第40話:時は遡り、王城にて
少し時間は戻ってエムロード国内、同盟を組んでいるエグマリヌ国から第三王子がやってきていた。
父である王の使いとしてやってきた彼をデーヴィドは丁寧に扱った。同盟を結んでいる国の王子なので無碍にすることはできないし、その必要もない。やってきたばかりであるということもあり軽く話をした後、本題は明日にとなったその日の夜。
マリアはエルヴィスが少しだけ気になった。乙女ゲームをプレイしているのだから彼がどういった存在だったのかも大体は把握しているけれど、実物というのも見てみたいなと思ったのだ。
彼が湯浴みにいったことは召使いが言っていたので知っている。もうすぐ戻ってくるだろうとわくわくしながら見張っていれば、男が一人歩いてきた。白金の短い髪の男は疲れたふうに息を吐き、部屋の前で立ち止まる。
(顔は良いのよねぇ)
そこは認めるとマリアは思う。この乙女ゲームをしていてエルヴィスの性格の悪さは把握していたので好きなタイプの男ではなかったのだが、顔だけが良いのは認めざるおえなかった。
(ワタクシは断然、グラントルートが好きだったんだけどなぁ。主人公であるリリアーナはエルヴィスを選んじゃったみたいだし……。まぁ、そのおかげでこうやってあんちちゃんと再会できたわけだけども)
あのタイプが好きだったのかぁとマリアがそんなことを思いながら観察していると、兵士がエルヴィスの元へと駆けきた。
「エルヴィス様」
「誰にも見つからなかったな?」
「はい」
警戒するように周囲を見渡すエルヴィスにマリアは思わず顔を引っ込めて聞き耳を立てた。
「リリアーナ様がアメリ様を連れて国へと戻りました」
「嘘は見破れられなかったな?」
「はい。アメリ様も周囲も気づいていないようです」
嘘。その言葉にマリアは目を見開く、リリアーナが言っていたアメリの両親が倒れたというのは嘘なのか。動揺しながらも話を聞き逃すまいと耳をすます。
「明日は朝から王と話す。その時に貢物に送った人間が間違いだったことを説明する。アメリを返してもらえるかは分からんが、いなければ逃げ出したとでも思ってくれるだろう」
あとは任せたとエルヴィスはそう告げて部屋へと入っていった。兵士が敬礼してその場から離れていく。誰もいなくなった廊下でマリアは手が震えていた。怒りと、そして恐怖で。
(どうしよう、どうしよう)
マリアは廊下を歩きながら考える。もし、アメリがいないことが兄たちに知られたらどうしようかと。まさか、エンディング後はこうなるだなんて思ってもみなかったとマリアは焦っていた。
ルート外の悪役令嬢アメリのその後の話だと思ったマリアにとってこれは予想外の出来事だ。このままアメリはお兄様の誰かを選ぶのか、それとも選ばないのか、それだけだと思っていたので油断していた。
まだ一日しか経っていないが隣国との間には近道というのが存在するので、それを使っていったのならばすぐに到着するはずだ。今はまだ良い、まだ誤魔化すことはできるが明日からが問題だ。
あぁ、どうしようか。せめて、アメリに知らせる術があればとマリアはそこでふと、思い出した。
「あの子なら……」
マリアは駆けだした。召使いたちに見つからないように宮殿を出て、飼育場のほうへと行って少し離れた場所にあの子はいた。無造作になっている木々の上、鳥の巣が一つある。
「ねぇ! 起きて!」
マリアは呼びかけると一匹のカラスがぬっと顔を覗かせた、ユーリィの指輪を盗んだ子だ。
「ワタクシの言葉がわかるかしら? もし、分かるならお願いがあるの!」
カラスはただ、マリアを見つめる。
「あのね、アメリに伝えてほしいことがあるの! 嘘がバレたって。お兄様が追いかけてくるわって、そう伝えてほしいの! もちろん、ただではないわ。アナタに長く速く飛べる魔法と好きな宝石を与えるわ!」
マリアは自分のつけていた指輪を出す。
「これは前金よ! やってくれるのなら、もっと差し上げるわ!」
カラスは首をひねって考えるような仕草をみせた。お願いとマリアはもう一度、言って指輪を掌に乗せて掲げた。暫くして「くわーっ」とカラスが一鳴きした。ゆっくりと翼をはためかせながら、降りてきたかと思うと指輪を咥えて巣へと戻る。指輪を置くとカラスはまたマリアの元へと降りて足元で止まった。
