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地に雪月、欠けるは狼月、空には砕月  作者: 北方修羅院
2章
10/27

2-4 ふっざけんな! この爬虫類が!

「ほら言ったでしょ? ヤバい銃があるってさ」


 自分の手柄だと顔中で表現するエレオノーラ。先程までなら呆れ顔を返してやると考えただろうユキだが、


「いや……まあ、そうですね。本当にありましたね」


 自分がそれを開けたのだという驚きと、本当に目当てのものがあったという興奮に上の空な返答しかできない。


 箱の中にあったのは、エレオノーラが言ったとおり銃だ。構成する全てが金属で造られたフレームは、水面に一滴の血を垂らしたような紅い輝きを放っている。イメージした銃とは違って丸い銃身だけが突き出ているのではなく、銃身も含めて全体的に四角いフォルムになるように形作られていた。おそらく弾を込めるのだろう蓮根状のパーツは、全体の半分を占めるほどに大きい。


「それで、これはどうやって使うんだ?」

「ちょっと待ってよ。確かこう……あっ、危ないから一応私の後ろにいたほうがいいよ」


 銃を握ったエレオノーラの指示に従い、ナギとユキは彼女の背後に回る。そのままブツブツと記憶を探りながら銃をいじる彼女を背中越しに眺めていると、


「お、これを押し込んで……よっしゃ弾倉が出た!」


 興奮した声を上げるエレオノーラの手元に注目する二人。大きな弾倉がフレームから横へとスライドし、薬室――とエレオノーラが教えてくれた――が露出していた。


「ここに弾を込めれば撃てる、ってことですか」

「ちゃんと機能してればね。弾も多分一緒に……これかな」


 箱の中に収められていた弾を手に取るエレオノーラ。先が丸められた黒い杭のようなそれを、ユキも手にとってみる。見た目から硬いと予想したが、握ってみると指が沈み込むような弾力があった。ユキから渡されたナギも、それを手にして怪訝な顔をする。


「こんなので殺せるのか?」

「訓練用とか? まっ、そういうのを考えるのはアカデミーの仕事よ。私達は宝を見つけたことを喜べば良いのさ」


 言いつつ3発を装填したエレオノーラは、部屋の隅に積もった土山へと銃を向ける。耳を抑えろ、というジェスチャーにユキは頭の横を、ナギは狼耳をそれぞれ抑える。


「人の耳とそっちって、どっちのがメインなんだ?」

「さぁ。両方で聞こえてるけど、こっちのほうがよく聞こえる気がするな」

「私の注意を聞いてるのは、どっちの耳だ?」

「……ちょっとよく聞こえないな」


 都合が悪い話だと察したナギが明後日の方向を向いたところで、抑えた手越しに小さな破裂音が耳へと届く。想像していたよりもずっと小さく、他のことへ意識を集中していれば気に留めなかったかもしれない。その程度の音ということは、威力も相応のものだ。目視できる程度の速さで飛んだ弾は、土山に埋もれるように姿を消す。それだけだ。


「へえ、なるほどね」

「これ、本当に銃ですか? 虫も殺せなさそうですけど」

「それは私にはなんとも。さっきも言ったけど、そういうの考えるのはアカデミーの仕事だからね」


 そう言ってエレオノーラは、銃身を持ってユキへとグリップを向ける。その意味がわからない彼女が、エレオノーラと銃を交互に見ていると、


「宝を持って帰るまでが冒険。ってことで、これはその練習。しっかり持ってなよ?」

「私が持つんですか?」

「そ。武器を持つことにも慣れておいたほうがいいしね。不要なときはトリガーに指をかけない、殺したい相手以外に銃口は向けない。それだけ守ればいいから」

「わ、わかりました」


 ユキは、言われた通りトリガーに指を掛けず、銃口をエレオノーラへ向けないように慎重に手に取る。金属だから重いのだろうという予想は、またあっさりと外れる。片手で持つのが苦ではない程度の重量であり、グリップもちょうど手に収まる大きさだ。


 しかし、ずっと手に持っているわけにもいかず、どこへ収めたものかと考えていると、ナギが差した刀が目に入る。武器を持つことに慣れておけ、というならすぐ使える場所が良いだろう。ユキは腰のベルトに銃身を差し込む。少し窮屈だが、簡単に外れず動きも阻害しない場所のはずだ。エレオノーラを見やると、小さく頷いていた。


