3-4 あいつは強くない。イカれてるだけだ
人気のない砂浜に一人立つユキは、小さく息を吐く。見据えた視線には、15メートルほど先に立つ3本の丸太があった。その上には、的としてガラス瓶が置かれていた。
肩幅に足を開くともう一度息を吐き、止める。同時に腰の後ろに下げたホルスターへと手を伸ばす。滑るように引き抜かれた銃は、流れを止めることなく銃口が瓶に合った瞬間に弾丸が放たれる。連続した銃声に続き、瓶が砕ける澄んだ音が海岸に響き渡った。
「……はぁ」
溜息をついてユキはホルスターへと銃を戻す。綺麗に砕けたのは二本。残る一本は狙いがそれて首部が砕けるに留まっていた。
ナギが言うところの特訓を始めてから一週間。成果があった、とは断言できなかった。というのも、これくらいのことは初日から――さらに言えば初回から出来ていたのだ。
彼女にとっては、まっすぐ弾が飛ぶのだからそうなるように構えれば良いという単純な理屈で行ったに過ぎないが、それは普通ではないのだろう。ナギが試した時は、10発撃ってやっと1発丸太に当たるという結果だったのだから。
つまり、自分には銃の才能がある。それは喜ばしいことだったが、そこからの成長が見られなかった。どれだけやっても必ず一発は外れてしまうのだ。朝から夜まで撃ち続けていれば、一度くらいは全弾命中ということもあるだろうに。
「どれだけ気にしてるんだ私は?」
その原因はわかっている。一週間前のナギとの会話が棘のように刺さり、そこから不安という毒が指先を鈍らせていた。彼女は、大丈夫だと励ましてくれたし、それはとても嬉しかった。何とかなるかもしれないという希望も持つことが出来た。
けれど、問題は何も解決していないのも事実。一度浮き上がった心も、空元気が抜けていけば沈んでいく。結局のところ、問題を解決するか自分自身が受け止められるようになるしかない。
出来るのか、そんなこと。独りごちたユキは、その場にしゃがみこんで空を仰ぎ見る。果てまで続く空は、途切れることのない灰色で埋め尽くされ、けれど雨が降るほどではない。漠然とした空を眺め、鈍色の海を見やる。ここではない深い底ならば、私を知っている者が居るのだろうか。
「そんなわけ、ないだろ」
私でさえ『私』を知らないというのに。自嘲するユキは、砂で汚れることも厭わず砂浜へ倒れ込もうとし、
「やめときな、畳を砂で汚すと後悔することになるよ」
冗談じみた、しかし鋭い叱責の言葉に慌てて背筋を伸ばす。振り向いた先には、堂々とした笑みを浮かべるグランマが立っていた。
「グランマ……? どうしてここに?」
「何やら二人がやっていると聞いてね。ナギは?」
「あっちの岩場に……波を斬る特訓とか言ってました」
「変わらんねえ。何でもかんでも斬ろうとしやがる」
呆れたように言って、グランマはユキの隣に腰を下ろす。戸惑うユキに構わず彼女は、
「で、あんたは何を悩んでいるんだい」
前フリもない直球の問いに、ユキは息を吐いて言う。
「……わかりますか」
「そりゃね。そんな難しい顔をしてれば誰でもわかる」
「誰でも、ですか」
「まあ、その内容も察しが付くが……自分の口から言ったほうが楽になる。独り言のつもりで言ってみな」
「……ありがとうございます」
ユキは、抱えた膝を顔を伏せながらポツポツと語る。
「ナギの過去について聞いたんです。いつのまにか誰もいなくなって、両親も居なくて。けど、あいつはそれを気にしていないと言っていました。私にも……そんなふうに思える日が来るのかとか、あいつの世話を焼いていたつもりで頼ってばかりで情けないとか……あいつみたいに、強くなれないのが苦しくて」
両親に捨てられたかもしれないと考えるだけで、こんなにも胸が苦しいというのに。それを『こうして生きているから』と割り切ることなど出来るのだろうか。自分には、とても思えない。たとえ銃が扱えたところで、それを向けるのは殺したい相手であり、弱い自分は殺せない。
「……ナギは、強いんですね」