「やってくれるのね!」
「カーっ」
カラスの返事にマリアは祈りをささげる。
「空高く雄々しく飛び 風舞う速さへと変わる――」
小さく呪文を唱えるとぽっとカラスが淡く輝いた。バサバサと羽根を鳴らし、空を駆けていく風のように飛んでいったカラスの背を祈りながらマリアは見送った。
***
朝、食事を終えたデーヴィド王はエルヴィス王子と対談すべく、王座の間にいた。そこには息子たち三人と娘が一人いる。
「息子たちがどうしても話を聞きたいというものでな、申し訳ない」
「いえ、気にしていませんので。 早速ですが、お渡した手紙はお読みになったでしょうか?」
「あぁ、読ませてもらった。同盟は今まで通り、安心するように伝えてくれ」
淡々と進む話をバージルは訝しげに聞いていて、テオはエルヴィスを睨むように見つめ、シリルはつまらなさそうだ。マリアは祈っていた。どうか、間に合ってくれと。あるいは、お兄様たちが冷静でありますようにと。
「大体はこれぐらいだろう。何か他にあるか、エルヴィスよ」
「はい。実は一つ謝罪しなければならないことがあるのです」
「謝罪とは?」
「こちらに送った貢物のことです」
貢物、その言葉にデーヴィドは目を細める。息子たちの様子が変わったことにも気づいたようだ。
「実は本来、こちらに来るはずの貢物の人間は別にいたのです」
彼女は自身が貢物に出されるのを恐れ、替え玉としてアメリを送ったのだとエルヴィスは説明した。アメリは自身が替え玉にあった被害者であることを知らず、無理矢理送られたのだと。
「こちらの確認不足で、申し訳ありません」
「事情は理解した。それで、どうしたいのだ」
「アメリ嬢を返してほしいのです」
「おい、ちょっと待て!」
エルヴィスの発言にテオが声を上げる、彼を睨む瞳は今までに見たことがないほどに鋭い。
「お前が送っておいて、実は間違っていましたってなんだ!」
「ですから、謝罪をしているのです」
「それで、返せってか?」
それの何処が謝罪と言うのだというテオの言葉にバージルもそれは都合がよすぎるだろうと指摘する。間違えでした、すみません。ですので、返してくださいなど謝罪というのを感じることができない。
「もちろん、こちらもお詫びはいたします。新しい貢物を……」
「それで済むわけねぇだろうが!」
テオは怒鳴ってエルヴィスの胸倉を掴んだ。
「お前、あいつの婚約者だったんだろう! どうして、間違いに気づかなかった。そんなに他の女が良かったのか!」
アメリは自分は島流しにあってもしかないことをしたのだと、後悔し反省していた。本当ならば此処には来なくてよかったというのに、その反省を後悔を謝罪をできたかもしれないそのチャンスを摘み取ったのはエルヴィスだ。
エルヴィスは眉を寄せて面倒くさげに胸倉を掴む手を掃おうとした。反省も悪気もあるように感じられないその態度にテオはますます怒りを露わにする。
「彼女には悪いことをしたと思っている。だから、故郷へ返そうと……」
「微塵も思ってねぇ言葉を言うんじゃねぇよ!」
「テオ、やりすぎだ。落ち着きなさい」
締め上げるようにする彼にバージルが止めに入り、無理矢理離された手にテオは苛立ったように兄の手を掃った。エルヴィスは乱れた胸元を整えてデーヴィドへと向き直る。
「申し訳ない、息子が迷惑をかけた」
「いえ、そう言われても仕方ないことでしょうから」
「アメリを返すかは、彼女自身に聞くべきだろう」
故郷へ帰りたいというのであれば帰すべきだ、彼女を縛る理由はないというデーヴィドの言葉に確かにと三人は顔を合わせる。その通りではあるのだけれど、バージルもテオもシリルも否定したいような瞳を向けている。
「そのアメリ様なのですが……」
「どうした」
兵士の一人が王の傍へとやってくると、言いづらそうにしながらも王に促され実はと話した。
「今朝からいないのです」
アメリがいない。その言葉にテオとシリルははぁっと声を上げて、バージルは兵士に駆け寄り、詳しく話すように迫った。
「食事を渡しにいったメイドが反応がないので部屋を覗いたらもぬけの殻だったと……」
