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地に雪月、欠けるは狼月、空には砕月  作者: 北方修羅院
4章
25/27

4-6 ああ、相棒だ

 行方不明者は、遺跡のどこへ攫われたのか。その答えが、形ある混沌というべき眼前の怪物だというのなら。あの蜘蛛たちが守っていたのは、そうして作り出されたもの――。


「だからっ、どうした!」


 ユキは、脳裏にチラつき続ける疑問を蹴飛ばし、5発の弾丸を続けざまに放つ。狙いは額、人中、喉、心臓、臍部。青白い軌跡を引く弾丸は、その全てに命中し泥を吹き飛ばすように人型の身体を抉る。大型獣でもよろめき、人間なら吹き飛ぶだろうそれを受けた人型は、


「ありえない……!」


 僅かによろめくだけであり、受けた傷も瞬く間に再生していく。砲塔の先に灯る光はさらに輝きを増していた。

 あと数秒で光が放たれ、影すら残さず消えていく。その未来を否定するように、ユキはグリップを握りつぶさんばかりの力と魔力を注ぎ込み、最後の一発を放つ。


 鼓膜だけでなく身体全体を震わせる轟音と共に放たれた光は、しかし怪物ではなく地面へと向かっていく。それでいい、と膝をついたユキは考える。


 魔法が使えるというのなら、跳弾の方向をコントロールするくらいは出来る。根拠はなく、確信だけがある一手だったが、それは正しかった。着弾した弾丸は、垂直に跳ね上がり砲塔を真下から叩く形となる。体から長く突き出た砲塔を大きく揺らされ、砲口の仰角が上を向いた瞬間、光が放たれる。


「ユキ!」


 ナギに伏せられた体の上で目を焼く光が通っていくのを、ユキは肌で感じていた。破壊音は不気味なほどに静かで、先程の銃声のほうが余程大きかった。だが、それは破壊しているのではなく消滅しているという裏付けに過ぎない。飲み込んだ全てを消し去る光。その光が、自分たちに向けられていたのだ。


 そうして伏せていたのは永遠にも感じるほどに長い数秒だった。肌で感じていた熱が消え去った。ふらふらと立ち上がりかけた体が、強く抱きしめられる。


「ユキ、しっかり捕まってろ! 跳ぶぞ!」


 答える間もなく、自分を抱きとめるナギごと体が浮き上がる。思わず頭部を庇おうとするが、何も起こらない。ユキが、天井を見上げると、


「そ、ら……?」


 通路内での縦方向へ5メートル近い跳躍という不可能も、今なら可能であろう。目を見開いたユキが見たのは、青い空とそこまで続く階層の断面だった。光は、遺跡を切り裂くように地下から地上へ放たれ、その射線上にあったもの全てを飲み込んだのだ。


 ナギは、階層の残骸を踏み台にしながら地上へと飛び上がっていく。ユキは、振り落とされないように必死に彼女にしがみつく。なんとか地上までたどり着き、転がるように大穴から距離を取る。乾いた喉から荒い息が溢れた。


「なんとか今のうちに逃げる、ぞ……はぁっ……すぐには登って」


 これないはず。そう言いかけたユキが、不意に影に覆われる。何か巨大なものが太陽を遮り、黒い雨が降り注ぐ。喰らえば身体が千切れ飛ぶ黒い槍は、地面を穿ち生い茂る草木を塵のように吹き飛ばしていく。当たらなかったのは、運が良かったとしか言いようがない。


 そして、着地したそれが大地を揺るがす。


「嘘だろ……」


 ユキは、絶望の表情で眼前の怪物を見やる。その身体が突き出た無数の触手は、金属製ながら蛇のように蠢き伸び縮みしていた。それを利用し、スリングショットのように自身を射出したのだろう。


 それは、この怪物から無事に逃げおおせることが不可能だと証明していた。それぞれが逆方向に逃げたところで、光線に焼かれ蛇に食い尽くされるだけだ。完全に敵意を一人に向けなければ、逃れることは出来ない。


