第42話:わたしが愛しているのは貴方です!
アメリはマリアに抱き着いていた。
実家の中心で愛を叫び、両親たちに別れを告げてエムロードへと戻ってきた。城の玄関前でマリアが出迎えた瞬間、アメリは勢いよく抱き着いたかと思うと何があったの早口で話だしたのだ。
マリアはうんうんと話を聞いていたが、愛を叫んだ辺りで何かを察したらしくそれはそれはとあやすように背を擦る。
「テオお兄様がごめんなさいね?」
「なんだよ、俺のせいかよ」
「お兄様が暴れなければ、もう少し穏便だったでしょう!」
妹の指摘にテオは言い返せない、怒りで我を失っていたのだから。
あれから一切、アメリは口を開かなかった。馬車の中で一人、顔を覆って何を考えているのか、声をかけても答えてはくれない状態のままエムロードへと戻ってきたのだ。
「察してあげなさいよ」
「何をだよ」
「あー、駄目だわぁ。ねぇ、アメリ。テオお兄様でいいの?」
察する能力ないわよとマリアは言うと、、何がいけないのだと言いたげなテオにシリルは馬鹿だなと呆れた様子だ。
「恥ずかしいに決まってるじゃん。あんな人前で両親もいる中、叫んだんだよ? 本人もいる前でさ。言っている時は必死だからあれだけど、終わって冷静になったら恥ずかしさが溢れてくるに決まっているじゃんか」
そんな恥ずかしい中、本人の顔なんて見れるわけがないだろうというシリルの突っ込みにテオはその時やっと気が付いた。
「テオじゃないんだ。きっとかなり勇気を出しただろう」
「バージルお兄様の言う通りよ。かなり勇気がいることよ! カラスも言ってやりなさい!」
「カー!」
「おい、なんでカラスまで鳴くんだよ。つうか、そいつ指輪盗んだやつだろ。どうしてお前に懐いてるんだよ!」
「この子を伝言役にしたからよ。間に合ってくれてよかったわ」
ありがとうと頭を撫でればカラスはまた鳴いた。マリアの肩にとまってじっとテオを見つめているカラスに何か言われている気がして、テオはむっと眉を寄せた。
「こいつ、今なんか言ってるだろ」
「馬鹿だなぁって言ってます」
「おいこら、もう一度、言ってみろ」
「カー」
「カラスにからかわれる竜人ってテオ兄さんぐらいじゃない?」
くすくすと笑いながらシリルはアメリの傍へと駆ける。兄さんがごめんよと謝っている姿に腹が立ったが、バージルに落ち着けと言われ堪えた。
「悪かったよ、察せなくて」
「…………」
「怒ってるのか?」
「怒ってませんよ」
ぬっと顔を上げてアメリはテオを見た。
「わたしは今、恥ずかしいさと戦っていただけなのです。テオ様は悪くありません」
怒ってなどいない、ただ恥ずかしさと戦っていただけで、これを乗り越えなければテオとちゃんと話すことはできなかったのだ。冷静になってみるともの凄く恥ずかしい、本当のことであっても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「それで、アメリはテオ兄さんを選ぶの?」
「シリル様、ちょっと待ってくださいね」
深く深呼吸をしてアメリはマリアから離れるとテオと向き合った。
「わたしは嘘をつきません。あの場で叫んだ愛の言葉は本心です」
この気持ちは嘘ではない、アメリはテオを愛していた。バージルの想いも、シリルの想いもその愛も受け止めたけれど、自分が誰と一緒にいたいのか離れたくないと考えた時に思い浮かんだのはテオの笑顔だった。
「テオ様は不器用というか、素直じゃないですけど優しい方です。もちろん、皆さんわたしに優しくしてくれました」
マリアもバージルもシリルも優しくて、テオだけではないのは傍にいたから知っている。言葉にしようとするとこうも難しいのだなとアメリは思った。でも、彼が好きだという気持ちは本当だ。
「わたしのことを責めるでもなく、憐れむでもなく。わたしの言葉を聞いてくれた」
ユーリィから嫌がらせを受けていた時、テオは何も言わなかったことを責めたりせずにアメリの言葉を聞いて否定はしなかった。アメリが島流しにあったわけを知っても責めず、憐れむこともしなかった。
「皆さん、わたしのこと優しいって言いますけど、わたしはそう思わないのです。やったことがやったことですし、どうやって生きていこうかとか必死でしたし」
陰口を叩いて、高圧的な態度をした、この国を訪れた当初はどうやって生きるかだけを考えていた。ただ、少しずつ竜人のことを知ったから落ち着けただけだけで、考えてみれば自分勝手だったなと思う。
「誰を好きとか、愛しているとか、わたしにはもうよく分からなくなってました」
愛だとか好きだとか、考えれば考えれるほどに自分の悪い所しか思い浮かばなくて。答えなんて見つからない、もう何も分からないと思ったのだとアメリは気持ちを吐く。
「でも、誰かを選ばない選択を考えた時に思ったのです。もう、わたしにあの笑顔をみせてくれなくなるのかと」
嫌だと思った。もうあぁやって撫でてくれないのか、笑顔をみせてくれないのか。その時やっと気づいた、自分も誰かを愛していたのだとこれが愛なのだと。
「皆さん好きです、それは本当です。でも、愛しているのはテオ様です」
わたしを受け止めてくれた、太陽のような貴方をわたしは愛している。愛を紡ぐように告げられるそれは誰もが嘘とは疑わず、ただただ聞き入れる。彼女は嘘などついていない、これがアメリの愛の言葉なのだ。
