魔王城はホワイト会社~元勇者パーティの私の居場所
「こら、仕事しすぎ」
「あっ………………魔王さま」
「今日はもう仕事終わり。わかったかい?」
「待って魔王さま……まだ……」
「待てない、待てないよ。ほらアンネリーゼ、今日はもうおしまい。わかったね? あとは好きに俺の寝首でもかいてみる? 」
「ぐぅ……魔王さま…………私に甘すぎだよー!!! 」
ここは魔王城。
魔界……ではなく、魔族領にある魔王さまのお城です。
ここには魔王様とその側近や、魔族達が毎日働いています。
そして私、昔は魔王さま討伐のために勇者パーティの仲間の1人だった剣士も日々魔王さまの為に書類整理を頑張っています。
この世界は、人間と魔族の2種族が存在します。
世界の殆どは人間の領地で、一部分のみが魔族領となっています。
力関係は数は人間が多いですが、力関係で言えば魔族に軍配が上がります。
昔からこの2種族は対立関係で、手を取り合うなんて事は一度もありませんでした。
「君たちは第15番目の勇者パーティだ」
そう言われて王の前で頭を垂れる6人の男女。
勇者とされる男性と、私を含める剣士2人。
弓使いに、回復魔法使いと攻撃魔法使いの6人パーティです。
出会いはまさに今ここで、寄せ集めパーティのような感じだ。
今年になって勇者パーティが15組目、まだ新年になってひと月経っていないのに既に15組目だ。
そんなに勇者を作りたいのだろうか、この王は。
魔王を倒すためだけに編成された勇者パーティであるが、別に何か特別な選定をされたとかではなく、数打ちゃ当たるの精神なのだ。
かといって、強い人ばかりを選び城が手薄になるのも困る。
程々に強くて戦える、そんな人達ばかりを選んだ勇者パーティ。
そんなの勝てるわけが無いのを私はちゃんとわかっているの。
「………………うーん、君たち本当に何しに来てるの? 」
椅子に座ったまま座り込む私たちを見る魔王様。
美しい金色の髪は肩より少し長く、ハーフアップに結んでいて、頬杖をつきながら紫の瞳を細めて首を傾げていている魔王さま
黒く巨大なモゾモゾとしているようなイメージだったのが、まさかのイケメンでかなりビビりました。ええ、ビビりましたとも。
致命傷を与えることなく赤子を転がすかのように吹き飛ばされた私たちを困ったように見る魔王さまは渋々話をする。
「討伐っていうけど、俺に触れる事も出来ないよね? 毎回来るけどなんなのかな? その度に仕事が止まるんだよ。どうしてくれるの? 」
勇者パーティは私たちだけじゃないの。
他にも沢山いて、レベルを上げてみっちり対策して来るパーティもいれば、私達みたいにサクサクと魔王城までくるパーティもいる。
私たちは全然張り合いは無かっただろうなぁ、その証拠に魔王さまは一回も椅子から立たなかったの。
吹き飛ばされた私たちは、不機嫌そうな魔王さまのたった1回の攻撃で戦意喪失した。
その様子を見て魔王様はため息をはいていたのをビクリと体を揺らしながら見てた。
綺麗すぎて怖い人。強くてかっこよくて、筋肉が綺麗で。
思わずじっと見ていると、不意に魔王様が私を見た。
「………………ん? 」
不機嫌そうにしていた魔王さまは、キョトンと私を見て首を傾げた。
えっ?……何故にガン見をしてくるんですか
ちらりと隣にいる勇者を見ると恐怖でズボンを濡らしている様子で、綺麗な赤い絨毯が色濃くなっている。
わぁ……と思って顔を逸らすが、ガクガク震えている勇者は私が見ていた事すら気付いていないみたい。
「…………ふぅん、君は俺怖くない? 」
「え? わぁ!! 」
音もなく近付いてきた魔王さまは目の前にいた。
しゃがんで顔を見てくる魔王さま、動転して剣を振り上げたけれど、その剣は魔王さまの手によって簡単に止められた。
すごい、素手で刀身握ってるのに血が出てない。
目を見開いて手を見てから魔王さまを見ると、今まで見たことない程優しい笑みが浮かんでいた。
「へえ、 俺に負けるってわかってて剣を向けるんだ。それに、ちゃんと光がある……うーん、殺すには惜しいかなぁ」
「…………え? 」
「そうだね、選択肢をあげようか。1つ、俺のペットになって可愛がられる。2つ、部下になって玩具になる。3つ…………うーん、とりあえず夜の相手でもする? 」
それは、選択肢とは言わないんじゃ……
逃げるとか、戦うコマンドがないよね? もう暇潰しの玩具一択じゃない? というか、まって。まってまって。夜の相手って! 夜の相手?! いや、 はぁ?!
