7.8月24日
山田刑事と相棒の佐川刑事が大阪府内の運輸会社に到着したのは昼過ぎのことだった。
山の中の大きな砕石工場の前である。ひっきりなしに砂っぽいものを運んだダンプカー走っている。山田がつぶやいた。
「大阪といっても広いんだなぁ。大都会のイメージがあったんだが」
「ここは泉佐野市になります。さっき通ったところに関西国際空港があったでしょう?山を一つ越えれば和歌山県ですよ」
佐川が説明するが、土地勘がない山田にとっていまいちわからない。
「この会社は大阪でも三本の指に入る大手の砕石工場ですよ。年商ウン億円の超優良企業です。なんでも埋立地用の砂を運んでいるんだとか」
「大阪みたいな埋立地いっぱい作ってるところにとって必需品だろうからなぁ。不景気知らずなんだろうなぁ」
「埋立地は大阪だけじゃないですからね。神戸だって埋立地ですし。あちこちに売って、総資産は兆あるって噂ですよ」
「桁が違うなぁ」
山田はうらやましそうな顔をしている。佐川がメモ帳を見ながら続ける。
「今日はこの会社を妬みに来たんじゃなくて、トラックの調査に来たんでしょう?」
「ああ、そうだった」
山田はアフロ頭を掻いた。
北九州市で起こったトラックのカーディーラー衝突事件は、それだけでも衝撃的であった。ところが、他にも似た事件がここ数日で山田が確認しただけでも5件ほど起きていた。広島市のコンビニ、神戸市の洋菓子店とコンビニ、福岡市のコンビニ、理容室である。どれも共通するのは道路に面した店舗だということと、すでに売りに出されており無人であることであった。
「で、そのよくわかんない会社はわかったの?」
「電話をかけてみましたが、受け付けは外国人でして…。しかも日本語が通じないものですからおそらくダミー会社なんでしょう」
「どこの国の人だった?」
「シンチャオ!って挨拶してたからベトナム人と思われます」
「不法滞在なのかなぁ」
山田が聞くと、佐川は首をひねった。
「怪しいですね。住所は大阪市とありましたがそんな住所はなかったと大阪府警から連絡がありました。住所はダミーだけど電話は通じる、ちょっとよくわかりません」
「それってバレバレでしょ?なんでそんなことするのかなぁ」
「さあ」
「ひょっとして見つけてほしいのかな?犯人」
「え?」
佐川が驚いた。山田は続ける。
「だからさ、わざと電話はつながるようにしといて、調査されやすいようにしておく。見つけてください、と言わんばかりにさ」
二人の目の前をひっきりなしにトラックが走っていく。二人とも服は埃だらけである。佐川が埃だらけのメモ帳を開いた。
「で、この砕石工場なんですが、衝突したトラックが盗難車であり、その盗難届を出しているのがこの会社だったんです。しかも、代表の名前が桂浜」
「そう来たか。やっぱり見つけてほしかったんだな。至る所にヒントを出している」
山田刑事は腕を組んだ。アフロ頭が埃で真っ白である。
二人は砕石工場の事務所に向かった。3階建ての大きな建物だった。戸を開けると10人ほどの事務員が作業していた。
「警察の者です。お話を伺いたいのですが」
山田が中に入ると、事務員が驚いた顔をした。所内がざわついた。
「ん?」
奥に座っていた外国人らしき男が席を立ったのが見えた。仕事がらいろいろな会社に行くが、外国人の比率が年々増えている。近年の日本企業の多国籍化は大変進んでいるものと見える。
一人の初老の男がやってきた。おそらく事務長クラスの人間だろう。山田刑事の警察手帳を見て男が驚く。
「福岡からはるばるお越しいただいたのですね。ご苦労様です」
「ご協力をいただきたいのですが少しお話をよろしいでしょうか?」
「わかりました」
二人は事務所内の応接室に連れていかれた。立派な調度品のある立派な応接室だった。
「私、ここの部長をやっております種崎と申します。急なご訪問は大変困りますが、どういったご用件でしょうか」
言葉遣いは丁寧であるが、やや不快感を感じる言葉遣いだった。急の来訪に苛立ちを隠せないようである。山田刑事が聞く。
「事件は待ってくれないものですからすみません。急を要するものですから。数日前に御社からトラックの盗難届が出されておりまして」
「その話ですね。そうです。3日前のことです。わが社で保有する10台のダンプカーが突然消えてしまいまして」