「逃げだしたのでは?」
兵士の言葉にエルヴィスが言う、彼女は逃げ出したのではないかと。この国での生活が嫌になってと言われて考えられなくはないといったふうにエルヴィスは見つめた。
「それは……」
「何か否定できるのですか?」
否定できるのか、バージルには言葉が見つからなかった。彼女は自分の意思でこの国にきたわけではなくて、貢物として島流しにあっただけだ。自分たちの想いを聞いて、耐えられなくなって逃げ出したとそう考えられなくもなかった。
「違うわ!」
声が響く。祈るように手を握り、涙を浮かべているマリアの声だった。その様子だけで何かあったのだと誰もが気づいて、「何があったんだい」とバージルが優しく問えば、マリアはすっと息を吸って答えた。
「アメリのお父様が倒れたって、リリアーナっていう方が言って……。アメリはお父様が心配で、故郷へ戻ったの……」
マリアの「ワタクシが馬車を用意して、見送った」と言う言葉にバージルは目を細める。
「だから、逃げたとかじゃ……」
「じゃぁ、どうして泣いているんだい?」
バージルの問いかけにマリアは口ごもらせて視線を逸らした。
「お前、何か隠してるだろ」
テオの指摘にマリアは肩を震わせる、それだけで何か黙っていることは明白だった。
「黙ってないで言いなよ、マリア」
「こら、シリル。そう言うんじゃない。大丈夫、お前を責めたりしないよ、マリア」
彼女に視線を合わせるように屈み、バージルは頭を撫でてやる。これはもう隠し事はできないとマリアは思った、少しでも時間稼ぎをしたかったけれど無理だと悟った。
「それ、嘘だったの。エルヴィス王子が自身の兵士と話しているの、聞いたわ」
アメリを自国へ帰すためについた嘘である。エルヴィスは眉を寄せて苦々しくマリアを見つめていた。
「ふざけんな!」
テオは怒鳴る、王座の間に響く怒りの声に兵士たちが震え上がった。
「あいつの意思で帰るなら文句はねぇよ。だが、なんだそれは。嘘までつきやがって!」
エルヴィスは何も言わずにただ、見つめるだけだ。テオは一つ睨むと駆けだした。
「テオ!」
「うるせぇ! あいつを迎えに行く!」
あいつから聞かない限り、俺は認めないとテオは振り返ることなく王座の間から出ていく。バージルはエルヴィスを見流してデーヴィドを見ると、王ははぁと深い溜息をついている。やるだろうな、そう分かっていたというふうに。
「行ってこい、バージル、シリルよ。テオだけでは何をやらかすかわからん」
「分かりました」
「任せて、父上!」
二人はテオを追いかけていく、嵐が過ぎ去ったように王座の間は静まり返った。エルヴィスは言い訳をするわけでも、謝罪をするでもなく、デーヴィドを見ていた。その瞳は強く、何を言われても受け入れるようで。
「エルヴィスよ。お前は嘘が暴かれることも想定していただろう」
「…………」
「何も言わずとも良い。私は怒ってもいない、息子たちはそうではないがな」
デーヴィドは王座から立ち上がるとゆっくりとエルヴィスの前へと歩き出した。それでも逃げることなく、彼は立っている。
「うん。それでなくては、王の使いを任させられんな」
「お褒めの言葉、有難うございます」
「なかなか良い性格をしている。さて、アメリのことだがな。迎えに行った息子たちが答えを聞いてくるだろう」
竜の姿ならば、馬車がエグマリヌ国へと到着する頃までには間に合う、それほどに竜というのは速く飛ぶことができるとデーヴィッドは告げる。
「アメリがこの国に戻ってきたら、帰すという話はなかったことにしてくれ」
「そうでなければ、帰してくださるのですか?」
「アメリの意思で決めたことならば息子たちも諦めるだろう。何度も言うが、私はこれぐらいでは怒りはしない。不手際は誰にでもあることだ。一度ぐらいならば、無かったことにしよう」
これぐらいのことで同盟を無かったことにはしないさと、はっはっはと大笑してデーヴィドはエルヴィスの肩を叩く。圧、エルヴィスはそれを感じていた。怒ってはいない、それはそうなのだろうけれど、圧というは向けられていた。
王の前で嘘は許さない、覇気がそう言っていた。