アメリの瞳は真っ直ぐテオに向けられて、その視界に入る隙は何処にもない。
「あの、ですね。その……」
「いいよ、アメリ。君の気持ちは分かったから」
シリルははぁと溜息をついて両手を頭に回し、あーあと嘆いた。
「ほんっと、テオ兄さんに負けるのいやだなぁ」
「どういう意味だよ」
「そのままのいーみー。でも、アメリはテオ兄さんを選んだんだ。受け入れるしかないよ、嫌だけど、悔しいけど」
嫌だと悔しいを強調させながらそれでもシリルはテオを責めることはしない、嫌だと言いながらも表情は明るかった。
「そうですね。受け入れると言ったのですから」
バージルは残念そうに目を細めているけれどテオを責めることはしない、彼女に言ったのだから。
「テオ兄さん、アメリを泣かせたら許さないからね」
「そんなことするわけねぇだろ」
「テオはできませんよ。ただ、素直じゃない部分で問題を起こしそうではあるかな」
バージルの指摘にうっと声を詰まらせてテオはじとりと兄を見る、自覚はあるようだ。それがおかしかったのか、シリルがくすくすと笑っている。
「大丈夫よ、アメリ」
三人の様子にマリアは言う、兄たちの仲が崩れることはない。シリルのように悔しいと嫌だと思うことはあるだろうけれど、二人はテオを信頼しているからと。
「信頼している存在の元に行くなら安心できるもの」
「そういうものでしょうか?」
「そりゃあ、悔しいとか嫌だなって思ったりはするわよ。好きな人と結ばれることがないのだから。でもね、信頼している人になら預けられるものよ」
どこぞの知らない男の元へ行くのと、信頼している男の妻になるのとじゃ気持ちが違うのだとマリアは言う。好きな人が知らない人の元へ行くか、信頼している人の元かの二択ならば、信頼している人を選ぶ。そっちのほうが安心ができるし、諦めがつくなとアメリも思った。
「でも、シリルお兄様は暫く愚痴るし、バージルお兄様は落ち込むわね」
「やっぱり……」
「それは許してあげてね?」
振られた身のことを考えればそうなるのも仕方ないことで、それを否定する権利は誰にもないと言われてアメリはそうだなと頷く。そんなアメリを見て、「さてと……」とマリアは呟きテオを呼ぶ。兄弟二人に小突かれていた彼はなんだと困ったように返事をかえした。
「お兄様はどうなのかしら?」
「は?」
「あら、お兄様はアメリだけに愛を叫ばせるつもりなの?」
「いや、俺はちゃんと……」
「二人の時はね? でも、アメリは叫んだのよ、人前で」
マリアは「テオお兄様もするべきじゃなくて?」とにやりと口角を上げる。そんな悪い顔をする妹にテオは眉を寄せた。
「そうだね、アメリだけは可哀そうだよ」
「誠意を見せてほしいものだね」
「お前ら、振られたからって……」
バージルもシリルもマリアと同じように悪い顔をしていて、周囲をちらりと見遣れば聞き耳を立てている兵士たちがいた。召使いたちはそわそわと様子を窺い、開かれた大扉の奥には父の姿が見える。皆が皆、テオの言葉を待っていた。
逃げることは許されず、このまま誤魔化すこともできない状況を理解したテオは頭を掻いた。
「アメリ、アメリ。あと一押しよ。何か言って」
こそりと囁かれる。アメリはそう言われても、伝えたいことは全て口にしたのでうーんと考えて、一つ問う。
「テオ様」
「……なんだよ」
「こんなわたしですが、愛してくれますか?」
少し前は陰口を叩き高圧的な態度を取っていた、どうやって生きていこうかと自分のことしか考えていなかった自分勝手なわたしを貴方は愛してくれますか。不安げに問うアメリの言葉にテオは落ちた。
「当たり前だろ! 俺はお前を愛してるんだから!」
テオは叫ぶように言う――瞬間、わぁっと声が上がった。兵士が湧いて召使いたちが手を鳴らす、皆が皆、彼らを祝福した。
「テオ様があの素直じゃないテオ様が人前で……」
「急げ! 全員に知らせるんだ!」
長く使えていた召使いは目を潤ませながら口元を押さえて、兵士たちは慌てて他の者に伝えるために駆けだしていく。祭り騒ぎのようになる周囲にアメリは思わず吹き出した、こんなにも祝福されるとは思っていなかったから。
「デーヴィド王。貴殿はご存じだったのでは?」
「何をだ、エルヴィスよ」
「アメリがテオ王子を愛していたことですよ」
エルヴィスに「分かっていたからこそ申し出たのでしょう。戻ってきたら、帰さないと」と言われて、デーヴィドはふふと笑う。
「どうだろうな……さて、アメリは戻ってきたのだ。文句はないだろう?」
「えぇ。彼女がこの地に残ると言うのならば、それを止める理由はありませんので」
「では、父に王に伝えるといい。貴殿がよこした貢物が花嫁となったとな」
「そうします。では」
「何も言わずにいくのか」
エルヴィスが去ろうとするのをデーヴィドは止める。彼はアメリのほうを一瞥し、首を振った。
「私が行けば、貴殿の息子様に刺されますよ」
「テオならやりかねんな」
はっはっはと笑いデーヴィドは歩き出す。エルヴィスは一礼し、自国の騎士を連れ城を去った。
その日の昼は国中が大騒ぎになった、第二王子が人間を花嫁にすると知って。そして、花嫁が実家の中心で愛を叫んだこと、王子もまた王城の前で叫んだことも知れ渡った。