「じゃあ、出ようか。忘れ物はない?」

「ああ、大丈夫だ」

「私も大丈夫です」


 そう答えつつも、ユキは何か引っかかりを覚えていた。忘れ物、忘れたもの。それを思い出したのは、ナギを先頭にして部屋を出た数秒後だった。


「動くな!」


 鋭い制止の言葉とともに刀を上方へと振るうナギ。遅れて重たい肉が床へと落下し、不快な水音がユキの鼓膜を震わせる。固まった体のまま、視線だけが落下したものを追う。それは、人の胴体ほどもある爬虫類の前足だった。


「ッツ!」


 強ばる首を無理やり上へと向ける。手を伸ばしても届かない天井に、それと一体するように黒い影が張り付いていた。影は、薄く広がっていた体を膨らませると天井を這ってさらなる闇へと逃れようとする。


「死ね!」


 壁を蹴り、飛び上がったナギが影を斬りつける。赤黒い血が飛び散るが影は動きを止めることはない。そのまま逃げようとする影を、目を輝かせ犬歯を剥いたナギは追いかけていく。残されたユキは、その背中を呼び止めようとするが、


「私達は地上に出るよ。アレならナギちゃん一人で十分でしょ」

「けど」

「最初に言ったでしょ。私は君たちを助けられない。それはユキちゃんも同じだって」


 からかうこともなく、ただ真剣に訴えるエレオノーラ。それに対してユキは、反論もできず、さりとてすぐに肯定することも出来ない数秒のロスを生んでしまった。


「がっ!?」


 だから、エレオノーラがいきなり飛び蹴りをしてきたのはそのペナルティなのだと思った。吹き飛んだ体が床を滑り、転がる。痛みと怒りが走る体を起こし、


「走れ! 赤い光だ!」


 そう叫び、脇目も振らずに走り抜けていくエレオノーラの意図を理解する。危険なのはナギではなく、自分たちだと。先程まで自分たちが立っていた場所に、黒い影が降り立っていた。前足が揃い、大きさもナギが追いかけたものと比べて小さい。おそらく幼体なのだろうが、それでも全長はユキの身長と大差ない。つまり、自分たちにはどうすることも出来ない相手だ。


「クソッ!」


 悪態をつき、もつれそうになる足を必死に動かす。エレオノーラが残した赤い光を目指し、踏み越えたところで次を目指す。ランタンを手放してしまった暗闇の中で、その赤は唯一の命綱だった。エレオノーラの姿はもう見えない。はやく、追いかけなければ。


 そう焦るユキの背中で、尻尾を引きずりながら爪が床を擦る音が近づいてくる。大きいから鈍い、というのは想像の中にだけ生息する動物であり、大きいものは力強い故に速いのだ。それが、まともな動物ではなくケレスであれば尚更だ。焦りは体を強張らせ、あらゆる行動に小さなロスを発生させていく。その度に距離が縮まり、


「あっ」


 曲がり角を走り抜けようと踏ん張った足は冗談のように滑っていき、体が宙に投げ出される。それを制御できるはずもなく、ユキは背中から壁へ激突した。意図せぬ衝撃に肺の空気が強制的に吐き出され、震えた足では立つことが出来ない。


 トカゲが猛然と迫ってきている。人の腕など容易に噛み千切れるだろう牙が、数度瞬きをする間に到達しようとしている。


『トカゲか。毒はあるだろうけど、噛まれなければ問題ないな』


 ナギの言葉が脳裏に浮かぶ。スローな感覚で感じるそれは、走馬灯か。違う、と何かが否定する。それが衝き上げる衝動のままに右のベルトに手を伸ばす。毒と涎に塗れた牙が閉ざされる直前、銃身をその口へねじ込んだ。


「はな、れろぉ……!」


 ユキは、歯を食いしばって体ごと押しつぶそうとするトカゲを必死に押し返す。ガチガチと鳴っているのは、銃身に齧りつくトカゲの歯か。それとも震える自分の体か。どっちでもいい、とユキは思う。死にたくないという単純な本能が、体を突き動かしている。嫌だ、こんなところで、何もわからないまま死ぬのは絶対に――!