顔を赤らめて目をぐるぐるする私を楽しそうに見た魔王さまは私の返事を待っている。
「ほら、 早く答えて」
甘ったるいテノールの声が腰に響く。
腰が砕け落ちそうな美声に、何とか体を支えて握っていた剣は簡単に手の力は抜けてすっぽ抜けそう。
魔王さまはポイッと剣を遠くに投げ捨てると、剣を引き抜く時に引っ張られた体は鍛え抜かれた魔王さまの胸にぽふりと着地した。
「んなぁぁぁぁぁーーー?!」
「ぐ……ふふ……やめてよ、なんて声出すの」
喉の奥で笑い声を噛み殺すような声を漏らしながら思わず笑った魔王さま。
慌てて離れようと触れた魔王さまの胸板はしっかり固くて弾力がある。
なにより薄い服で、素肌を触ったような肉感があるのだ。
触れた手を上にあげて私はブンブンと首を横に振った。
「ヒィ!! なんでそんなうす……ぎ……違う! 離して!! 」
「ふふ、どうしようか」
腰にふわりと回された魔王さまの腕はピクリとも動かない。
血管の浮き出た太くしなやかなうでが私の腰にまとわりつく。まとわりつく?!
「にぎゃーーー!! 腰を撫でんでください!! 」
「ふっ……楽しい反応。子猫みたいだね」
日常の癒しが足りないのですか?! 可愛いやつめー! みたいに愛でてるんですか!!
「どれも選ばないから全部でいいかな」
そう言って笑う魔王さまは立ち上がり腕に私を乗せて抱っこする。
子供抱っこだ。私、それなりに体重ありますよ!!
いや、そうじゃない!!倒すんだ!!
「………………ん? なにしてるのかな」
「た……倒すの!! 」
「そう? それで倒せるなら頑張れ? 」
私は魔王さまの太い首に手を掛けてギューギューに締め上げる。
ただし、太い首に手が回らずまるで首を揉んでいるような感覚なのか魔王さまは気にも止めない。
「まずは城を案内しようか。夕方だし、食事を1食増やさないとな。あとは……夜の準備か」
流し目で私を見る色気たっぷりの魔王さまにビクつくと、顎を持たれてニヤリと笑う。
「楽しみだな……」
それからは一瞬だった。
剣を一振しただけで、仲間だった勇者たちの首は体から離れた。
真っ赤な絨毯が更に色濃く変色してぴちゃぴちゃと音が鳴る。
「あ………………」
「片付けといて。さて……名前は」
「あ……アンネリーゼ」
「アンネリーゼ、まずは湯浴みだ。汚れている」
羊の角が生えた女性によって連れられてお風呂にはいる。
隅々まで磨きあげられて、薄い白のワンピースを来てレースのカーディガンを羽織る。
用意された食事は豪華で今までの人生で見た事ない高級食材を使われていたのだが、緊張と恐怖で喉が通らなかった。
そして、あっという間に夜になる。
案内されたのは魔王さまの自室らしい。
ギィ……と静かに開いた扉、その部屋の奥にあるベッドルームには既に魔王さまが横たわっていた。
白のシャツに薄手のズボン。そのシャツのボタンは全部外れていて、鍛え抜かれた胸元は前回だった。
ドクン!! と心臓が跳ね上がる。格好良くてフェロモンダダ漏れの魔王さま。
「お待たせ致しました」
「こっちに」
ポフポフとベッドを叩く魔王さま、案内するように背中を押され、どうぞお楽しみください! といい笑顔を浮かべる羊の角のお姉さん。
飲み物や軽食を置いていき、頭を下げて退出したお姉さんに、置いていかないで!! と懇願したが無理やりベッドに上げられ魔王さまの横たわるすぐ隣にぺたんと座り込んだ。
「…………似合うな」
長い私の髪に触れて遊ぶようにクルクルする。
目を細めて、腰に手を回しクイッと引っ張られて横たわる魔王さまの上に乗り上げると、小さく喉の奥で笑う気配がした。
