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地に雪月、欠けるは狼月、空には砕月  作者: 北方修羅院
1章
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1-5 かっこいいだろう?

「こんなギリギリの時間にやってくる人は久しぶりだね。いや、嫌味じゃないよ?」


 幾つかの机と椅子が並べられたギルド本部の一室、黒板を前にした講師の男はそう言って愛想笑いを浮かべる。眼鏡と白衣、ボサボサの髪という如何にも研究者という風貌をした彼に、ユキは頭を下げて言う。


「すいません、彼女の用意に時間がかかってしまって」

「ああ、気にすることはないよ。来ると言ったのに来ないなんて日常茶飯事だ。その点で言えば、君たちは約束もしてないのに時間内にやってきた。これは中々の評価点だ」


 うんうんと頷く男からは皮肉という雰囲気は感じられない。ユキ達が来たことも、それが時間内であったことも素直に喜んでいた。

 どれだけ求められるハードルが低いんだ冒険者って奴は、と内心戦慄するユキ。その隣に立つナギは、欠伸をして言う。


「手短に頼む。今日は疲れ――」

「基本的なことからお願いします。何を忘れているのかもわかっていないので」


 ユキがナギの横腹に肘を入れたことも気にせず、彼女の言葉に男は目を輝かせる。


「そんなふうにやる気ある人も久しぶりだ! いや、やる気ある人はいるんだけど『手早く稼げる方法を教えろ』とかそういうのばかりでね。歴史や意義も大事なことなんだけどなぁ」

「ええ、その通りだと思います。歴史には学ぶべきことが膨大にあるのですから」

「それは結構。では、二人共席についてくれ。ああ、それと僕の名前はライロだ。別に覚えなくても構わないよ」


 ユキは、気怠げなナギと並んで席につく。二人が準備できたところで、ライロはさて、と口火を切った。


「歴史を学ぶべきとは言ったが、始まりから話すには時間も用意も足りなくてね。そうだね、この冒険者ギルド設立に至る経緯までに留めておこうか」


 ライロは、黒板の右に円を描くと、左側の離れたところにさらに大きな円を描く。彼は、右の円を指しながら続ける。


「僕達は、この右の大陸で生活を続けていた。けど、発展していけば行くほどに得られる資源、有効活用できる土地にその他諸々に限界が来ることは明白だった。だから、新天地を求めて左の大陸――今僕と君たちがいるここだね――に旅立った。それが今から約100年前のことだ」

「100年前……とは割合最近ですね。何故、それまでは進出しなかったのですか?」

「それは単純。海には怪物が住んでいたんだ」


 ライロは、大陸の間に蛇のようなものを描き足す。大陸間を繋げられるのではと思えるほどの巨体だ。


「この蛇のような魚……まあ、魚ということにしようか。こいつがいる間は船を出せない。だから、当時の人達は文字通り死ぬ気で討伐した。何千、何万人と死者を出したものの血路を開く事ができたんだ」

「そして、この大陸にたどり着いた」

「その通り。そして、それだけの価値があったんだ。この大陸には未知が溢れていた。その中で最たるものは、ケレスとスキュラ。それに魔法だね」

「魔法?」


 訝しげな顔をするユキに、ライロは指を一本立てる。じっと集中して見つめる指先に、やがて淡い光を放つ小さな球体が生まれた。


「なっ……」


 言葉を失うユキ。軽く息を吐いてライロは続ける。


「僕は小さな明かりを出すくらいだけど、本職の魔法使いなら火を出したり雷を出したり……なんだかわからないものを出したり出来るよ。で、これを可能とするのが魔力というエネルギーだ」


 とは言ってもわかってることのほうが少ないんだけどね。頭をかいたライロは、黒板に人の絵を描いていく。


「この魔力は、人体の中にあるものと周囲に漂うものの二つある。人体に収められる魔力量は人によって全く異なる。ほぼゼロの人もいれば底なしと思えるほどの人もいる。例えば、ナギ君は魔力量がある方だね」

「そうなのか?」


 なんで自分のことなのに知らないんだよ、というユキのツッコミにライロは苦笑しつつ続ける。


「適性検査の結果ではそうなってるね。でも、魔法を使うのに体内のものだけを使えば疲れるし、効率も悪い。そこで周囲に漂っている魔力を利用するのだけど、それを含めて魔力のコントロールというのはほぼ才能だ。訓練すれば上手くはなるけど、ゼロから出来るようになるということは無いと言っても良い」

「……つまり、ナギは優れた魔法使いということですか?」


 刃のない刀で金属を断った青白い光を思い出すユキ。ナギ自身もよくわかっていないと言っていたが、魔力によるものだとも言っていた。あれだけの切れ味を生み出せるというのは、コントロールが優れているということになるのだろうか。


