな』が関の山だと思ったんだが」

「同じことをナギも聞いたんだ。何を言ってるかはよくわからなかったけど」

「なるほど……私達は同レベルってことか」


 呟いたユキのそれは、皮肉ではなく改めて覚えた実感であった。最近街に来たというナギと目覚めたばかりの自分。頼りにするならギルドかライロのような『アカデミー』関係者の方が助けにはなるだろう。


「どうする? もう帰って寝るか? 腹が減ったならこの間買ったパンがあったような気がする」


 だけれども。『遺跡で寝ていた記憶喪失の少女』なんて受け入れられるのか。それはおそらく否。細かいことを考えていないナギや、それに若干諦めているだろうグランマのような者が何処にでもいるわけじゃない。


 だから、だ。ユキは気怠げなナギの顔を見据えて決心する。真っ当な暮らしをしていくにはこいつを導いてやらねばならない。正しい道がわからなくとも、間違った道であることを指摘は出来るのだから。


「ナギ、これからお前の家に居候させてもらうわけだが、まずは一つ頼みがある」

「なんだ?」

「服……いや防具か。それを買う金を貸してくれ。いつまでもこんな服は着ていられない」


 ワンピースと言うにはあまりに簡素な貫頭衣のような服を摘むユキ。首を傾げたナギは、


「『十分着れるだろう』なんて言うなよ」


 言いかけた言葉を飲み込み、代わりに言うべきことを捻り出す。


「……八分着れるだろう」

「減らせばいいってもんじゃない。というか、お前もちゃんとした服にしろ。月級になった祝いには丁度いいだろう」

「ナギは気にしないが……ユキが気にするって言うならそうする」


 こっちだ、というナギの案内で服屋を目指す。しかし、仕事帰りで帰宅する者、ギルド本部へ駆け足で向かう者、大きな荷物を抱えて場所を取る者――鍋の具材が如くまとまりの無い者たちが行き来する通りを歩くには、ユキは初心者であり人をすり抜けていくナギとの間に一人二人と壁が出来ていく。


「ナギ! ちょっと待って!」


 声を張り上げ体がぶつかったことに頭を下げ、足を止めた彼女へと近づく。振り返ったナギの手を握ると、彼女はそれを呆けた顔で見ながら言う。


「これは?」

「言うな。子供っぽくて恥ずかしいけど、はぐれるよりはマシだ」

「ああ、そういうことか」


 なるほどな、とナギは頷きながらも歩きだそうとしない。じっと重ねられた自身とユキの手を見つめている。それに痺れを切らしたユキは、眉を吊り上げながら言う。


「今度はなんだよ、立ち止まったら目立つから早く行くぞ」

「いや、初めて触れた時は冷たかったのに、今は暖かいんだなと思って」


 日陰の石、或いは真新しい陶磁器。初めて彼女に触れたときの感覚をナギは思い出し、不機嫌に膨らんだ頬へと手を伸ばす。当たり前のように指が沈む柔らかい肉の感触が伝わってくる。


「……人の顔を気安く触った理由は?」

「人形みたいに綺麗だったから、そういうふうに固まっているのかと思って」

「そんなわけあるか。私は人間だ」

「それもそうか。うん、暖かくて柔らかい。ユキは綺麗な人間だ」

「……それで? 人の顔をべたべた触ったことについて言うべきことがあるよな」

「……ありがとうございます?」

「『ごめんなさい』だよ。覚えておけ」


 馬鹿なこと言ってないで行くぞと、ユキは手綱のように握った手を引く。それに応えてナギは先程よりもゆっくりと、時折握った手を振り返りながら歩いていく。


「ここだ」


 店頭に山のように服が積まれた店の前でナギは立ち止まる。ユキはその1枚を手にとって確かめる。丁寧とは言い難い縫い目にごわついた肌触り、ナギが着ているものと汚れ以外は大差ない。


「それにするか?」

「しない。贅沢は言わない……いや、言う。これからはギルドで働くのに、古着なんて着てられない」


 はっきりとそう口にしたユキを、ナギは不思議そうな顔で見やる。それを、言っていることの意味がわからなかったと解釈したユキは、服の山を指して言う。


「借りる立場で言うのもなんだけどな、金があるなら相応しい格好をすべきだ。それくらいの信頼を得る努力はすべきだろう」

「それはわかる。ババァもそんなことを言っていた」

「だからこんな使い捨て前提の服じゃなく、長く使えるものを選ぶべきだと私は言っている。わかるか?」

「わかった。けど、そんな金は無いぞ?」

「はぁ? さっきカードを貰ったし、報酬だって出たんだろ。服を買えないなんて――」

「ことがあるんだなぁ、お嬢さん」


 突然割って入った男の声に二人は振り返る。裁縫道具を詰め込んだエプロンを身に着けた男は、口ひげを撫でながらユキを測るように睨めつける。その無遠慮な態度とからかったような口調に若干憮然としながらユキは訊ねる。


「店主、でしょうか」

「その通り。そして、面倒な話は好きではなさそうだから簡潔に言おうか。お嬢さんに相応しい服はここにゃ無いよ」

「金なら」

「あっても服が無いんだな。オーダーメイドの服なんてここには無い。で、そんな服を買うほどの金では無いだろう?」


 試すような店主の言葉に、まさかとユキは服の山へと振り返り、呆然と口にする。


「全て手製……これが?」

「当然だろう! まさか妖精が編んでいると思っていたのかお嬢さんは!」


 おかしそうに笑う店主にユキは反論することが出来ない。今日のような危険な冒険でも対応できるオーダーメイドの服。それがどれだけの値段となるのか想像すら出来なかったからだ。どころか、こんな着の身着1枚を手で編んでいることにすら思い至らなかった。そこで思い知る。自分は、この世界を何もわかっていなかったと。


