6.8月22日
今村信也は調査を開始した
昨日、依頼者の白蛇のような男から渡された名刺には『日本商業バス振興協同組合 理事 桂浜真一郎』とあった。住所は大阪府泉佐野市とある。ここで話が聞ければ九割は仕事が片付いたようなものだ。試しにかけてみる。電話はつながったので会社は実在するようだった。
「ハーイ、ニチバシンデス」
やけに元気のいい挨拶だった。日本人ではなさそうである。
「もしもし、探偵事務所を開設しております今村と申します。理事の桂浜さんとお話がしたいのですが」
「カツラハマサン、チョットワタシヨクワカリマセン」
「理事さんとお話をしたいのですが、ご在籍ですか?」
「リジサンイマスガイマセン」
よくわからない。雑談をして情報を聞き出そう。
「どこの国の方ですか?どこからきたの?」
「ベトナムカラ来ましたグエンデス。シンチャオ!シンチャオはベトナムゴノアイサツデス」
「グエンさん、シンチャオ。いつから働いてるんですか?」
「ゴツキ?ガガツ?」
「五月?」
「ソウ、ゴガツです。ニホンゴムズカシイ」
5月にはこの会社は存在していたということか。森の話と一致する。
「いつから日本にいるの?」
「マエカライマス。トチギのイチゴノウカデ働いてイマシタ」
技能実習生の類なのだろうか。
「ギノウジッシュウセイでした。デモ、会社がカーサンシテ…」
「たぶんそれは倒産」
「ソウソウ、倒産シテワタシベトナム帰れトイワレタ。でもカエッタラ、ベトナムにノコシタ家族ニお金オクレナイ。サラキンできない」
「それはサラキンじゃなくて送金」
「ソウソウ、送金。だからワタシ送金デキナクナルからニゲタノ、トチギからトオカッタ」
「それは大変でしたね」
栃木から泉佐野市までとなると、関東と関西の端と端である。700キロはあるだろう。
「ソウ。でもお金はソーキンしてなかったから、トラック盗んでニゲタノネ。イマはココデ働いてルノ。理事サンいいヒトヨ」
受け入れ先企業が倒産等で外国人技能実習生を解雇すると、受け入れ先が新しい受け入れ先を見つけなければならない。それを怠っての解雇となるとこれは不当解雇であり、受け入れ先企業に責任がある。アウトローな会社だったのだろう。だが、解雇されそうになったからといって職場のトラックを盗んで逃げ出すのはこれはこれで犯罪である。このベトナム人もかなりのアウトローである。
電話越しに物音がした。
「ア、理事サン帰ってキタネ」
「代わっていただけますか?」
「チョットマッテネ」
電話が切れた。
数回かかけてみたが通じなかった。やはりここは怪しい。急造の上に受付は日本語のままならない外国人。やはりこれだけでは終わらなかったか。そんなに仕事はぬるくない。あの会社には直接行くしかないと思うが、まずは外堀を埋めなければ。
今村は目星をつけていたとあるコンビニへ向かうことにした。
小倉から一時間ほど車で走った先に目的地のコンビニがあった。同じ北九州市内である。国道の脇道とはいえかなりの交通量である。上下線合わせて四車線の大きな道だが、間に路側帯が通っている。店は上り車線に面していた。下り車線で向かってきた今村は、コンビニを見つけると先の脇道に入り、Uターンしてこのコンビニにたどり着いた。
平日の午前一一時である。コンビニの駐車場はかなり広い。大型バスなら3台は止まれ、まだ余裕がある。バスと合わせて一般客の車両が10台入って余りあるスペースである。店の横には乗用車が止まるスペースがある。しかし、交通量の多い道路とは正反対にがらんとしていた。従業員の車が店の隅に二台車が止まっているだけである。
今村は店の目の前に車を止めると店内に入った。
「いらっしゃいませご了承ください」
店員があいさつする。制服を見ると『史銘陽』とある。中国人なのだろう。流暢な日本語である。今村は感心した。さっき電話で話したベトナム人受付とは比べ物にならない。それにしてもグローバル化はこんなところまで進んでいるのか。そんなことを今村は思った。
「日本語お上手ですね」