 ユキの問いに、ライロは頷く。


「ある意味そうとは言えるね。魔力を火などに変換せずそのまま使っているけど、刃という形に変えているとも言えるから。それに、魔法と言っても火を出すだけが魔法じゃない。身体能力の強化も立派な魔法と言える」

「へえ、そうだったのか」

「お前……よくわからないものを使っていたのか?」


 呆れた目を向けるユキに、ライロは苦笑しながら続ける。


「魔法の定義を知らないのも仕方ないさ。そもそも、魔法に定義らしい定義はないんだ。言ってしまえば理解できないことに魔法という名前をつけているだけなんだよ」

「理解できてないって……どういうことですか?」

「まあ、そのままの意味だよ。さっきも言ったけど、そもそも魔力と呼んでいるものが何なのかすらわかっていない。それがどう作用してどういう原理や法則で機能しているのかも曖昧だ。というか、普通に考えればありえないことなんだ。人の手から火が出たり、10メートルジャンプできたりなんてありえないだろ?」

「それは、そうですが……」

「でも、現実にそういう事ができている。出来ている以上は、わからないだけでなんらかの法則がある。だから、わかるまでは魔法と呼称している。というわけで、今は便利な道具の一つとでも思っておけばいいよ。興味があるなら適性検査もやっているからね」

「まあ、考えておきます」


 ぜひそうしてくれと言って、ライロは再び黒板に書き進めていく。


「では、話をギルドの歴史に戻そうか。とは言っても、ギルドが設立された経緯はありふれたものだ。開拓を進める以上、拠点となる場所とまとめ役が必要になった。理由としてはそれだけだ」

「なぜ『冒険者』なのですか? その、私が思う『冒険者』とはイメージが違います」

「そうだね。実態としては職業斡旋、一時雇いの開拓者の寄り合い所。そちらのほうが正確だろう。誰も覚えていないような長い正式名称だってある。けど、冒険者ギルドと呼称される理由はある」

「それは?」

「かっこいいだろう?」


 ライロが口にしたのは子どもじみた単純すぎるものだった。呆気にとられたユキが笑うべきだったかと考えて、ライロの表情に思い直したところで彼は頭を掻いて言う。


「もちろんそれが全てではないよ? でも、半分くらいはある。今でこそここまで発展したけど、それこそ最初の人たちは二度と帰れない覚悟でやってきた。荒れ地を開墾するのとは比べ物にならない危険を冒してね。だから、冒険者っていうのは彼らに対する敬意でもある」


 とはいえだ、と真剣な表情で語っていたライロは破顔すると二人を見ながら続ける。


「さっきも言ったけど、冒険者ギルドに所属することに重い意味はない。最初の一歩を踏み出す取っ掛かりとして利用すれば良い。仕事をこなしていけばギルドからの信頼っていう後ろ盾も出来て、他の職を探す手助けにもなる。だから、一先ずは登録することをオススメするよ」

「じゃあ、ナギはいつになったら遠くに行けるんだ。ずっと足踏みしているようなものじゃないか」


 不満を口にするナギは、ふてくされた顔でライロを見やる。自分の問題で他人に当たるなと、ユキは嗜める。そんなすぐに認められるものかと続ける彼女だったが、


「ああ、それなら明日にでも行けるよ。月級に昇格したからね」


 あっさりと答えるライロに怪訝な顔を向ける。


「ユキ君が寝ていたという遺跡の探索。その成果を確認出来たからね。金属の蜘蛛が死んでいるのも確認された。月級に昇格するには十分な成果だろう」

「その、月級というのは?」

「冒険者のランクでね。下から星、月、そして太陽だ。星級はギルドに入って日が浅い者、或いは登録だけしたような人だね。大半がここに属するね」

「ナギは月級になったのか? そうなったら何が出来る?」


 さっきまではすぐにでも帰りたがっていたナギは、尻尾を揺らしながら矢継ぎ早に訊ねる。都合のいいヤツ、というユキのボヤキは聞こえていないようだった。


「難しい依頼も受けられるようになるし、危険な場所にも行けるようになる。冒険者、というのに相応しいものが待ち受けているわけだ。あとは、これかな」


 ライロは白衣のポケットから薄い木札を取り出す。片面には紙のように薄い金属板が貼り付けられており、そこに書かれている文字はおそらくライロの名前だろう。


「これがあれば買い物の支払いはギルドに預けたお金から引き落としにできるし、ある程度なら借金という形で手持ち以上の買い物もできる。つまり、それだけのことをしても良いというギルドからの信頼の証だね」

「では、貴方も月級の冒険者……?」


 驚きの目を向けるユキ。あの蜘蛛を倒したことでナギが昇格したと言うなら、ライロもそれに匹敵する力があるということになるが、失礼ながらとても思えない。仮に、今自分が飛びかかっても対処できるとは思えなかった。


