第35話:バージル様の想いを聞く
城には書物が保管されている図書室がある。それは各地で見つけた秘蔵の品から魔術書や学術書、医術書から童話のような物語まで本の種類は豊富だ。ずらりと並ぶ本棚の列は部屋の奥が見えないぐらいに多く、ちょっとした迷路のようであった。
休日、バージルはよくこの図書室にいるのだとマリアは迷うことなく歩きながら教えてくれた。
「この部屋の奥にバージルお兄様用の机があるの。そこで読書をしているのよ。今日は城下の様子を見に行くとは言ってなかったし、此処にいると思うわ」
次期王である彼は知識をつけるためにあらゆる書物を読んで勉強しているらしい。少し前は焦るようにやっていたが父に言われて今は無理のない程度にやっているようだ。
奥の壁が見えてきた最後の本棚、そこから顔を覗かせるとその奥には小さな窓の傍に机が置かれていた。少し開けられた窓から風が吹いて、煌めく薄緑の長い髪が靡く。照らされる白肌に映えるエメラルドの瞳がきらりと光って視線は分厚い本へと向けられていた。
バージルの座る机にはいくつもの本が積まれていて、まだ彼は二人に気づいていないようだ。
「バージルお兄様は優しいのよね。家族思いだし、努力家だし。でも、無理しちゃったりするのよ」
妹の我儘にも付き合ってくれる、父を慕い、弟たちを見守り家族を想っている。任されたことは責任をもってやって、自分にやれることならばと無理して抱え込んでしまうこともあった。弱音を吐くのが苦手なのだ、バージルは。それは長子として次期王としての重圧というのもあるのかもしれない。
「お父様に言われたらしくて、今はそうでもないけど。でも、無理しちゃうこともあるからそこは注意よね」
「無理は良くないですもんね」
「そうよ。倒れたら大変ですもの」
「そこにいるのは誰だい?」
ぱたんと本を閉じる音が響く。本棚から顔を覗かせればバージルがじっと見つめていたけれど、マリアとアメリであることに気づいた彼は目を丸くしている。見つかっちゃったわとマリアはアメリ引っ張りながらバージルの元へと駆け寄ると彼は二人を見遣っていた。
「今日はね、お兄様たちを見極めるためにきたのよ」
「見極める?」
マリアはテオに説明したことを話すとそれでやっと状況を理解したのか、なるほどとバージルは頷く。
「確かにそうするのは当然だ」
「そういうことなの。じゃあ、ワタクシは少し離れているわね」
にこやかに笑みを見せてマリアは本棚の隅へと行って姿は隠すことなく二人を見守るように見つめていた。向かい合う二人、暫く見つめ合っていたが最初に口を開いたのはバージルだった。
「アメリ、すまなかった」
バージルは謝罪の言葉を口にする、気持ちを考えなければいけないはずだというのにと。彼もテオと同じように思っていたようで、申し訳なさげに眉を下げていた。
「君を愛しているというのに私は自分の気持ちだけで動いてしまった。謝って許されることではないだろうけど、本当に申し訳なかった」
「いいんですよ。その、テオ様にも言ったんですけど、皆さんの想いっていうのは伝わったので。嫌いになるとかはないです」
そのことはもう怒ってはいないというアメリの言葉にバージルはまた小さくすまないと眉を下げた。気を使わせてしまったと思っているみたいだったので、アメリは「大丈夫ですよ!」と元気よく返す。
「心配しないでください!」
「しかし、私たち兄弟のせいで君を悩ませてしまっているだろう?」
「それは……」
兄弟で争っている、それも原因は自身で、そんな状況で悩まないわけがない。三人の男から求愛を受けて誰かをまたはそれ以外を選ばなければならない、それは酷いことだ。誰かを選んでも、選ばなくとも、悲しむ者は出てしまうのだから。
「バージル様はわたしの何処が良いのですか?」
酷いことなのかもしれないけれど、自分は答えを出さなければならないのでアメリは問う、何処が好きですかと。バージルはそれに少し考えてから惹かれたと答えた。
「惹かれたんだ。花のような君に」
決して強くはない、でも弱くもない。一生懸命で、酷くあしらわれようとも優しく、怖いこともあるだろうに明るく、正直でそれは花のようだと思った。明るくて、優しく、一生懸命に生きるそんな花のように感じた。
見ているだけで落ち着けてその温かさに惹かれたのだとバージルは答える。
「君は優しすぎる。酷いことをされても、恨むこともしないで」
「わたしは、でも……」
「君がどういう理由で此処にきたのかも知っている。愛していた者を奪われたくないという気持ちは分からなくもない、私もそうだからね。でも、君は心から反省しているじゃないか」
ユーリィを昔の自分に重ねて、恨むことも怒ることもせず、彼女を想った。それは反省していない人間にできるとは思えない。口だけというのはよくある、それは人間でも竜人でも。同じようなことをされれば、自身の事を棚に上げて言うこともあるけれどアメリはそうではない。
「心を入れ替える、反省するということができるのだと、君を見て知ったよ」
「でも、やったことは本当なのです」
「そうだね。でも、やり直すことはできるよ。君みたいに」
君はまだ引きずっているのかもしれないけれど、やり直すことは許されることだとバージルは言う。君は此処に来てから昔のようなことをしてはいないし、そんな様子は感じなかったと。
「最初はそう興味から、でも今は君に惹かれ、愛している」
静かに優しく、そして強く吐かれる言葉は胸を刺す。月のように淡く微笑むバージルは綺麗で、目が離せない。
「すまない。君を悩ませるようなことを言って。でも、伝えたかったんだ」
「そんなことはないです。わたしが聞いたことですし」
「私は知っていたんだ。テオもシリルも君を愛していることに」
知っていた。テオは分かりやすい、シリルは隠していたようだけれど些細な行動ですぐにそうなのだと察した。
盗られたくはなかった、誰にも。だからあの食事の場で告げたのだ、父が婚約者のことを聞いてくるのは分かっていたから。彼らの前で言えば争いが起こることも分かって、それでも先を越されたくはなかった。
なんて自分勝手なのだろうかと思わなくはない、誰よりも先にこの想いを伝えたかった。父の前ならば冗談と嘘と思われない、そう思って。
「誰にも盗られたくないという気持ち、今ならよく分かるんだ。君がやってしまったことも、そして後悔も。自分のことしか考えていなかったから」
今ならば、そうしてしまった気持ちが痛いほど分かる、やってしまったことへの後悔もとバージルは目を伏せる。
「テオも言っただろうけれど、私はアメリが決めたことに従うよ。君が決めた存在との愛を祝福する」
そう言うバージルの表情は悲しくも儚いけれど、心に決めた覚悟が瞳から伝わってきた。




