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地に雪月、欠けるは狼月、空には砕月  作者: 北方修羅院
3章
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3-1 依頼がなくともやることはいくらでもある

 薄いカーテンから溢れた日差しにまぶたを強く閉じ、ゆっくりと開く。真新しい天井とそこから吊り下げられた小さなランプ。見慣れてきたそれらをしばらくぼうっと眺めてから、ユキは布団から起き上がる。


「くぁ……」


 軽く肩と首を回す。元々は空き室だった畳4枚ほどの空間は、今は彼女の寝室となっていた。小さな衣装箪笥と机が置かれているだけの殺風景な部屋だが、それでも自室には違いない。熟睡できるだけの安心がある場所だ。

 

 立ち上がったユキは、居間へと続くドアを横へと滑らせる。今日はどっちかな、と思いつつ見やった先では、中央に敷かれた布団にナギが包まっていた。


「今日は布団か……」


 ナギはいつも布団で寝ているわけではなく、1週間の半分ほどは壁にもたれかかって眠っている。その理由を聞いたことがあるが『落ち着くから』というユキには理解できないものだった。室内で刀を抱きながら寝ることのどこに落ち着きを見出しているのだろうか。


「ほら、起きろ。今日もやることはあるんだ」


 数回肩を揺さぶるユキ。寝返りをうったナギは、しばらく布団の中でうごめいていたが、やがて這い出るように布団から起き上がる。


「……おはよう」


 欠伸混じりにそう言ったナギは、しょぼくれた顔で続ける。


「依頼は……ないだろ、たしか。支払もちゃんとできたし……」

「依頼がなくともやることはいくらでもある。例えばだ」


 そう言ってユキは、自室へ戻り衣装箪笥の一番下の棚を引く。服の代わりに置かれていたのは、紅い輝きを放つ銃だった。それを手にし、船を漕ぎだしたナギの肩をたたいて見せる。


「自分たちでどうするか考えろと言われたこの銃だ」

「銃は銃だ……それでいいだろ……」

「よくない。考えてもみろ。エレオノーラが使った時はおもちゃみたいなものだった。なのに、私が使った時はトカゲの首を吹き飛ばしたんだぞ」


 あのときのことを思い出すユキ。体の外から内へと駆け巡る何かが銃へと収束し、放たれた弾丸は蒼白い軌跡を描いていた。それは、ナギが振るう刀――つまり魔力の光にも似ていた。そして、二人には開けられなかった魔力錠の箱を開けることができた。それはつまり、


「私には魔法の才能があるかもしれないんだ。あいつも言ってただろ。『出来ることは多い方がいい』って」

「魔法か……ユキが使えるなら、ナギも楽ができる」

「だろ? それに、この間のことで実感した。これからは自分を守れるくらいにはならないといけない」


 目が醒めたとき、ナギがいなければそこで終わっていた。トカゲに追い詰められた時、五体満足で生き残れたのは運が良かったに過ぎない。それがこれからも続いていくと考えるのは、あまりにも楽観が過ぎる。だから、自分ができることは知っておかねばならないのだ。


「なるほど……強くなりたいのか、ユキは。その気持ちならナギにもわかる」

「わかるのか?」

「ああ、ナギもババァに勝ちたい。そのために勉強だってしてる」

「勉強、ね……」


 ナギなりに真剣なのだというのはわかるが、ユキはジト目で部屋の隅を見やる。そこに積まれた本は、貸本屋から借りたコミックと呼ばれる形態のものが全てだ。要するに、それで勉強していると言われれば、今のユキより冷たい目を向けられる類のものである。


 とはいえ、ナギにとっては勉強というのも嘘ではない。読み書きが出来ない彼女でも絵で内容を察し、そこから文字の意味を推察して学ぶというサイクルは出来ている。ユキが呆れているのは、布団の上で寝転がってという物理的にも精神的にも姿勢に問題があるからだった。


 もっと勉強らしい勉強をすればいいのに。そんなことを考えていると、


「けど、それだけじゃないな」

「えっ?」


 不意に投げかけられた見透かすような言葉に、ユキは思わず声をあげる。別に嘘を言ったわけではない。何を彼女は言っているのか。


 戸惑うユキに、ナギは言う。


「ユキからは……アレだな、あいつをぶん殴ってやるという気持ちが感じられる」

「いや、ぶん殴ってやろうとまでは思ってないから」

「ん、そうか? じゃあ、どこまでは思っている?」


 ナギからの純粋な疑問に、ユキは少し考える。彼女からの指摘は、言われるまで自覚はしていなかったが、概ね当たっていた。あまり上品とは言えないし、ともすれば子どもっぽいとかみみっちいと言われかねないプライドの問題だ。


 だから、意識しないようにしていたのかと自嘲したユキは、気恥ずかしそうに口を開く。


「まあ、昨日の支払いの件でわかったんだよ。私達は知らないことが多すぎるって。アカデミーが――エレオノーラがあんなふうに信頼されている側だともわからなかった」

「うん、確かにそうだな」

「で、それで思った。別に私は偉くなりたいわけじゃない。じゃないけど……あの嫌なヤツよりも社会的な信頼度が低いっていうのは……なんかムカつく」

「なるほど。あいつにデカい顔をされたくないってことか」

「そう……なるのか? いや、そうだな。次にあいつと組むことがあっても、あいつが上でこっちが下っていうのはナシだ。今度は対等だ」


 はっきりと言葉にしたことで、より実感が持てた。たとえ事実だったとしても物を知らない新人扱いというのが癪だった。だから、今度はそうは言わせない。そんな単純で子どもじみた対抗心だが、それでも体を動かす原動力には相応しい。


「話はわかったな? いつまでも世間知らずじゃいられない。そのための一歩として、まずはこの銃について知ろうってことだ」

「そういうことか。じゃあ、あの……エレノオーラが使っていた鑑定屋に行くのか?」

「お前……まあ、いいか。それも考えたけど、たぶん貴重なものほど鑑定には金がかかる。そもそも、理解できる品物じゃないかもしれない」

「じゃあ、どこに行く?」

「この手の物に興味があって、教えるのが好きな人がいるだろう?」


 言われたナギは、腕を組んで考える素振りを見せたが、


「いたか? そんな奴?」


 一字一句予想と違わない回答に、ユキは溜息をついた。

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