第41話:実家の中心で想いを告げる
燃えるような赤が空を彩り真っ直ぐに飛んでくる、その少し離れて綺麗な薄緑と若葉のような緑が追いかけてきていた。周囲はそれを見て騒ぐ、あれは竜だ竜人かと兵士が屋敷へと集まってくる。警戒するように槍を、剣を抜いて空を見上げていた。
アメリは空を眺めていた、あれはテオ達だなと。
『来たぞ、来た』
「分かってるよ、きっと怒ってる」
真っ直ぐこちらに向かってきている、遠目からでも異様な雰囲気というのは伝わってきていた。肩にとまるカラスはどうするどうすると鳴く。きっとテオはアメリの姿を捉えているから、迷いなく飛んできているのだろう。
(竜って目が良いって聞いたことある……)
そんなことを想っていればグラントが手を引いてきた。
「此処は危険です、逃げましょう」
「あ、大丈夫です。あれ、迎えに来ただけなので」
アメリの即答にグラントは目を瞬かせて、何を言っているのだとリリアーナも首を傾げていた。
そうこうしているうちに赤い鱗の竜が庭園へと降り立った。口の端から炎が溢れていて目は鋭く怒っているのは見て取れて、彼が怒っているのは明白だった。こちらへ来ようとする竜を兵士が止めにるように前へ出れば、赤い竜は睨みつけた。
薄緑の竜と緑の竜が追いついて降りてきて、赤い竜を止めるように声をかけるも彼は聞く耳を持たない。
「邪魔だ、どけ!」
テオは翼をはためかせて威嚇すると兵士は怯むもそれでも動くことはなく槍を剣を構えた。
「さぁ、アメリさん」
グラントに引かれた手をアメリは掃った。
「ごめんなさい、グラント様。リリアーナさん、お父様、お母様」
くるりと振り返ってアメリは微笑んだ。
「わたしはこの国には戻るつもりはないの」
花のような、可憐で優しい微笑みは悲しみも辛さも恐怖もなくて、アメリはそのまま走りだした。アメリが駆けだしたのをカラスは追いかけるように飛んでいく。
テオは兵士に手を出さんばりに咆哮して翼を広げる。あと少し、そうあと少しで一線を越えてしまう、その瞬間――
「わたしは貴方の傍から離れませんよっ!」
アメリは声を張り上げ叫ぶ、誰もが彼女に目を向けた。はっと大きく息を吸って、大きく。
「わたしは、貴方の傍から離れません! テオ様!」
アメリは幸せだった。転生してきた記憶が蘇って、婚約破棄されて島流しにあった時は困惑もしたし、悲しくもあった。竜の国では不安がなかったわけでない、だって悪役令嬢アメリの死亡エンドルートなのだから。でも、動物と会話ができるようになって、同じく転生していた大好きだった飼い主であるマリアと再会できただけじゃなく親友になれて、テオやバージル、シリルと出逢えて楽しくて嬉しくて――幸せだと感じた。
悪役令嬢アメリでなければこんな出逢いはなかっただろう。だって、こんな気持ちは初めてだったから。
人間の気持ちがよく分からなかった。猫であった前世を思い出した時、エルヴィスを愛していたはずだというのにその感情が冷めて分からなくなった。好きという感情は分かる、でも愛というのが分からない。お洒落だってそうだ、着れれば何でもいいのではと思った。
好きだと、愛していると想いをぶつけられた時の衝撃は今でも忘れることができない。彼らは竜人であるけれど、人間と同じように誰かを愛する感情を持っていた。
小鳥は言った、誰と一緒にいたいのか。自分は誰と共にいたいのだろうか、一人一人と向き合いながら考えた。好きだと愛しているという気持ち、それはきっと前世で飼い主に向けていたものとは違うかもしれないけれど、似ているのだと思った。
「わたしは!」
もし、誰も選ばなかったら彼らはどうするのだろうか。誰かを選んでも、いつものように話してくれるのだろうか。そう考えた時に思ったのだ、あの笑顔が見れなくなるのは嫌だなって。あんなにも輝いていた太陽を見れなくなるのは嫌だった――アメリは気づいた、自分自身の気持ちに。
「テオ様を愛しています!」
バージルもシリルも好きだけれど、愛していたのは彼だった。
木霊するように叫ぶ声が周囲に響く。兵士も、グラントもリリアーナも、その場にいた誰もがアメリを注視した。見られているのは分かっている、こんなことを叫んだのだから。今、物凄く恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしくて逃げ出したくなるもアメリは真っ直ぐテオを見た。
「まーず! 竜の姿を解いてください!」
「は、」
「いーいーからっ!」
びしっと指さされてテオは怯み、人の姿へと戻った。竜人であるのを知って兵士は構えていた武器を下ろしたけれど警戒している様子だ。
「聞いていましたか!」
「お、おう」
「そうですよね! 実家の中心で愛を叫んだんですからね! 聞いてくれてなかったら、わたしは恥ずかしさで逃げ出します!」
