3.8月20日
今村信也はその男の話しぶりをぼんやりと聞いていた。
青白い顔で精一杯で満面の笑みを浮かべ、腰をくねくねしながら話す、白蛇のような男だった。今村は小学校の帰り道に白蛇を見たことがあったが、そんな風に見えた。白蛇を見ると運気が回ってくるという話を祖母から聞いたことがあったが、特に小遣いが増えることはなかった。きっと迷信なのだろう。ぼんやりと違うことを考えていた。男は景気のいい話をしていた。
「先代が株でウン億円と稼ぎましてね。それが元手になって運送業を始めたらしいんですよ。トラックやらでいろいろ運ぶ仕事を大阪で。砕石工場だったかな?あれは一番儲かったと。大阪は埋立地多いでしょう?そこにタダでもらった土を埋めるだけでお金になるんですから。あまり詳しくは知らないんですが、そんな話を聞いています」
「はあ」
「その、起業したころはバブルで運送業も全盛期だったそうらしいんですよ。それから旅客業も始めて。これも儲かったらしくて。ニコニコ笑いながら話してくれましたよ」
「でもバブル崩壊後は大変だったんでしょう?」
「まあ、確かにそうだったんですが、あまりそういう景気の流れは意識せずにいつも通りに働きなさい、と言われました」
「と言いますと?」
「よくはわからないんですが、どうやらバブル期に内部留保を蓄えまくってたらしくて、そのお金をチビチビ使いながら何とか経営を継続しておりまして。もちろんコストカットやリストラもしましたけど、同業者が軒並み多額の借金抱えて夜逃げ状態で廃業していく中、うちはうまくいっていたと思うんです。仕事は減りましたけど埋立地の仕事はコンスタントにありましたから」
男はくねくねしながら話す。今村が名刺を見て尋ねた。
「ところで、森様、話はコンビニだったと思うんですが…」
「そうでした。すっかり忘れてました。うちの会社ですが、頑張って経営していたんですけど結局は時代の流れに逆らえなくて、収益も悪化していましたし、運送業と旅客業をやめることになったんです。そこで新しいビジネスとして、コンビニを数店舗経営しようじゃないかと。なるべく安い土地を買って、郊外型というんですか。そこに建てて。きっとみんな車持ってあちこち出かける時代が来るんじゃないかと。やっぱり先代は先見の明があったんでしょうね」
「結局コンビニは西日本と九州を中心に20は作ったかな」
森はくねくねしながら天井を眺めた。今村は冷え切ったコーヒーに口を付けた。
「そんなに作ったんですね。お金かかりそうですが」
「ノウハウはコンビニ本社が持ってますから後はそれに従うだけです。私たちはオーナーですから人を使っていただけです。それから私が引き継いで20年。無難に仕事をしていたんですが、最近は人手不足で私も店に出るようになったのですが、私も年を取りまして…。さすがに、夜勤は辛いものですから。今は売却を進めているんですが、うまく進んでまして、あとは北九州の今私が勤務しているところで売却は終了なんですが」
「ええと、すみません。その、今日のご相談というのは…」
今村が聞く。一応探偵業をやっているので依頼主の話をしっかり聞くのが仕事なので仕方ないことではある。森がくねくねしながら冷え切ったコーヒーを飲んだ。
「ああ、そうでしたそうでした。うちの所有のコンビニに不思議な方が来られまして」
「不思議な?というのは?」
「よくわからないんですが、店を買いたいと言うんですよ。しかも私の持っている全部のコンビニを。『日本商業バス振興協同組合』とかいう方でして」
「売りに出しているんですから、問題はないんじゃないですか?」
今村も冷え切ったコーヒーに手を伸ばした。
「確かにそうですが。何か引っかかるというか…」
「引っかかる?」
「その、挨拶に来られた理事さん、日本商業バス振興組合、略してに『日商バ振』なんておっしゃるんですが、そんな組合聞いたことがなくてですね。しかも株式会社だなんて」
「たしか旅客業もされていたとお聞きしましたが、顧客名簿などにも載っていなかったのですか?」
「一応確認しましたが、どこにもそんな振興組合なんてないんですよ」
「旅客業はいつまでされていたのですが?」
「20年前にコンビニに業態を替えましたが、ツアー等のノウハウは持っていますし、同業者のヘルプにも入ることはよくありましたから、全く廃業していたというわけではないのです。なので、業界にはそこそこ通じているはずなのですが、『日商バ振』は聞いたことがありませんでした」
森は首をかしげながら名刺を出した。
「これが名刺です」
今村が確認する。理事・桂浜真一郎とあった。
「桂浜真一郎さんという方に心当たりはありませんか?」
「桂浜といえば昔から大阪では有名な砕石工場の社長ですが、その方なのかなぁ」
「ご存じなのですか?」
「うちも昔は埋立地をやってたので名前は聞いたことがあるんですが、コンビニに経営を転換してからその辺の仕事は畳んだものですから。ダンプとか固定費がかかるじゃないんですか。ツアーの仕事はノウハウさえ持っていれば固定費なんてかかりませんから少しだけ手伝っていましたけど」
「なるほどですね」
今村が頷くと、くねくねしながら森は事務所内をきょろきょろと見ていた。どうにも落ち着かない男である。
「偽名を使って何か探っているんじゃないかと、そんなことを思うようになってしまいまして、最近は夜も眠れないんです」
「はあ」
「そこでお願いしたいのですが、この『日本商業バス振興協同組合』を調査してくれませんか?」
「そういうわけですね」
胡散臭い団体である。こんな団体をどうやって調べろというのか。かといって探偵業もやっている傍ら断るわけにもいかない。
「わかりました。やってみます」
そう言って今村は外の夜景を眺めた。