「ふぅ……ふぅー……」


 刀を正面に構えるナギは、食い殺さんとばかりの目で怪物を睨みつけている。だが、その切っ先が震えているのは誰が見ても明らかだった。威嚇とは怯えの裏返しであり、事実彼女は恐れていた。


 しかし、何を恐れているのかわからない。目の前の怪物がもたらす死? 確かに死は恐ろしい。死ぬのは苦しい。死にたくない。そんなふうに思ったことは何度もある。けれど、今までその恐怖を乗り越えて斬り捨ててきたはずなのに。どうしてこの手は震えるのだろう。


『じゃあ、お前はお前の考えがわかっているのか? どうしてそこまでしてあいつを斬りたいのか、わかっているのか? それがわかっていないのなら、お前は馬鹿だ。そんな馬鹿が勝てるわけがない。だから、私はお前を行かせない』


 先ほど言われたばかりの言葉を思い出す。どうして。どうして。どうして? 理由は必ずあるはずなんだ。今すぐに斬りかかりたくて仕方ないのだから。だけど、何故?


 答えが出ない苛立ちが喉を締め付け、正体のわからない波が胸の中で渦巻き肺を満たしていく。苦しくて仕方がない。もういっそ、死んでしまえば楽に――。


「ナギ」


 沈みかけていたナギの意識を、ユキの呼びかけが引き戻す。気がつけば、彼女はナギの前に立っていた。その小さな背中で、彼女を守ろうとするように。


「ユキ、何をして」

「私が時間を稼ぐから、お前は助けを呼んでこい」

「…………何を、言って」


 そんなことは不可能だと、彼女自身がわかっているはずだ。何故、そんなことを言うのか。ナギにはわからなかった。


「私は……簡単には死なない。あいつと同類か……きっと似た者同士なんだ」


 ユキが撫でた腹部には、傷の痕跡さえ残っていない。何発も銃弾を打ち込まれた怪物が、何もなかったように傷一つ無く身体を再生させたのと同じように。


 だから、とユキは寒さをこらえるような震えた声で言う。


「私には過去なんて最初から無くて、探すような自分だっていなかったんだ」


 口にしてしまえば自分が千切れて無くなってしまいそうで、考えたくもなかった。今にも膝をついて叫び出したい。


 けれど、とユキは怪物を睨みつけながら真っ直ぐな声で告げる。


「だけど『ユキ』はここにいる! 出会ったあの日から今日までをなかったことにはさせない! お前が生きていてくれるなら……消えたりはしない!」


 やめろ。逃げろ。どうして。ナギの脳裏に浮かんだ言葉の全ては、口から発せられることもなく霧散していく。そんな無駄な感情に割くリソースは、残っていなかった。心の中で荒れ果てている波を、さらに飲み込む大波が心をかき混ぜる。


 敵わぬ相手と知りながらも大切なもののために立ち向かう背中。それは、原初の時代から遙か未来まで通じる人の輝き。


 綺麗だ、とただ素直に感じた。元より難しいことを考えるのは不得意だと自覚している脳が指令を命じるよりも早く、ナギは動いていた。


「死んでいいわけがないだろう!」


 死なせないというたった一つ。しかし、震える体を焼き尽くすような衝動は、視界を覆い尽くすほどの黒い槍に対する恐怖を忘れさせた。手を伸ばすユキの横をすり抜け、黒波を割らんばかりに刃を振るい続ける。


 しかし、斬ることは叶わず強引に弾くだけでは、そう長くは続かない。見かけ以上に重い槍を一本弾くごとに腕は痺れ、柄を握りしめる指から力が抜けていく。胸に直撃する一本を弾くと同時に、右手から柄がすり抜ける。だが、次なる波は間もなく自分を飲み込もうとしている。