何故に実家の中心で愛を叫ばなければならないのだ。両親の前でならまだしも他人もいる前ぞ、これほど恥ずかしいものはない。それでも伝えなければ、この場を鎮めることできないのだと自分に言い聞かせているからこの場に立てている。
自分は言ったのだから今更、誤魔化すことはできないのでアメリは両親たちがいる玄関のほうへ振り返った。
「お父様、お母様。グラント様にリリアーナさん、マリーさん。わたしを心配してくださり、ありがとうございます。とても嬉しかったです」
頭を下げて五人にお礼を言うと突然のことに困惑している彼らにアメリは告げた。
「わたし、確かに竜人の国に行った当初は死ぬのだと思っていました」
誰も長生きはしなかった。自死し、逃げて、そんな国へと行くのだからきっと死ぬのだろうと思った。怖くて、どうにか長生きできないだろうかと考えたのだとアメリの告白にテオは悲しげに瞳を揺らし、バージルは目を伏せ、シリルは何とも言えない表情をみせた。
「でもですね、今は違います」
自分は動物と会話ができることに気が付いた。そのおかげもあってみんなと仲よくできたこと、竜人が誰もが怖い存在ではないと知った。彼らと過ごしていくうちに話す時間が楽しくて、楽しくて、一緒にいたいとそう思った。
「何も、そう何も酷いことはされていないの。むしろ、わたしと仲良くしてくれていた。心配もしてくれて、愛してくれた」
愛してくれていた、それは自分もそうだった。
「わたしは、エムロード国第二王子、テオ・レヴァンテ・エムロードを愛しています」
彼を愛している。
娘から吐かれた言葉に母は口元を覆った、信じられないと。けれど、父は真剣な眼差しを向けていた。
「それは本当か、アメリ」
「実家の中心で愛を叫ぶという恥ずかしいことこの上ないことをやったというのに、嘘をつけると思いますか、お父様」
本人の前ですよとそう言ってアメリはテオを指さす。そこで周囲は気づいた、彼は同盟国であるエムロード国の王子であることに。兵士は慌てて身を引いて膝をついた。
「それは……父でも難しいことだな」
「でしょう? わたし、今どういう心境かわかりますか?」
「恥ずかしさで死にそうか?」
「そうですよ! 本当なら、ちゃんと伝える予定だったんですよ! どうして、実家の中心で叫ぶことになるんですか!」
娘の抗議に父は頭を掻く。事情を彼らは知らないのだから仕方ないことではあるのだが、それならば本人に事情を話して聞いてみることぐらいできただろうと思わなくもない。そう言われてグラントもリリアーナも顔を見合わせた。
「アメリさん、その……本当なのよね?」
「リリアーナさん、わたしこんな恥ずかしい嘘はつかないです。同じ立場ならやりますか?」
「それは無理だわ……。その、ごめんなさい。てっきり、辛い思いをしてると思って……」
「そう思うのは無理もないので気にしないでください。グラント様も」
謝りたそうにしているグラントにアメリは言う、気にしないでいいと。そうは言っても自分たちが騒ぎを起こしたのだと言うのだが、アメリは大丈夫だと返す。
「わたしがエムロードに戻れば問題ないです」
「いや、そういうわけには……」
「戻れば、何もないですよね!」
「あ、あぁ……お前が、俺の元に戻ってくるなら問題はない」
アメリの押しにたじろぎながらテオは答える。勝手にされたことについて言いたいことはあるが、アメリが戻ってくるのならば問題はない。彼女が許せと言うのならば、そうしようというテオの言葉に信じられないふうにグラントは見ていた。竜人への印象というのがこの国では歪んでいる部分があるのでそれがそうさせてしまうのだ。
「お父様、お母様。迷惑をかけた我儘娘でごめんなさい。ずっと謝りたかったの」
「アメリ……」
「リリアーナさんも、ごめんなさい。悪口を言って、高圧的な態度をとって。許されることではないと思っている」
嫌がらせをしていなくとも、陰口というの心を傷つける、高圧的な態度だってそうだ。きっと辛かっただろう、悲しかっただろうから謝っても許されることではないとアメリはリリアーナに頭を下げて謝った。
「わたしを助けようとしてくださって、ありがとうございます。グラント様のお手紙嬉しかったです」
もう忘れ去られたと思っていたのに覚えてくれていたことが嬉しかったとアメリは礼を言う。
「マリーさん。わたしは怒ってもないし、恨んでもないので心配しないでください」
彼女の兄への想いとうのは知っている、それを否定するつもりはないとアメリは一つ礼をし、微笑んだ。
「わたしをどうか、お嫁に行かせてください。身勝手なことかもしれないけれど、わたしは悲しくも、辛くもないのです」
明るく花が咲いたように幸せな笑みに言葉を疑う者など誰もいなかった。