「もう少しその話を詳しくお聞かせいただけますか?」
「はい。何かあったのですか?」
「まだマスコミ等には流していないのですが、御社のダンプカーが五台、店舗に衝突する事件が起きておりまして…」
「は?」
種崎部長が驚いた顔をした。無理もない。
「御社が盗難届けを出したダンプカーと衝突したダンプカーのナンバーが一致しまして。車両はほぼ大破です。残りの盗難された五台のダンプカーもどこかで事故を起こす可能性があります」
「はあ。それは大問題だ…。確かに急を要しますな…。きっと誰か亡くなった方がいるんでしょう?一体いくら損害賠償請求が来るんだ?」
山田の言葉に種崎部長は頭を抱えた。
「今のところ無人の店舗に衝突していますので、亡くなった方はいません。店舗を修理するだけでよいと思います。今後、同様の事件が起きないためにも、詳しくお話をお聞きしたいのですが」
「わかりました」
種崎は頷いた。応接室は薄い壁一枚で事務所とさえぎられているだけである。社員に応接室の話は筒抜けであろう。
「あれは3日前のことです。朝8時に、いつも通り出勤しました。そしたら、早く来た運転手たちが騒いでおりまして…。話を聞くとダンプカーがないというのです。確認しましたら確かに10台なくなっておりました。夜のうちにどこかへ運ばれたか、盗まれたかと思いまして警察に届け出を出した次第です」
「そうなのですね。何か不審な点はありましたか」
山田が聞く。
「特にこれといったことはないのですが。盗難される前日、勤務の終わる午後6時にはありました」
「鍵の保管は事務所ですよね?」
「そうです。従業員が勤務終了時に鍵を持ってきますから」
「その鍵は今もあるのですか?」
「ええ。きちんと」
山田が困惑した表情を見せた。
「すみません。ちょっと理解できないのですが、鍵なしでどうやってダンプカーは動くのですか?スペアキーがなくなっているのですか?」
「いえ、スペアキーはありますって、あ?」
種崎はやっと理解できたようだった。
「どうやって、ダンプカーを盗んだんだ?」
一瞬、場が静かになった。事務所の社員の物音がしない。
「その件についてはこの事件最大の謎です。夜のうち忽然と姿を消した10台のダンプカー。これについてはまた別に考えるとして、この名刺の方をご存じですか?」
山田が桂浜の名刺を出した。種崎は名刺を見つめた。
「この方は…名前はうちの社長です。社長がどうかしましたか?」
「社長?やはりそうでしたか。社長はどこにおられますか?」
「ちょっとわかりません。今は大阪の経済同友会の理事をやってますから、あまり社にいることがないんです」
「連絡先はわかりますか?」
「わかります。ですがお忙しい方ですからなかなか捕まることが少なくて、私共も苦労しております」
「この、日本商業バス振興組合はご存じですか?株式会社みたいですが」
山田が聞く。
「はて、わかりません」
「ダミー会社のようです。ここに書いてある尼崎の住所は嘘でした。電話番号は合っていたのですが」
「社長は顔が広いですし、資産家ですから資金さえ用意できれば株式会社なんて簡単に作れるでしょうね」
種崎はそっと桂浜の名刺を山田に渡した。
「株式会社なんて登記すれば1週間でできますよ」
「そんなもんですか。この手の話に疎いものですから」
山田はぼりぼりと頭を掻きながらあたりを見渡した。物音がしない。全社員が自分たちの会話を聞いているのがわかる。種崎はこの手の話題が得意なのだろう。ニコニコしながら話をしている。
「20万円くらいで設立できますし、最近はインターネットにノウハウが載ってますからね。昔と比べて簡単になりましたよ」
「名前には株式会社と書かなくてもよいのですか?」
「名前は自由です。ただ、有限会社だけど実は株式会社だった、なんて名前にすると信用問題にかかわりますからそんな名前はつけませんけど。この、組合なんて言い方は普通株式会社に付けませんね」
「社長の桂浜さんはニッショウバシンと略していたようなのですが……」
その話をしたとき、ガタンと物音がして、大きな声が聞こえた。誰かが逃げ出すような音がした。佐川が言った。
「何か聞こえました。チョイオーイって」
「どこの言葉でしょうかね?」
「うちで雇ってるベトナム人のグエンていうのがいますが…」
種崎が言った。山田が叫んだ。
「それだ!佐川君!追いかけて!」