「祖国にいたときから先生について勉強していますから。ご了承ください」
「勉強熱心なのですね」
「日本が好きですから。ご了承ください」
末尾にご了承ください、をつけるのは癖なのだろうか。あまり深入りすると長くなりそうだ。本来の業務に戻ろう。今村は切り出した。
「店長さんいますか?」
「店長は4時から出勤です。ご了承ください」
「そうですか。でしたら、こういう方は来られませんでしたか?」
今村は森からもらった名刺を出した。
「この方が何か?ご了承ください」
「このあたりのコンビニをいろいろと買い占めている、よくわからない会社の理事さんなんですよ。お宅にも来られたのかと思いまして」
「そのような人は来られたのかもしれませんがわかりません。ご了承ください」
中国人バイトは困った顔をした。そのとき、奥から物音がして、化粧の濃い初老の女性が出てきた。制服には『店長 伊豆』とある。この人は店長じゃないのか?よくわからないが…。
「さっきから裏で聞いてたけど、名前も言わないで買い物もしないで一方的に人の話聞きまくって、アンタ何様?」
ちょっと怒っている。
「やや、これは失礼しました。私、小倉で探偵やっております今村と申します」
今村は名刺を出した。女性は名刺を睨みつけた。
「どっかで見たことあるわね」
女性はじろじろと今村をなめまわすかのように見ている。
「何にも買わない人に情報なんかあげないわよ。タダでもらった噂話を高値で売るのが探偵なんでしょ?」
かなりの偏見であるが、買い物しないと話してくれないらしい。今村は仕方なくコーヒー缶をレジに持って行った。
「130円ね。来たわよ」
「そうですか。どんなお話をされたのですか?」
「他にも買いなさいよ。話さないわよ」
なかなかの商売上手である。今村は入口のスポーツ新聞をレジにもっていった。
「200円ね。その人、他の店も買ってるみたいよ」
「そうですか。もう少し詳しく話していただけませんか?」
「ちまちま買ってないでもっと買いなさいよ」
今村は女性をにらみつけたが、女性は全く動じなかった。中国人バイトがぽかんと眺めている。今村は意を決して冷ケースにある350ミリリットルのビールを買い物かごいっぱいに入れ、サラミやチーカマなどのつまみをごっそり別のかごにつっこんだ。レジと売り場を3往復し、留学生が商品を打っている間、さらに幕の内弁当を三つかごに入れた。打ち終わった店長の伊豆が今村に尋ねた。
「2万3250円です。弁当三つも買ってどうするの?」
「お二人で食べてください」
「…で、何が聞きたいの?」
「日本商業バス振興共同組会の桂浜さん、あちこちコンビニを買っているそうですが」
「そうよ。うちに提示された金額は500万円。この店を最初に建てたときの初期費用2000万円を考えると大赤字だけどね。このまま赤字を垂れ流すくらいなら売っぱらった方がいいわ。この店10年やってるけどずっと赤字なのよ」
やはりそうだったか。依頼人の森も話していたが、日商バ振は流行っていないコンビニを安い金額で買い叩いているのだ。
「しかしこんな流行っていない店を買ってどうするんでしょうか?」
「部外者に流行ってないって言われるとシャクに障るわ」
店長の伊豆はどこか遠くを眺めた。
「アタシだって最初こんなところに店出すのは反対したんだけど。うちの1号店は売り上げがいいからって本社に言われてオーナーとここの店長、あ、旦那と息子ね、が二つ返事でオーケー出しちゃって。アタシは1号店の店長やらされてるけど、1号店は旦那が回してるから、たまにはこっち手伝えって言われて時々来てるけど閑古鳥が鳴いてるわ。こんな店閉店よ閉店。せいせいしたわ」
ここまでぶっちゃけられると何とも言えなくなる。
「その、桂浜さんはこの店を…」
「ああ、そうね。どうするんでしょうね。何も聞いてないわ。自爆ドローンの目標にでもすれば少しは平和の役には立つんじゃないの」
流石にそれはないと思うが。
中国人バイトがあくびをしている。今村は閑古鳥が鳴いている店内を眺めた。