 一つ瞬きをすれば次の瞬間には死が訪れる。ナギは目を見開き生きるための道を探り続ける。


 動かない右腕は盾にもならず、体を差し出したところで一撃でちぎれ飛び二撃目でユキも殺される。手元にあるのは鞘と半ば痺れた左腕のみ。斬ることは不可能であり、あの怪物を殺すことも出来ない。どれだけ考えたところで、たどり着く結論に変わりはない。


 だが、そんなことはどうでもいい。どうであろうと、あいつを斬らないといけない。存在を許すことなど出来ない。そうしなければ、ユキは――。


『斬るための目的を見失えば、勝機も見失う』


 斬れぬ水を斬ろうとした自分に、口うるさい師はそう言っていたことを思い出す。なぜ、死を目前に思い出したのか。それは、決して死を受け入れる走馬灯などではない。


「ああ……そうだった!」


 いっそ笑うようにナギは叫び、鞘を掴んだまま左腕を体ごと1回転。舞っているようなゆらりとした動作は、この場に似つかわしくないほどに静かだった。


 鞘から揺蕩う魔力は円を描き、静流を飲むこもうとする槍の激流を逸らし、後方へと流していく。周囲の地面がえぐれ木々がなぎ倒されていくが、破壊が止んだ時、ナギもユキも傷一つ負っていなかった。


 死を覚悟していたユキは、現状を理解しきれず呆けた声で言う。


「お前……こんなことが出来たのか……」

「いや、今できるようになった。思い出したんだ、ババァの言っていたことを」


 斬るための目的を見失えば、勝機も見失う。何故、自分は怪物を斬り捨てたくて仕方がなかったのか。その理由にやっと気がつくことができた。


「殺す理由は『死にたくない』だけで十分だと思っていた。けど、それだけじゃ足りなかった。『死なせたくない』だって同じだけあったんだ」

「……ナギ」


 静かな声で己を振り返るナギの背中は、昨日よりも大きく、そして寂しげだった。誰にでもあるものが欠落していて、それに気がついてすらいなかった。そう自覚できるようになったのは、喜ぶべきなのだろうか。ユキには、わからない。


「ああ、だけど……そんなふうに思えるものが自分にもあるなんて、考えたこともなかった」


 何を言うべきか、答えが見つからないユキへナギは振り返る。自嘲するような笑みを浮かべていたが、彼女は俯いてはいなかった


「ナギは、一人じゃ生きていけないみたいだ」

「……それは」


 私だってそうだ。呟くユキに、同じだなとナギは笑う。


「一人で生きていくなんてナギには無理だった。何もわからず、人の生き方も知らないやつが人として生きていけるわけがない。ユキがいないと、どこへ行けばいいのかわからない」


 静かに、一つ一つ内心を確かめるように、ナギは続ける。一人では何も出来ないという未熟を、彼女は恥じること無く淡々と告げていく。


「――ああ、だからナギはあいつを斬りたいんだ。なんだろうと関係ない。ユキを殺そうとしたあいつを、許せない」


 何故なら恥じることなど一つもない。傷つけられただけで震えあがるほどの炎が湧く大切な人がいるのだから。


 相手を噛み殺せるなら命すら捨てるという激情は、如何にして敵を殺し守るかという冷たい怒りへと研ぎ澄まされていく。歯を剥いて威嚇する必要など無い。獣ではなく人ならば、牙ではなく手にした刃を振るうだけだ。


「……そうだな。私は、お前の――」

「ああ、相棒だ。ここまでちゃんと考えて思い至ったんだ、褒められてもいいと思う」


 屈しかけた膝に力を入れ、ユキはナギの隣に立つ。すごいだろ?と言いたげな笑みに、一言どころでなく言ってやりたいことはあった。しかし、今そうして出てくる言葉は、きっと誤魔化すための心にないものだろうから。


 そんなことを気にしてる場合ではないというのもわかっている。だけど。嬉しくないなんて嘘や誤魔化しをするのは、出来なかったしやりたくなかった。違う人間であっても同じ気持ちを持てたことを、嬉しく思わないわけがないのだから。


 だから、今言うべきはこれだ。


「行くぞ、相棒」

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