3-2 お時間頂いてもいいでしょうか
「率直に言うとだね、僕は感動しているね。講習から1週間後に顔を合わせたから挨拶したのに『はっ?誰?』みたいな顔された経験があるから尚更だよ」
数週間前に講習を受けた部屋に独りいたライロは、目元を拭って言う。目尻に浮かんだ涙は欠伸をしていたせいか、或いは言葉通り感動しているのか。どちらにせよ、隣にいるナギが『誰だっけ』という顔をしていることに気が付かないで欲しいとユキは思った。
ユキは、咳払いをして訊ねる。
「それで、今お時間頂いてもいいでしょうか」
「もちろん! 聞きたいことがあるなら聞いてくれ! 古文書とにらめっこするのも飽きてきた頃だったんだ!」
「では、まずはこちらを見てください」
ユキは、ナギを目で見やる。ぼうっとしていた彼女は、ユキにせっつかれてようやく刀を机に置き、刀身を見せる。
「へえ、こんな状態の良い刀は珍しいね。大体は錆びて外観がギリギリ残ってるかどうかなんだけど、これは材料のおかげかな」
「特殊な金属ってことですか?」
刃の煌めきにも劣らない輝きを目に映しながら、ライロは答える。
「んー、どちらかといえば錆びている刀のほうが特殊だ。それらは美術品として創られて実用は考えてなかったようだけど、これは違う。斬るための道具だ。そうじゃなかったら、持ち手に合わせて形を変化させる柄なんてありえない」
「ああ、すごいしっくりくるのはそのせいか?」
「柄に編み込まれている糸がそうしているんだろうね」
「では、斬るための道具といいましたが刃がついていないのは? それは矛盾しているように思えます」
「訓練をするためのものか、或いは……おもちゃだったのかもしれないね」
「おもちゃ? これが……ですか?」
斬るための道具といいながら、おもちゃであるという推察に繋がる理由がわからず怪訝な顔をするユキ。
「その機微は女の子にはわからない……というのは失礼かな。おもちゃは本物に近ければ近いほど良い。でも、本物と刀と同じ素材では錆びてしまうし刃があるのは危険だ。その妥協として、錆びることのない金属と丸めた刃以外は斬るための道具に近づけた。可能性の一つとしては、あるんじゃないかな」
「へえ」
まったく興味がないのがわかるナギの相打ちだったが、ライロは気にすることなくすごいと繰り返し続ける。恍惚とした表情で刀を撫で回したり舐めるように凝視していたが、危機を感じたのか顔をしかめたナギに取り上げられる。
「ちょっと気持ち悪いな。アカデミーっていうのはこうなのか?」
「自分でいうのもなんだけど、僕はマトモな方だよ。じゃなきゃ、こうやって講師の真似なんて出来ないからね」
自嘲するようにライロは言うと、咳払いをして真面目な講師の顔を作る。
「さて、他に聞きたいことはあるかな」
「では、こちらもお願いします」
ユキは、後ろのベルトに挿していた銃をゆっくりと机に置く。まずは、これに食いついてくれると話が速いのだけど。そう考えながら彼女は、ライロの様子を伺う。
「おお、銃じゃないか。よく見つけたね」
ライロは驚いてはいるが、銃に対してではなくそれを発見したユキ達に驚いているようだった。ナギは、それに疑問の声をあげる。
「なんだ、大したものじゃなかったか?」
「それは鑑定の結果次第だね。触っても?」
「ええ、弾は抜いてあります」
「では、失礼して……」
ライロは、手にした銃の構造を撫でるように確かめていく。せり出した弾倉を前後から覗き込み、小さな魔法の光で銃身を照らし出す。始めは好奇心に輝いていた目が、その構造に触れていくにつれて真剣味を増していく。
声をかけるのも憚られる空気が流れ、それは不意に吐いたライロの息に吹き飛ばされる。
「これは……うん、大したものだね。僕が見てきた中では最高のものだ」
「そんなにすごいものなんですか?」
「そうとも! とくにすごいのはこの弾倉だね! ユキ君、弾は持っているかい?」