諦観と嫉妬の籠もった泥を口から吐き出す。確かに、少しは楽になったのかもしれない。けど、そうしたところで結局――。
「いや、あいつは強くない。イカれてるだけだ」
グランマの答えは、予想外の否定だった。或いは、自分を慰めようとしているのか。しかし、その考えは彼女の表情を見れば霧散する。鋭く細めた目は、冗談を言っているようにはとても思えない。
「どういう意味ですか?」
「あいつの過去を聞いたと言ったね。それは、嘘じゃないが正しくはない。あいつは捨てられたんじゃない。置いていかれたんだ」
「それは……」
何が違うのか、とユキは問う。置いていかれたにしろ、両親に見捨てられたということに変わりはない。単なるニュアンスの違いではないのか。
しかし、グランマは首を横に振る。そんなことではないのだと言うように。
「では、一つ訊ねようか。朝起きて夜寝るまでの間、ただ剣を振り続けるやつをどう思う?」
「……熱心なのだと、思います」
「なるほど。じゃあ、村が廃村になると言っても聞かず剣を振り続け、ある日誰も居ないことに気がつくような奴はどうだい?」
グランマの言葉にユキは息を呑む。それは、
「……そうして名前も両親も忘れるような奴、ですか」
「そうだ。そういう奴を何と言う? イカれているとしか言えないだろう」
だから、嘘ではないが正しくない。ユキは、グランマの言ったことの意味を理解する。そもそもナギは、自分に起きたことを正しく理解し認識していないのだ。よくわかっていないからダメージを負っていないというだけだった。
「……あいつは、これまで何を?」
「あたしがあの駄犬を知ったのは、廃村に獣が潜んでいると報告があった時だ。まさか、と思ったよ。耳を貸そうとしない子どもが一人残ったという話は聞いていた。だが、そいつが生きて野盗紛いのことをしているとは思わなかった」
「野盗って……」
「本人は『縄張りに入ってきたから追い払っただけだ』と抜かしていたがね。けど、死人が出なければいいという話じゃない。あいつを叩きのめして連れ帰ったのが3年前くらいだったか」
叩きのめして、というのは比喩ではないのだろう。言語を介そうとしない獣に理解させるには、力を示すのが一番手っ取り早い。彼女が文句を言いつつも逆らえないのは、それが理由の一つだったかと納得するユキ。
「それで、今は冒険者を?」
「そういうことさ。あいつは物知らずでイカれているが、馬鹿ではないし――邪悪ではなかった。何かと斬りたがるのは高い山を登りたがるようなもので、殺しを楽しんでいるわけじゃない。だから、社会のルールを教えれば従おうとした」
ユキは、これまでのことを思い返す。確かに、彼女はズレてはいるがルールを敢えて破ろうとはしなかった。それに近いことがあったとしても、生きてきた世界が違うが故だろう。それは、自分自身にも当てはまることだ。
「ナギも……世界に馴染もうとしていたんですね」
「さて、どうかね。少なくともあんたみたいに悩んだ顔はしていなかったがね。ともあれ、あいつに関してはこんなところだ。駄犬と自分を比べる意味がないとわかってもらえたならいいが」
「それについては、よくわかりました」
だったらいい、と立ち上がったグランマは笑う。そのまま立ち去ろうとした彼女は、足を止めて振り返る。
「ナギとは、できればこれからも仲良くやってくれ。あいつが剣を振ってる時と同じか、それ以上に楽しそうにしているのはユキと居る時くらいだ。お前さんとなら、あいつも獣じゃなくて人として生きていくことが出来るかもしれん」
そう言ってグランマは、返事を待たずその場を去る。残されたユキは、彼女の背中が見えなくなるまで視線を送っていたが、雲間から刺した光に空を見上げる。眩しさに目を細めた先には、透き通る青が広がっていた。
「……よし」
決意とともにユキは立ち上がり、同時に引き抜いた銃を真横へ向け、引き金を引く。横目で見ることもなく放たれた弾丸は、ガラス瓶の中心を直撃し、快音を響かせる。
それは、時の切り替わりを知らせる鐘のように、駆け出すユキの背中を押していく。