「なっ!?」


 しかし、トカゲはそれを嘲笑うように歯を鳴らしていく。その度に銃身が呑まれていき、開閉する毒牙が生身の腕に近づいていく。

 噛まれれば助からない。例え即死しなくとも毒で身動きが取れなければ、結果は変わらない。銃から手を離さなければそれが待ち受けている。


 それを理解したユキの選択は、


「ふっざけんな! この爬虫類が!」


 怒りのままに、トリガーを引くという自棄としか思えない行動だった。それは、実際に正しい。迫る死の恐怖が、それを生み出す原因への怒りに反転した。生存本能と理不尽に対する怒りが彼女の動力源となり、冷静な判断を出来なくしている。


 普通であればそれで終わり、無惨な死体が一つ転がるだけの結末だった。だが、その手に握る銃が、彼女が――普通でないのなら?


「ッツ!?」


 体の外から内へと何かが駆け巡る。熱くもなく冷たくもない、水のように流れていく何かは右手へと収束していく。撃て、と告げる本能に導かれ、ユキは躊躇うことなくトリガーを引いた。


 瞬間、トカゲの首元が数倍以上に膨れ上がった。それが何故かも理解出来ぬうちに、風船が何十個も割れたような破裂音とともに青白い軌跡が飛び出し、闇を切り裂く。


「…………」


 顔に飛び散った血と肉を拭うことも出来ず呆然と、ユキは目の前の光景を見つめる。首がちぎれたトカゲは、体だけでのたうち回っていたが潮が引くように収まっていき、そして完全に動きを止める。死んだ、と理解したとき腕を飲み込んだままの頭と目が合った。


「ひっ、な、んで……! とっ、とれな……!」


 バランスを崩し尻餅をついたことでずり落ちた頭が近づいてくる。パニックを起こしたユキは、腕を振り回すが頭はぐらつくだけで腕から取れることはない。意味もないめちゃくちゃな叫び声が喉をつきかけた時、


「ちょっと今の音なに!? なんで首で遊んでんの!?」


 駆けつけたエレオノーラが、首を蹴り飛ばした。ようやく逃れられたユキは、大きな溜息をつくと背中から倒れ込む。生きている。そう何度も胸の中で繰り返していると、顔を覗き込んだエレオノーラが訊ねる。


「これ、ユキちゃんがやったの?」

「そう、だと思います……すいません、ちょっと頭が混乱してて……」

「そっか。じゃあ、とりあえず外出てようか。そろそろナギちゃんも戻ってくるでしょ」


 それだけで済ませるエレオノーラの対応が、今のユキにはありがたかった。銃と一体化したように握りしめていた右手を、反対の手を使ってなんとか引きはがす。袖にべったりとついた涎と血に顔をしかめていると、


「けど、あんな手ぇ突っ込んでよく噛まれなかったね。噛まれたら死んでたよ」


 よかったよかったと安心したように繰り返すエレオノーラの言葉に、ユキは硬直する。


「えっ? いや、私……噛まれた、ような……」


 それを認めたくないと、だんだんと震えた小声になっていくユキ。確信は持てないが、鋸のように幾重にも並んだ歯の中に突っ込んだ手が無傷で済むだろうか。痛みはなかったが、生死がかかった異常な状況にハイになってわからなかった可能性もある。


「いやぁ、普通なら即死するようなやつだし今生きてんだから大丈夫でしょ」

「そ、そうですか……」


 胸をなでおろすユキの耳に、足早な足音が近づいてくる。顔をあげると、


「ひっ!?」


 腕に噛みついていたよりも巨大なトカゲの顔に、思わずユキは銃を向け、


「おっと、危ないな」


 グリップの底を軽く蹴り上げられる。それだけの衝撃で手から銃は離れ、宙を舞う。それを目で追った先には、


「ナ、ギ……」

「殺したい相手以外には向けるなと言われただろ?」


 困ったもんだ、と言いたげな彼女は、掴んだ銃をユキへ差し出す。それを受け取らず、ユキはじっとナギの顔を睨めつけていた。


 自分が死にかけた状況を平然と乗り越えた。強いというのはわかっていたが、改めて思い知る。彼女を頼らなければどうにも出来ないことが多いのだと。


「ユキ? どうした、怪我したのか? その割には目は元気そうだな。元気そうと言うか、恨みがましい気さえするぞ」


 だが、それはそれとして。逃げ遅れたのは自分のミスであることに間違いがなくともだ。そもそもこいつが一人で突っ走らなければ良かったんじゃないのか。


「……なんでもない。私も強くならないと駄目だと思っただけだ」


 ユキは、銃を受け取ってベルトに戻す。反省するのも愚痴るのも後で出来る。これからやらねばならないことは山積みで、そのための手は血まみれだとしてもだ。


「……はあ、早く帰りたい」


 そうする前の最後の愚痴を、重い息とともに吐き出した。

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