第34話:テオ様の想いを聞く
宮殿を離れて城から少し行った場所に馬たちの厩舎が並んでいる。その傍にある兵士たちが乗馬訓練をする練習場では今日も練習に励んでいる姿があった。
ひと際目立つ馬がそこにいた。綺麗な艶のある黒毛の馬は他よりも大きく、鬣を流しながら走っている。他よりも目立つ美しい馬に乗っているのはテオだった。燃えるように赤い髪は彼のもので、背景を彩るように走る姿は周囲の目を惹く。荒々しくも操る手綱さばきに兵士たちは声も出ない。
「テオお兄様はそうね……ちょっと素直じゃないの。でも、優しいのよ? まぁ、ちょっと口は悪いけれど」
「それは何となく感じてますね」
テオは素直ではなくて、なかなか口には出さないけれどちゃんと考えている。優しさもあり少し頑固なところもある。まだそれほど長く付き合っているわけではないけれど、アメリもそれは感じていた。そう返せば、マリアは「分かりやすいわよねぇ」とくすくす笑う。
「口の悪さと頑固なところがあれだけど、部下からは慕われているのよ」
「気にかけてくれますもんね」
「そうなのよ。家族にだけ優しいとかではないの。気にかけてくれるし、悪いことは悪いと区別なく叱ってくれるから。そんなところがいいのだと思うわ」
でも口が悪いのと頑固なところは直すべきよねというマリアの容赦ない言葉に思わず吹き出す。兄の求婚相手に駄目なところをはっきりと伝えるのはどうなのだろうかと思わなくもない。でも、色を付けるというのはしないようで、それは彼女なりの公平な対応ということらしい。
厩舎のほうから様子を眺めていた二人に兵士の一人が気づいてテオに呼んだ。ふと、こちらを向く視線と目があった気がした。馬が駆けてくる音がして、ふわりと風が吹き、止まった。顔を上げればテオが驚いたふうに二人を見ている。
「どうした」
「お兄様たちを見極めるために来ましたのよ」
マリアの返事にテオは目を瞬かせて馬から降りた。
「アメリは自分の気持ちを知るためにお兄様たちと向き合うことにしたの。一人ずつ自分の目で確かめて、考えるために」
お兄様たちはアメリに何も言っていないから、それでは彼女は理解も出来ないし決めることなどもっと無理だ。そうマリアに言われてテオは納得した様子でアメリを見つめるその瞳は申し訳なさと不安の色をしていた。
「ワタクシは公平にするために口出しはしないわ。ちょっと離れているから」
少しお話してとマリアは言って二人から少し離れた。アメリを不安にさせないためか、姿を隠すことはせずに彼女はただ見ている。
いざ、話すとなるとなんて言ったらいいのかわからない。何か話さなければとアメリは「走っていたんですね」とセルヴァテスを見ると彼は喜んでいた、走れたことが嬉しかったようだ。
「こいつは走るのが好きなんだろ? 俺に時間ができた時には走らせるって言ったじゃねぇか」
「あー、あの時のですね!」
彼は覚えていたようで時間ができてはセルヴァテスを走らせていたようだ。律儀だと思った、愛馬との約束を守るというのは。執務もあるというのに時間を見つけてはセルヴァテスを走らせる。休みたい時もあるだろうに、約束したからと。
「あの、ですね。わたし、分からないのです。どうして、テオ様に好かれたのか」
アメリは思い切って聞いてみた。これは全員に聞くつもりであった質問だった、本当にどうして自身なのか分からなかったから。
テオは頬を掻く。あーっと声を零し、なんと言えばいいかと言葉を探していた。素直じゃない部分が邪魔するのか、それとも気恥ずかしいのか、本人を目にして言うのが緊張するのか。それらが混ざったような気持ちが伝わってくる。
「お前はさ、優しいだろ。馬鹿みたいに。それでいて、感情豊かっていうか、ころころ表情変えて素直だしよ。下手な嘘はつかねぇし」
自分が酷いことをされても恨むことはなく、種族が違おうとも優しさは同じで。恐怖もあるだろうけれど受け止めてくれて、妹の我儘にも付き合って、自分にできることは頑張ろうとする。そんな姿は見ていて新鮮だった、それになんだか惹かれた。
「でも、わたしは優しい人間ではないですよ……」
「なんだ、こっち来る前のことを気にしてんのか。そんなもん仕方ないだろ、お前の気持ちは分からなくもない」
好きな人を盗られたくなくて、相手を恨んで高圧的になったり、悪口を言ってしまったりする。決して良いことではないけれどそれは人間の感情としては理解できる。アメリはそれを反省しているのだから、責めることはしないし気にしないとテオは言った。
「人間が竜人を恐れるのも理解してるから、お前の態度とかは気にしてないんだよ」
「そ、そうですか……」
「なんつーか、お前の人柄? 雰囲気とかがに惹かれったつーか……」
上手く言葉が出ないテオは眉を下げる。何となく彼の言いたかったことはアメリにも伝わっていたので、「伝わりましたよ」と笑む。テオは暫く固まっていたが、「あのな」と続けた。
「そのな……あー……悪かった。お前のこと無視して勝手にやって……」
頭を乱暴に掻きながらテオは悪かったと謝る、自分たちだけで勝手に決めようとしたことを。アメリの気持ちなど考えずにやってしまった、一番考えなくていけないというのに。
「謝らなきゃなとは思ってたんだよ。でも、父上が会いに行くのは駄目だって言ってよ……」
「あー、だから誰も来なかったんですね」
「お前に会いたくないわけねぇだろ。バージルもシリルも謝りたいと思ってる。でも、俺らから会えば、お前が考えられなくなるだろ。あと、平等じゃねぇって父上に言われたんだ」
会いに行けば考えているだろうアメリを迷わせてしまう。それに誰かが自身を推すようなことをすれば、それは公平ではないとそうデーヴィドは息子たちに言った。アメリから会いに来ないかぎりは会いに行くことを許さないと。どうやらちゃんと考えてくれたようだ。
(その気遣いはありがたい!)
アメリは心の準備ができていなかった。会えばどう話せばいいか分からない、きっと挙動がおかしくなるそんな心境だった。こうやって一人一人と向き合うと決めるまでに数日の時間を要した。背を押してくれた二羽の小鳥と、一緒に行ってくれると言ってくれたマリアには感謝している。
「正直、会いに来てくれねぇんじゃないかって思ってた」
気持ちを考えずにやってしまった、だから嫌われたのではないかそう思ってとテオは不安げに見つめる。
「そんなことはないです! 嫌いにはなりませんよ!」
嫌うことはない。気持ちを無視して勝手に決めようとしたことは悲しかったけれど、三人はそれほどに自分を愛してくれたのだ。その想いというのは伝わっている、悪かったと反省してくれているのも。だから、嫌いにはなりませんよとアメリが強く言えば、テオは安堵したふうに小さく息を吐いた。
「悩ませてるっていうのは分かってるんだ、俺ら兄弟の中からとかよ。でも、お前が決めたことなら俺はそれを受け入れるし、気持ちを否定したりはしねぇよ」
兄を、弟をどちらかを選んだとしても文句は言わないし、気持ちを否定せずに素直に受け入れる。どちらかを選んだからといって兄弟仲を悪くさせるつもりはないとテオの気持ちは決まっていた。
「テオ様……その……」
「あー、俺は大丈夫だ! お前はお前の気持ちに素直になってくれ!」
わしゃっと乱暴にテオはアメリの頭を撫でながらにかっと笑みを見せた。無理をしているわけでも、我慢しているわけでもなく、純粋な、太陽のような輝きの笑みは彼によく似合っていた。