「なに? 随分ガチガチだね? 」
「………………だって……」
「夜の相手をしている時に、俺を殺す? 俺としてはゆっくり楽しみたいから終わってからがいいんだけどな? 」
「……………………うぅ」
「…………なぁにを考えているのかな? 」
パチンと指を鳴らすと、電気が消えて部屋が薄暗くなる。
ドクン!! と鳴る心臓はドンドン早くなっていくと、カラカラカラカラと音がなり、暗かった室内に1箇所から光が盛れる。
体制を変えれないから首だけ動かすと、巨大なスクリーンがありポカンと口を開けた。
「くっ……ふふ……夜の相手って、映画を見る相手だよ? どんな想像してたの? 」
「んなぁ?! なななななな!! 」
「ふはっ!! やめてよ、お腹痛くなる 」
クツクツと笑って髪をかきあげる魔王さまだけど、腰に回っている手は離れなくて。
ベッドに両手をつき体を離そうとぷるぷるしていると、下から見上げてくる超絶美形の魔王さまは楽しそうに笑ってる。
「何を見る? どんなのが好き? 恋愛? アクション? SF? まずはキミの好みから見ようか。な? アンネリーゼ」
「ぐぬぬぬぬ!! 」
こうして、私にとって優しく甘ったるく、時に意地悪な格好良い魔王さまに雇われて、日中はしっかり定時で終了の書類整理、夜は映画鑑賞や、時にゲームの相手をする日々がはじまった。
しっかりとお休みや、3食昼寝付きの高給取りという高待遇のお仕事。
頻繁に訪れる勇者パーティの相手をして機嫌悪くなる魔王さま、今までは魔族が色々と機嫌をなおしていたが、今では私が果物持参で現れると笑顔で果物を私の口に運んぶ作業をする魔王さま。
ミデルの実という魔族領で採れる果物が美味しすぎて頬が落ちそうとニコニコしていると、いつの間にか魔王さまの膝に座らされている不思議。
私の出現で、どうやら魔王さまの機嫌はかなり良いらしく、魔族の皆さんに感謝された。
優しい魔族さん大好き。
「ああ……またか。一昨日も来たのにな」
今回はスパンが短い。
現れた勇者パーティはギリギリと睨み、腕に私を抱いている魔王さまはため息を吐いた。
定時退社中なのだ。ホワイト会社万歳。
「見つけたぞ魔王!! お前を倒す!! 」
睨み付けてくる勇者パーティ、魔王が私を抱いているのに目を見開き人間……? と動揺している。
そんな動揺を魔王さまの前で見せたら……
「……うるさいな、今日は昨日のシリーズの続きを見るんだから邪魔するな」
ほらやっぱり。
7人いた勇者パーティは、すでに床に這いつくばってもう動けない。
ダクダクと命を垂れ流して絨毯にシミを作る。
血のシミは消えないからまた買い替えじゃない。
「…………さ、行こうか」
「うん」
この世界の魔王さまはとても優しい。
元勇者パーティの私を囲った格好良い魔王さまは、時に残忍で私と魔族以外どうでも良いと命を散らすけど、もうそれでもいい。
魔王さまがいたら、なんだっていい。
「アンネリーゼ、ひとりで行動してはいけないよ。いつ勇者パーティが来るか分からないからね。君は俺に抱えられていればいい。わかったね?」
「わかった。でも、仕事中にちょっかいかけてきたらだめだよ?」
「…………どうしようかな? 」
「だめだよ? ね! 魔王さま」
「仕方ないね」
何が仕方ないのかわからない。
でも、眉を下げて笑う魔王さまは何だか可愛いからいいかと、今日も魔王さまの大きなベッドを我が物顔で使い、昨日の続きの映画を見る。
泣きながらじっと映画を見る私の腰に手を回しながら、ワインを飲む魔王さま。
今日も平和に一日が終わりました。
また明日も、よろしくね、大好きな魔王さま。