「どうぞ」
銃と共に見つかった黒いゴム弾を差し出すユキ。受け取ったライロは、いいかい?と続ける。
「この弾と弾倉を比べると弾のほうが小さい。隙間ができるくらいにね。じゃあ、装填した状態で弾倉を下に向けるとどうなるか」
「それは落ちる。ナギでもわかるぞ」
「だが、これはそうならない」
ライロは弾倉を下に向けるが、装填した弾は落ちること無く弾倉に留まっていた。左右に揺すったり、上下に軽く振っても落ちることはない。まるで見えない壁に支えられているようだ。
「外から中へ容易く、しかし中から外へは簡単に出せないようになっている。そういう魔法が掛けられているんだろう」
「弾が落ちない……それは……」
「けど、何の役に立つんだ?」
率直なナギの疑問に、ユキも思い至る。弾が落ちないとはいえ、わざわざ魔法を使ってするようなことだろうか。最初からそういう構造に作ればいいだけの話だ。
訊ねられたライロは、満足気にうなずく。それでこそ話し甲斐があるというように。
「それは、おそらくこういうことだね」
ライロは、弾倉からゴム弾を抜き取る。代わりに手に取ったのは、小皿に置かれていた丸豆だった。乾燥させ塩で味付けしたそれは、おやつとしてはポピュラーなものであり、子供から大人まで親しまれている。そんな豆を、彼は弾倉へと一つ放り込む。
「的は……これでいいか」
立てた書類の束を壁際に置くと、自身はその反対側に移動する。両手で構えた銃を束へと向け、息を吐いて止める。そして、
「うわっ!?」
悲鳴めいた声と共に銃口が跳ね上がる。鉄の鳥が風を切ったような重たい残響が部屋に鳴り、放たれた豆は十数センチの厚みがある書類の束を貫通し、壁に当たったところで跡形もなく砕け散った。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だよ。いや、これは驚いた……魔力をそこまで込めたつもりはなかったんだけど」
尻餅をついたライロは立ち上がると、中心からえぐれた束を指して言う。
「弾倉に掛けられた魔法はこのためだ。銃口から発射できるサイズであれば、あらゆるものが弾丸となる。銃身にライフリングが掘られてなかったのも、これが理由だ。」
「ライフリング?」
「ああ、普通の銃にはある仕組みでね。簡単に言えば、螺旋状に掘られた溝に弾丸を引っかけ、回転させるためのものだよ。そうすると弾丸は安定して真っ直ぐ飛ぶようになる」
「けど、これにはない……」
「代わりに何らかの力場で弾丸を覆っているようだ。固体じゃなくても液体や粒体も弾に出来るのか? 空気抵抗を無視する可能性は……試してみればわかるか! 続きは外でしようか!」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここ2階ですよ!」
未知を前にして火がついたのか、ユキ達を放って窓から飛び出した掛けたライロを慌てて止める。試したいことよりも、今は聞きたいことのほうが多いのだ。
白衣を引っ張られて我に返ったライロは、誤魔化すように咳払いするとユキへと向き直る。
「すまない、これが研究者のサガというやつでね。ええと、他に聞きたいことはなんだい?」
「幾つかありますが、まずはその銃の威力についてです」
ユキは、遺跡で起きたことをライロへ伝える。ナギとエレオノーラが開けられなかった魔力錠を自分は開けることが出来たこと。そのエレオノーラが使った時と自分が使ったときでは威力に大きな差があったこと。その時、体の外から内へ何かが流れ込んだ感覚があったこと。
話を聞いたライロは、感心したように言う。
「それは、君が魔力の扱いに長けているからだね。その感覚というのも、おそらく周囲の魔力を体内に取り込んだときのものだろう」
「威力が違ったのは……魔力の出力差ということですか?」