「とはいえだ。古着はお嫌いかもしれないが、いい服が一式ある。しかも二人分だ。まとめて買うならサービスしてもいいぜ」

「……とりあえず、見せてください」


 ユキは、頭を振って意識を切り替える。わからないのは仕方ない。それで失敗するのが恥だとしても、今は必要なことと受け入れよう。わからないことは知っていけばいいのだから。


 店主の後を追って二人は店内に入る。店主は、大げさな動作で恭しく礼をするとショーケースに飾られた服を示す。ユキならば裾を引きずり、ナギでも足首まで届きそうな丈がある真っ赤なロングコートだ。


「こちらのロングコートは、金属糸を織り込んだものとなっており、その含有率はなんと7割! 噛み付いた獣の方が傷つく頑丈さがウリとなっております」

「ふぅん。噛みつかれるようなことがあったら、その時点で詰んでるんじゃないか」

「それは一理ございますが……しかし、それに至らない傷を抑えることができれば生存率も上がります! 素肌を晒して野を駆けるなど誰もしたくはありません!」

「ああ、けど赤いのはいいな。血が目立たない」

「では、お客様のためにあると言ってもいいでしょう! 強い撥水性のある生地は水分を含むこと無く表面で弾くのです! 真っ赤になるのは斬り捨てた相手だけで十分でしょう!」


 立て板に水とばかりにセールストークを繰り広げる店主は、横に展示された同じく赤いロングスカート状の服を示す。ゆったりと裾が広がったそれを見て、ナギは微妙そうなしかめっ面で言う。


「あまり足元がひらひらしているのは慣れない。楽なのは良さそうだけど」

「ご安心を! 中には股布があるため実際にはズボンと変わりありません! むしろスカートは嫌だけど動きやすい服がいいというお客様にピッタリの品です! そしてなんとこれは、遺跡から発見された文献を元に再現した一品で希少価値も高いのですよ!」

「そうなのか?」

「私に聞くなよ……まあ、いいんじゃないか。動きやすいのも頑丈なのも嘘じゃないと思う」

「じゃあナギはこれにしよう」


 大して考えていないだろう決断の言葉に被せるように、店主は大げさに感謝の言葉を捲し立てる。先程の小馬鹿にしたような態度とは大違いだと呆れるユキの空気を察したように、彼は素早く低姿勢のまますり寄ってくる。


「さあ、こちらはさる名家のお嬢様とお見受けしました。こちらの黒のコートが銀色に映えてとても素敵かと」


 ユキは何も言わず、展示された黒いコートを見やる。腰下を半ば覆う程度のコートとしては短めの丈、大きめに取られた袖口、開けるも閉めるも自在の胸元。そして上品な光を照り返す生地。一目で手間と良い素材を掛けて作られているとわかる一品であり、こうして展示されるのも頷ける。


「実用性は?」


 内心の浮ついた気持ちを抑えるべく、そっけない口調で訊ねるユキ。こうして店員と生のやり取りをして買い物をした記憶のない彼女なりに、欲しがった態度を見せればつけこまれるという考えあってだったが、


「もちろんございます! 厳しい野生を生き抜いたケレスの皮を丁寧に鞣し、職人の一針に魂を込めて縫った生地は破れることはおろか解れることすらありません!」

「ふ、ふぅん。悪くないですね」

「そして、今ならこのコートにぴったり合うショートパンツとタイツ、さらにおまけしてトレンカもセット! 目をつけている方も多いこの商品を買うなら今だけ! 今だけがチャンスですよ!」


 セット商品がついてお得、人気商品、買うなら今。言うほどお得でもないし、それほど人気でもない、別に今じゃなくてもいい。経験があるのなら店員の売り文句をそのように受け流すことも出来ただろう。


「うっ……買うなら、今……」


 しかし、初めての買い物で好みにピシャリとハマった服を前にした興奮。舞い上がった思考では、それらの言葉は高く浮き上がらせるための燃料でしか無い。


「いいんじゃないか、それで。服はよくわからないが、立派な服が必要なんだろう?」


 そして、ナギの言葉が最後のダメ押しとなる。高額な買い物に付き纏う罪悪感を払い除ける『私は迷ったけど彼女も良いって言うんだから』という免罪符を手にしたユキは、咳払いをすると胸に手を当て店主に告げる。


「では、彼女と私の服を頂きましょう。そして、服に負けない活躍をすることをここに宣言します」


 一刻も早く袖を通したいという気持ちを大袈裟な振る舞いと言動で誤魔化すユキと、


「ん、じゃあ頼む。これで払えるんだっけ」


 さして興味なさそうに受け取ったばかりのカードを差し出すナギ。

 二人の顔を交互に見やった店主は、満面の笑みを浮かべると大きく礼をして言う。


「ありがとうございます! では、少々お待ちを!」


 丁寧に紙袋へと詰めていく店主の作業を眺めていたユキは、隣に立つナギへ声を掛ける。


「一応言っておくけど、金は必ず返す。少なくとも、それが終わるまでは冒険者をやめる気はない」

「大した額じゃないだろうし、ナギは気にしないぞ?」

「こっちは気にするんだ。借りたものは返すもんだ」

「そういうものか」


 そういうものだ、とユキが答えたところで店主の作業が完了する。彼は、恭しい態度で紙袋を差し出すと、何処か試すような笑みを浮かべて言う。


「早速明日からの活躍をお祈りしておりますとも! ええ、それは服に負けない大活躍を!」


 どこか含みのある言葉だったが、揚々と紙袋を抱えるユキは気に留めることもなかった。

 その真意に気がついたのは、翌朝のギルド本部でのことである。

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