 その目の理由に気がついたのか、ライロは苦笑して言う。


「これでもね。ナギくんみたいに切った張ったは全く出来ない代わりに頭は良いんだ。遺物の解析や道具の開発、その他諸々の学術関係を取り仕切っている『アカデミー』が本籍で、ここでは出向講師をさせてもらってるんだ」

「強いだけが月級ではないと?」

「知は力なり、というだろう? 君も興味があったら是非アカデミーまで来てくれ。中々良い素質がありそうだ」

「考えておきます」


 考えることがいっぱいだ、とライロは笑う。それに対してユキは苦笑するしか出来ない。彼が言う通り、考えることが多過ぎる。知っていかねばならないこともだ。


「さて、じゃあ最後の解説はスキュラとケレスだね。まあ、ユキ君は蜘蛛を見たから何となく分かると思うけど、この大陸には未知の生物に溢れていた。それを調査していった結果、スキュラとケレスという大きく二つに分類したんだ」


 ライロは、黒板に絵を描いていく。蜘蛛、熊、土竜、蝶。


「まずはケレス。これに分類される生物は、既存の生物に姿形や特徴が似ているが大きさや筋力は格段に上だ。俗には魔物なんて呼ばれ方もしてるね。これを倒すことが出来たなら月級として認められる」


 次の絵をライロは描こうとし、少し考えたところで一筆も動かさずチョークを置く。


「そしてスキュラ。これは一目見ればわかる。既存の生物とまるで違うとね。全身が金属なんてのは序の口で、出現した地域が腐る、腕の一振りで森を蹴散らす、緋色の刃を振るう殺戮人形……とにかく危険ということだけ覚えていれば良い。余程運が悪くなければ出くわすこともないだろうしね」

「全身金属っていうならナギが斬ったのもそうだったが、あれもスキュラなのか?」

「その点だけはスキュラと同一性があるケレス、かな。君を悪く言うつもりはないけど、その程度のものだ」


 そういうライロの表情に誤魔化しや侮りは見られない。人を殺すには十分過ぎる力と思考を持ったあの蜘蛛ですら、末席に連なる事もできないほどの脅威が潜んでいるということをユキは嫌でも理解する。

 内心身震いをするユキをよそに、呑気な顔をしたナギはそういえば、と訊ねる。


「今思い出した。太陽級になるためにはスキュラを狩らないといけないんだろう? どこに行けばいるんだ?」


 会うなという話をした直後に何故会おうとするのか。話を聞いていなかったのかとユキは呆れつつも、気になることがあり黙っていた。冒険者の最上位となる太陽級の説明をライロはせず、その上で最後の解説と言っていた。太陽級について話さないのは、何の理由があってのことか。


「太陽級……かぁ。確かに太陽級に昇格する条件は『スキュラを狩る』一点のみ。逆にそれ以外は求められない」


 問われたライロは、立て板に水だった口を絞り憂鬱な顔で語る。思い出したくないことを思い出しているのか、或いは無意識に体が震えてしまうのか。体を抱きしめるように強く腕を組んだ彼は続ける。


「けど、正直に言って関わりたくない人たちだね。遺物をよく持ってきてくれるのはありがたいけどね……」


 肺の底から振り絞ったような溜息をつく彼に、ユキは言葉を選びながら言う。


「それは、強いだけの人というか……」

「例えるなら、持ち手まで刃がついているナイフ。或いは自分にも銃口が向いている銃……」

「つまり、イカれてるってことか?」


 あまりに率直なナギの言葉に、ライロは周囲に誰かいるかのように体を震わせると、教卓に両手をついて肩を落とす。


「……まあ、そうとも言える。だから、もし君たちが太陽級になるようなことがあってもだ。そんなふうにならないでくれよ。本当にね」


 実感の籠もった言葉に、ユキは今回ばかりは『考えておきます』とは言えず、努力しますとせめてもの慰めで答える。


 そうして気まずい空気が漂い出した一室から逃れるべく、ユキはそれらしい話題を探し出す。


「あー、月級になったということで……何かアドバイスなどはありませんか」

「アドバイスかい? そうだね、それなら服……というか防具を買うといい。外見は個人を表すわかりやすい記号だ。覚えも良くなるし生き延びる確率だってあがる」

「有意義なものをどうも。それでは失礼します」


 強引に話を切り上げたユキは一礼し、眠たげなナギの腕を引いて講義室を後にする。良い態度ではないな、と後ろ髪を引かれる彼女の耳には、


「……本当に冒険者なのかな、あの娘?」


 感心と疑問が折り混ざったライロの呟きは届くことなく、虚空に消えていった。

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