「その通り。蛇口が大きければ大きいほど一度に出る水は多くなるし、タンクが大きければ貯蔵量も増える。この銃に限らず、遺物っていうのは大抵魔力が多ければその分出力も上がるんだ」
「ふぅん。じゃあ、ユキは魔法使いになれるってことか」
「そうだね。素質は十分と言ってもいいだろう」
ナギの言葉に、ライロは頷く。しかし、当のユキ本人は実感が追いついていなかった。魔法が使えるといっても、体に変化があったわけではない。体に魔力が流れ込んだというのも、無我夢中による偶然であり、やってみろと言われても困惑するだけだろう。
いまいち飲み込めていないユキを察したのか、ライロは彼女に声をかける。
「わかりやすい証が欲しいと言うなら……ユキ君、首の後ろを見せてもらってもいいかな」
「首、ですか?」
コートとシャツの襟を下げ、言われたとおりにするユキ。異性に見せるには、少し気恥ずかしい部位だったがライロは気にしていないようだった。彼は、興味深そうに覗き込むナギに首の一点を指差す。そこは、頚椎の最下部辺りだ。
「魔法の素質がある人は、この辺りに六角形の窪みがあることが多いんだ。どうしてかは、わかってないけどね」
「窪み……ああ、これか」
「ひゃっ!?」
無遠慮に首を撫でる指のくすぐったさに飛び上がるユキ。思わず出てしまった声を抑えながら振り返る。何が問題かわからず首を傾げるナギに彼女は怒声を上げる。
「馬鹿! 気安く触るんじゃない!」
「……気高く触ればいいのか?」
「値段の問題じゃない! 礼儀の問題だ!」
そうなのか、と明らかにわかっていない返事するナギに、さらに言い詰めてやろうとユキが息を吸ったところで、
「ま、まあまあ。ともかく、ユキ君には魔法の素質があるってことは、これでわかってもらえたね?」
割って入ったライロに阻まれ、仕方なく言葉を飲み込む。
「しかし、驚いたね。まるで測ったみたいに綺麗な六角形だ。ご両親も魔法使いだったのかい?」
何気なく投げかけられた問いに、ユキは一瞬動きを止める。それは、自分自身が一番知りたい謎であり、一生わからない謎かもしれなかった。
「……かもしれませんね」
一つ何かを知ったところで、大きな壁が立ちはだかり続けている。依頼をこなして目の前のことだけ考えていられた時は、気にする余裕もなかった問題が、今になって影を落としている。結局、一番訊きたいのは銃の事でも魔法のことでもない。
私は、誰だ。寄る辺のない船のような孤独に、固く手を握りしめていた。
「……すまない。君のことは聞いていたのに、忘れているようでは僕も他人のことは言えなかった」
「いえ、気にしないでください」
ユキは、ぎこちなく笑って見せる。だから、そんな申し訳無さそうな顔をしないで欲しい。身勝手が過ぎるけれど、そんな風に憐れまれる状況だと自覚すると、余計につらくなってしまうから。
「その、知り合いや記録は見つからなかったのかい」
「残念ながら……あの、私が居た遺跡についてなにかわかりましたか?」
一縷の望みをかけて訊ねるユキだったが、ライロは首を横に振る。
「調査は入ったようだけど結論はいつも通りだ。『現状では不明。さらなる調査が必要』というね。言い訳に聞こえるだろうけど……すぐにわかることのほうが少ないんだ。嘘や誤魔化しで言ってるわけじゃないというのは、理解してほしい」
「いえ、そんなことは……」
思ってもいない、とは続けられなかった。そう口にしてしまえば、それこそ嘘をつくことになる。
重苦しく気まずい空気の中、ナギはいつもと変わらぬ調子で言う。
「用はすんだか? だったら、もう行こう。ナギは腹が減った」
「……そう、だな。ありがとうございました、ライロさん。失礼します」
普段なら苦言を呈するナギのマイペースが、今ばかりは救いだった。
苦々しい礼をして、ユキとナギは部屋から立ち去る。目的は果たしたというのに、ユキの足取りは重かった。




